カテゴリーアーカイブ:社会の見方

1998年大手金融機関の破綻、政策の失敗

2017年12月26日   岡本全勝

日経新聞連載「平成の30年」12月16日は、「不良債権の重荷 崩れた大手銀行 政官の不作為、混乱に拍車」でした。1998年の大手金融機関の破綻を取り上げています。ここでは、政策の失敗(実施時期、優先順位)という観点から、紹介します。

・・・96年11月、当時の橋本龍太郎首相は金融ビッグバン構想を発表した。大規模な規制緩和を通じ、東京市場をニューヨーク、ロンドンに匹敵する市場に成長させる構想だ。これに先立つ6月、住宅金融専門会社(住専)問題が決着し、国内景気は回復軌道に乗り始めていた。1月に首相に就任して以来、後ろ向き案件への対応に追われた橋本氏は攻めの独自色を出したいと考えた。そこで大蔵省(現・財務省)にアイデアを求め、同省証券局が中心となって急きょ、構想をまとめ上げた。
公的資金を投入する住専処理を巡り、国民から激しい批判を浴びた大蔵省。金融ビッグバン構想は新時代の幕開けを印象付け、同省自身も変身する起爆剤のはずだった。
だが、住専処理の比ではない大きな判断ミスを犯していた。大手銀行は90年代半ば、赤字決算で不良債権処理にめどをつけたつもりだったが、97年の消費税率引き上げなどで景気は再び後退局面に入り、地価の下落も止まらない。不良債権は再び膨らんだ・・・

・・・「金融不安が起きたときの危機管理の仕組みが全くできていなかったのが致命的だった」。金融論が専門の鹿野嘉昭・同志社大学教授はこう総括する。96年時点で政府がまず取り組むべきだったのはビッグバンではなく、金融機関の破綻処理、公的資金の注入といった危機管理の制度を整えるのが先決だったという。
不良債権の実態をつかむ明確な物差しを持たなかった政と官には、金融機関に迫る危機を想定できなかった。公的資金を伴う政策には踏み込まずに済むと判断し、政策の優先順位を見誤ったといえる・・・

兼好法師

2017年12月21日   岡本全勝

小川剛生著『兼好法師』(2017年、中公新書)が面白いです。徒然草で有名な吉田兼好ですが、私たちが知っている経歴は間違いなのです。この本は、兼好の実体に迫ります。推理小説みたいです。
吉田という姓も嘘だそうです。後世、吉田家が「箔を付ける」ために、ねつ造したとのこと。なんと。

どのようにして、700年前の人物の実像を明らかにするか。お寺に残っていた古文書(仏教の経典)の裏に、兼好が書いたと思われる手紙が残っていたのです。紙が貴重な時代、裏を再利用して教典を書き写したのです。
この本は、徒然草の解説書ではありません。兼好法師とは誰かの、推理です。
面白いですよ。

ノーベル賞受賞の反応、日本とイギリスの違い

2017年12月20日   岡本全勝

12月19日の朝日新聞「イシグロ氏ノーベル賞、沸く日本・静かな英国」から。
カズオ・イシグロ氏のノーベル文学賞受賞。日本では連日報道され盛り上がりましたが、イシグロ氏の地元、イギリスでは様子が違うようです。

・・・英国では意外にも静かな反応だ。授賞式の翌日、主要紙デイリー・テレグラフ、ガーディアン、タイムズのうち、式典や晩餐会スピーチの様子を報じた新聞はなかった。文学賞の授賞が決まった時も1面で報じたのはガーディアンだけ。他紙は中の面で、日本のように読者、親類の反応まで報じる記事は見当たらなかった。
・・・ふつうは「英国人が受賞した」だけではニュースにならないようだ。今年は英国の研究者がノーベル化学賞に決まったが、翌日の新聞は全く伝えないところも。報じられても小さな扱いだった・・・

・・・日英の反応はなぜ違うのか。英国文化に詳しい北九州市立大の高山智樹准教授(文化研究)は「英国人は自国の文化に自信を持っており、海外の評価を気にしないからだ」とみる。本ならば、ノーベル文学賞より、英国最高峰のブッカー賞の方が話題になるそうだ。
日本にゆかりのある人などが賞を受けることに関心が集まるのは自然だ。一方で、日本のメディアや社会がノーベル賞だけでなく、「世界遺産」などでもにぎわうことについて、「科学・技術や理屈を重視する欧米主導の近代的な価値観に固執しているからだ」と経済学者の水野和夫・法政大教授は話す。「既に近代は終わろうとしているのに、欧米に追いつけ追い越せの価値観から抜け出せていない証しではないか」・・・

近過去を知る「平成の100人」

2017年12月19日   岡本全勝

月刊誌『中央公論』2018年1月号の「平成の100人」が勉強になります。政治、経済、社会・事件、文化、科学、スポーツの6分野で、それぞれ2人ずつの有識者が、平成を人物で表現するのです。科学では、鎌田浩毅・京大教授もでておられます。最後に、猪木武徳先生と北岡伸一先生による、総括的な対談が載っています。
「他にも、こんな事件もあった。このような見方もできる」という思いもありますが、短い紙面では、ないものねだりですね。

平成とは何だったかを問う、あるいはこの30年は何だったかを問う、良い試みです。
元号で時代が変わるわけではありません。昭和という時代が、戦前と戦後で全く違うものでした。平成も、バブル、その余韻、バブル崩壊と金融危機、そこからの脱出の試みと、いろんな経過をたどりました。しかし、平成という時代は、バブル崩壊とそこからの立ち直りの試みという時代に重なります。
その際に、特に、日本の政治と経済は何を目指したのか、そしてどれだけ成功したのか。その視点が重要でしょう。
近過去を知ることは難しいです。毎日のニュースはすぐに忘れます。つい最近のことは、本や教科書では整理されていません。このような雑誌記事や新聞の特集が役に立ちます。

ところで、56ページに、次のような、斎藤環・筑波大教授の発言があります。
・・・震災は様々な迷走を生むばかりでしたね。私が驚いたのは、国の原子力保安検査官が全員、現場から逃げ出したこと。しかも誰も処分されていない。信賞必罰が成立していない日本型組織の典型です。こういう組織に原発は任せられないことが露わになったと思うのです・・・

「失われた20年」という命名

2017年12月17日   岡本全勝

12月12日の朝日新聞経済面コラム「波聞風問」、原真人・編集委員の「「失われた20年」だったのか」から。

・・・同じように、「失われた20年」という言葉の罪も小さくない。白状するが、これを初めて世に問うたのは私たち朝日新聞取材班だ。8年前、日本経済の四半世紀の変化を描いた連載をもとに「失われた〈20年〉」(岩波書店)という本にした。その後、この言葉を表題に盛り込んだ経済書の出版が相次いだ。
当時、表題をめぐって取材班と編集者でかなり議論になった。バブル崩壊後の経済低迷の長期化は「失われた10年」と呼ばれていたが、さすがに「20年」という認定はなかった。でも、私は推した。かつての日本経済の栄光、日本企業の強さを懐かしみ、それに比べ今は・・・という意識がどこかにあったのだろう。
二つのキーワードは「失われた」成長を取り戻すためならギャンブル的な政策もやむなしという空気を生んだ。そして低成長や低インフレのもとでも持続可能な財政や社会保障にしていくのだという、本来めざすべき道を見失わせてしまったのだと思う。いまは名付けを悔やんでいる・・・

全文をお読みください。