カテゴリーアーカイブ:社会の見方

ナポレオン時代

2018年1月11日   岡本全勝

アリステア・ホーン著『ナポレオン時代 英雄は何を遺したか』(2017年、中公新書)が面白く、読みやすいです。ナポレオンの伝記ではなく、政治家ナポレオンが何をしたか、当時はどのような時代だったかを整理した本です。

下級貴族に生まれた男が皇帝になり、ヨーロッパを征服する。近代第一の英雄でしょう。しかし、軍人としての才能だけでなく、その後の各国の模範となる民法典など、近代国家の基礎をつくりました。
そもそも、大革命後の混乱、恐怖政治を終結させただけでも、大した力量です。国王を処刑した国民が、10年余りで皇帝をつくるという歴史の迷走もありますが。もっとも、彼を皇帝に押し上げた対外戦争での勝利は、それがないと民衆の支持がないことになり、彼は無謀な戦争を続行します。

ここは、ヒットラーと同じです。歴史上の英雄も、高邁な目標を持って判断と行動するのではなく、その場その場で「よい」と思った判断を積み重ねて、結果を残すのでしょう。後から考えると、「なんで、そんなことするの」と思うようなこともあります。
そして、英雄が一人で判断して歴史をつくるものではありません。たくさんの登場人物の絡み合いの結果でもあります。

本書では、政治や軍事より、建築、様式、文学、社交など、ナポレオン時代のフランス社会・パリが描かれます。お勧めです。
著者はイギリスの作家です。日本人が日本人向けに書く新書も読みやすいですが、翻訳も小著なら、新書が向いているのでしょう。
ジェフリー・エリス著『ナポレオン帝国』(2008年、岩波書店)も、ナポレオン時代を分析した書ですが、そちらの方は、行政組織、経済などより専門的です。

たんぱく質考古学

2018年1月9日   岡本全勝

「たんぱく質考古学」って知っていましたか。1月7日の朝日新聞が大きく解説していました。詳しくは、記事を読んでもらうとして。中に、次のような記述があります。
・・・奈良県明日香村にある7世紀の牽牛子塚(けんごしづか)古墳から出土した豪華な棺を分析すると、中国原産のカイコに由来する絹が使われていた。
一方、3世紀ごろの奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡から出た巾着型の布製品は、やはり絹だが日本在来のヤママユガだった・・・
へえ、そんなことまで分かるのですね。科学の進歩は、すばらしいです。

牽牛子塚古墳は、子どもの頃、自転車に乗ってしばしば見に行きました。近鉄飛鳥駅の近くの小山の中にあり、石室を覗くことができました。きれいに加工された石で、部屋が二つ並んでいました。不思議な形でした。近年、発掘されて、大きな話題になりました。
近くに、真弓鑵子塚古墳(まゆみかんすづか)があります。こちらは、大きな石室に入ることができました。自然石が積み上げられて、大きなドーム型の空間になっていました。最大幅4.4m、高さ約4.7m。使われた石は約700個だそうです。一人で入ると、積み石が落ちてこないかと、怖かったです。今は、立ち入り禁止です。

ネットゲーム依存は病気

2018年1月7日   岡本全勝

1月4日の朝日新聞、1面トップは、「ネットゲーム依存は「病気」」でした。
詳しくは記事を読んでもらうとして、具体的な症状として、次のようなものを上げています。
・ゲームをする衝動が止められない
・ゲームを最優先する
・問題が起きてもゲームを続ける
・個人や家族、社会、学習、仕事などに重大な問題が生じる

ギャンブルと同じで、いえそれ以上に「接近しやすい」ことで、より危険です。特に子どもは心配です。
かつて、「ハイテク企業のトップは、子どもにスマホを使わせない」(2014年10月13日)を書いたことがあります。インターネットやスマートフォンは、職場での時間泥棒だと、連載「明るい公務員講座」でも指摘しました(第37回 職場の無駄(5)パソコン)。
便利さが生む新たな危険。それにどのように対処するか。個人や家庭の責任にするわけにはいきません。社会として、国家として対策が必要です。

イタリア国民をつくる、『クオーレの時代』

2018年1月6日   岡本全勝

藤澤房俊著『クオーレの時代 近代イタリアの子どもと国家』(1998年、ちくま学芸文庫)が、勉強になりました。
クオーレ、またはクオレは、子どもの時に読んだ人も多いでしょう。イタリアの作家、デ・アミーチスが1886年に出版した子ども向けの本です。中には、「母を訪ねて3千里」などが入っています。
小学校の副読本としてつくられましたが、その後イタリアでは、教科書並みの扱いを受けます。1861年に国家統一がなったばかりのイタリアで、「国民」をつくる必要があったからです。イタリア半島では、中世以来、都市国家が分立していました。言葉も方言がきつく、国内でも通じなかったのだそうです。そして、勤勉な学生、兵隊、国民をつくる必要もあったのです。

この状況は、1867年に近代国家を目指した日本と同じです。藤澤先生の本は、クオーレが、子供たちを「立派なイタリア国民」にするためにどのような働きをしたかを分析した本です。背景として、当時のイタリア社会が描かれています。明治日本との比較もされています。政治学、歴史学の本です。
少し古い本ですが、放置してあったのを取り出して読んだら、引き込まれました。

明治維新150年

2017年12月27日   岡本全勝

12月20日の朝日新聞オピニオン欄「明治維新150年」、三谷博・教授の「武力よりも公議公論を重視」から。

・・・支配身分の武士と被差別身分がともに廃止され、社会の大幅な再編成が短期間に行われた点で、明治維新は革命といえます。また、維新での死者は約3万人で、フランス革命と比べると2ケタ少ない。暴力をあまり伴わずに権威体制を壊した点で注目すべきです・・・

・・・明治維新には、はっきりとした原因が見当たりません。黒船来航は原因の一つですが、米国や英国は開国という小さな変化を求めただけで、日本を全面的に変えようとしたわけではなかった。個々の変化は微小なのに、結果として巨大な変化が起きたのが維新です。
歴史に「必然」という言葉を使うべきではないと思います。歴史の事象には無数の因果関係が含まれていますが、複雑系研究が示すように、それが未来を固定するわけではない。飛び離れた因果関係が偶然に絡み合って、大きな変化が生じることもあります。
維新でいえば、安政5(1858)年政変がそれです。外国との条約問題と将軍の後継問題が絡み合い、井伊直弼が大老になって、一橋慶喜を14代将軍に推す「一橋派」を一掃した。それが徳川体制の大崩壊の引き金となり、同時に「公議」「公論」や王政復古というアイデアも生まれました。
公議とは政治参加の主張です。それを最初に構想したのは越前藩の橋本左内でした。安政4年に、大大名の中で実力がある人々を政府に集め、同時に身分にかかわらず優秀な人間を登用すべきだと書いています。左内は安政6年に刑死しますが、公議公論と王政復古は10年かけて浸透していき、幕末最後の年には天皇の下に公議による政体をつくることがコンセンサスになった。最初はゆっくり進行したけれど、合意ができてからは一気に進み、反動も小さかった。
フランス革命は逆で、最初の年に国民議会がつくられ、人権宣言が出されます。3年後には王政を廃止しますが、そのあと迷走します。第三共和制で安定するまでに80年かかってしまった・・・