カテゴリーアーカイブ:社会の見方

親の老いを見守る

2017年1月17日   岡本全勝

2016年12月10日の日経新聞夕刊「こころ」面、長尾和宏医師へのインタビュー「親の老いを見守る」から。
・・・「親の人生の穏やかな終末期や臨終を子供たちが邪魔している。20年にわたる在宅診療で約1000人を看取った長尾和宏さん(58)はそう言い切る・・・
・・・担当する高齢患者の家族や親の介護の相談に訪れる方々の話には共通点があります。「親の体が衰えたり認知症になったりして困っている。医療や薬の力でなんとかしてほしい」というのです。本人はちっとも困っていないのに、子供たちがうろたえている、という構図です・・・
・・・子供にとって親は、ある時期まで強くて頼りになる存在です。親しみを持ち敬意を払う対象でもあります。親の老いを受け止められないのはこうした親像から離れられないのも一因でしょう。
しかし、そんな親もいつかは老いていきます。元気いっぱいだった母親にがんが見つかり、物知りだった父親が認知症になる。子供は戸惑い、嘆きますが、今や2人に1人ががんになり、認知症も2人に1人がなる時代が間もなくやってきます。「当たり前」のこと親に起きているだけで、自分の親だけはそうならない、と考えるのは現実を直視しない独りよがりです・・・

地球規模の貧富の差

2017年1月16日   岡本全勝

1月16日の日経新聞電子版が「世界の富裕層上位8人の資産、下位50%と同額」を伝えています。世界で最も裕福な8人と、世界人口のうち経済的に恵まれていない半分に当たる36億7500万人の資産額がほぼ同じなのだそうです。8人の資産が計4260億ドル(約48兆7千億円)で、世界人口73億5千万人の半分の合計額に相当します。
改めて驚きます。
NGOのオックスファムが発表したものです。「Just 8 men own same wealth as half the world」。

オックスファムが指摘するように、このような格差が続くと、社会は安定しません。自由主義経済だからとか、本人の才能だからというだけで、放置するわけにはいきません。「神の見えざる手」(経済)だけに任せず、「国の見える手」(政治)の責任です。
なお、8人の富豪の名前も、資料の後ろに載っています。

立ち乗り2輪車の活用

2017年1月15日   岡本全勝

今日、ご近所で、セグウェイに乗った人を見かけました。電動立ち乗り2輪車、と呼んだら良いのでしょうか。開発された頃はニュースで見ましたが、その後お目にかかったことはありませんでした。
「それほど便利ではないな、遊び用かな」と思っていましたが、今日の使われ方を見て、これは価値があると思いました。
乗っているのは中年男性で、左足が少し不自由なようです。ギプスの様な補装具をつけておられます。横断歩道を渡って歩道に乗る際に、タイヤが小さいので(直径30センチくらいでしょうか)、そのまま乗り上げることができず、いったん降りて歩道に引き上げて、再度乗り直して行かれました(その際に、足が不自由だとわかったのです)。歩いている人たちより、少し速い速度です。
納得です。この方は、車いすに乗るほどの障害ではなく、歩くことはできるのですが、不自由なのです。このような使い方は、活用されて良いと思いました。セグウェイは。公道で使うには、まだ制約があるようですが。

バブルの列伝

2017年1月14日   岡本全勝

永野健二著『バブル 日本迷走の原点』(2016年、新潮社)を紹介します。既に新聞の書評欄などでも取り上げられています。元・日本経済新聞社記者による、バブル期を振り返った書です。
当時の取材を元に、バブルに関与した経済人・金融機関などの「列伝」です。バブル発生の前から、バブルの膨張、そして破綻と時系列に、事件とその主役を取り上げ、マスコミのニュース報道ではわからなかった事件の背景や裏が解説されています。
「主役たち」の行動、それも表に出なかったことを含めての解説ですので、どこまでが真実か、またここには書かれたことが「全体に占める割合」は、わかりません。しかし、当時の新聞記事と、筆者の取材による記述は、説得力があります。

バブルの検証については、様々な書物が出ています。巨大な経済事象であっただけでなく、多くの日本人を巻き込んだ社会現状、そして行政のあり方や社会の仕組みを変えた変革でもあったのです。日本の経済成長の象徴でもあった興銀がなくなり、金融行政が大蔵省から切り離されました。直接的な原因である金融政策の問題だけでなく、構造改革を求められていた金融のあり方と金融行政、地価への神話などそれを支えた日本人の意識など。全体像を記述することは、難しいです。経済学からの分析、行政や政治の役割(失敗)としての分析、日本社会の大きな変革(その失敗)としての分析などが考えられます。
他方で、この本のように、その主役たちに焦点を当てての分析は生々しく、価値があります。社会の現象としてのマクロからの視点は重要です。しかし、腑分けしてみていくと、そこにあるのは個人や会社の行動です。それが積み重なったものが経済の動きであり、社会の現象です。難しいのは、個人や会社の行動を、経済社会の大きな変動の中に位置づけて、記述することです。この本は、それに成功していると思います。
バブル崩壊から既に四半世紀が立ちました。若い人は経験していません。学術書とともにこのようなノンフィクションも、わかりやすいと思います。

経済成長、早さと社会の変化

2017年1月11日   岡本全勝

1月10日に、高齢化に要する時間が、国や地域によって異なることを書きました。「高齢化社会、社会の変化と意識の変化」。

1月4日の日経新聞経済教室に、猪木武徳・大阪大学名誉教授が「大転換に備えよ。競争と再分配、豊かさの鍵」を書いておられます。そこに、各国の経済成長の「早さ」が図示されています。産業革命後の経済成長で、1人あたりGDPの倍増に要した年数です。
イギリス58年(18後半~19世紀前半)、アメリカ47年(19世紀半ば)、日本34年(19後半~20世紀前半)、韓国11年(20世紀後半)、中国10年(20世紀後半)です。
先生は、次のように書いておられます。
・・・一般に後発国の経済成長は「後発性の利益」によりかなり高いスピードを示す。高度経済成長の軌道に乗る時期が遅いほど成長は早く、その終わりが訪れるのもまた早い・・・
高度成長により日本は豊かになりました。また、その早さで自信を持ちました。しかし、アジア各国が同様の道を進んだことで、日本だけの特殊なことではないとがわかりました。

そして、ここで指摘したいのは、「かかった時間の長さ」です。急速な高度成長は、多くの日本人に、田舎を出て都会へ出て行くこと、両親とは違う道を歩むことを求めました。結果として豊かになったのですが、故郷や家族と離れて初めての土地で初めての仕事に就くことには、大きな不安があったことでしょう。そして、地域社会もまた大きく変貌しました。豊かさの光の影には、多くの不安や悲しみもあったのです。この変化が徐々に起きたものならば、「ご近所の××さんところも・・・」とか「お父さんやおじさんも・・・」と近くに見本があってその不安は和らげられたでしょう。
急速な変化、それは経済成長であれ高齢化であれ、個人と社会に大きな影響、それも負の影響をも与えます。その変化をどのように「吸収」するか。変化の大きさとともに、変化の早さも、政治や社会が考えなければならない大きな要素です。