カテゴリーアーカイブ:社会の見方

ギャンブル依存症対策

2018年5月23日   岡本全勝

5月19日の朝日新聞別刷り「フロントランナー」、ギャンブル依存症問題を考える会代表理事の田中紀子さんの発言から。

「日本はギャンブル大国と言われます」について
・・・たとえば、全国どこへ行ってもパチンコ店があります。かつては30兆円産業といわれていました。売り上げは落ちてきているとはいえ、いまも20兆円前後あるとみられています。
出玉は直接、現金には換えられません。「娯楽施設」の位置づけですが、「特殊景品」と呼ばれるものが別の場所で現金化されています。法律に抵触しないようにするためのレトリックに過ぎず、事実上のギャンブルです・・・

「厚労省は昨年9月、ギャンブル依存症の疑いがある人は全国に約70万人いると推計を発表しました」について
・・・過去1年間で発症した疑いがある人の数です。それ以前を含めるともっと多くなり、罹患者は320万人いると推計されています。
怖いのは、家族や友人など周りの人を巻き込んでしまうことです。家族を実態調査したことがあります。「借金を肩代わりしたことがある」と答えた人は8割以上に達しました。100万円以上から300万円未満が24・1%、300万円以上から500万円未満が22・9%でした。「1千万円以上」と答えた人は17・5%もいたのです・・・

「依存症に社会はどう向き合うべきでしょうか」
・・・精神論や道徳論で片付けられないことを理解すべきです。最初は好きでやっていたとしても、ある段階からは「やめたい」と思っていながらやめることができないのです。回復までには時間がかかります。医療機関や施設につなぐ社会の環境づくりが大切です・・・

詳しくは原文をお読みください。

単線、系統樹、網の目

2018年5月22日   岡本全勝

事実は小説よりも・・・」の続きです。まず、単線的な考え方についてです。
私は、これを物事の見方の違い、変化の過程の違いとして、考えています。3つの見方、考え方があります。「単線」「系統樹」「網の目」との違いと表現したら、わかりやすいでしょうか。

最も簡単なのは、単線です。多くの小説や、歴史の教科書の記述です。話は一本道を進みます。
次に複数の登場人物の話が展開する場合は、系統樹です。進化の過程が系統樹で表されます。魚類、両生類、は虫類、鳥類、ほ乳類と分化し、さらにその中で分化、進化します。複数の道がありますが、それぞれが単独に進んでいきます。これも、単線的思考です。
これに対し、網の目は、複数のものが単線的に進むのではなく、相互に影響を与えつつ、進んでいきます。

単線と系統樹は、ともに直線的です。因果関係が単線的で、分岐はあるにしても一方向であることを想定しています。これに対し、網の目状関係関係は、因果関係が単線のように簡単ではなく、相互に影響し合います。関係は入り組んでいて、思わぬところに影響が出たり、自分自身に跳ね返ってきます。

これが当てはまる一つが、生物の進化です。学説によると、ウイルスが生物を進化させてきました。突然変異だけでなく、ウイルスが感染することで遺伝子が合体し変化して、種が進化します。縦方向だけでなく、横でも進化が進むのです。進化の系統樹は太い幹が順に枝分かれしたのではなく、いろんなところで交差することになります(2012年6月13日の記述)。
枝分かれだけでなく、混交するのです(ウィキペディア、水平伝播と混合)。

事実は小説よりも・・・

2018年5月21日   岡本全勝

私は、あまり小説を読みません。もちろん、小説も面白いし、勉強にもなります。しかし、それ以外の分野の本を読むのが、忙しいのです。
もう一つ理由があります。日々の暮らしの方が、小説よりも「面白くスリリング」なのです。毎日仕事をしていると、小説に対して「世の中、そんな甘いものやないで」と言いたくなります。

まず、登場人物の数が違います。小説には、通常は何百人も人が出てきません。出て来たら、ややこしくて、読みにくいです。
それに対し、私もあなたも、毎日大勢の人を相手にしています。しょっちゅう会う人、たまに会う人、初めて会う人。好きな人、波長の合わない人。嫌だけど付き合わなければならない人・・・。

そして、小説は、作者一人の視点で書かれています。推理小説は、途中まで全体構造が分からないように仕組んでありますが。たいがいの小説は、作者が神様のように各登場人物を操って、筋書を進めます。単線的なのです。
しかし、私たちの日常は、そんな簡単なものではありません。それぞれの人が、自らの欲望と判断で「勝手に」行動します。たくさんの人が、ブラウン運動の微粒子のように、不規則に動き回ります。話の筋に影響を与える人と、関係ない人とがいます。でも、後にならないと、それはわからないのです。ある結果は、後から振り返ると、それまでに無駄な動きを、いっぱいしています。

それぞれの登場人物にとって、未来は見えていないのです。どのような人生を送るか、どんな楽しみと苦しみが待ち受けているか、分かりません。小説は、終わったことを一つの視点から書きます。
現実は複雑で、予測できません。そして、時には残念な、悲しい結末もあります。その逆が小説です。だからこそ、小説が読まれるのでしょうね。

単線とブラウン運動については、別途書きましょう。

デマを拡散する人たち

2018年5月16日   岡本全勝

5月10日の朝日新聞オピニオン欄、「揺らぐ言論の土台」。スマイリーキクチさん(お笑いタレント)の「言葉が凶器に、自覚しよう」から。

・・・1999年に突然、ネット掲示板で、僕が女子高生コンクリート詰め殺害事件の犯人だったというデマが広がりました。
犯人と同じ東京都足立区出身で、年が近いだけ。掲示板なんて誰も信じないだろうと思っていましたが、信じた人が「人殺し死ね」などと暴力的な言葉で書き込んでいく。「過去のことは許して下さい」と僕になりすました書き込みもありました。出演番組やCMのスポンサーにまで「殺人犯を出すな」と苦情が入り、仕事が減りました。命の危険を感じ、ストレスで神経性胃炎になりました・・・

・・・男女十数人が脅迫や名誉毀損の容疑で検挙されました。北海道から大分までの17~46歳。高校生、会社経営者、有名大学の職員……。会社の情報管理をする立場の人もいました。全員面識はなく、外見は普通の人でした。ネットに接しただけで、こんなに豹変するのかと怖くなりました。
大半が「正義感からやった」と供述していると警察官から聞きました。しかし、匿名で無関係の人をののしることは正義でしょうか。正義と暴力は紙一重なのに。捜査が進むと、「ネットにだまされた」「離婚してつらかった」など、自分を正当化し始めたそうです。「みんなやっている」とも。言葉が犯罪になるという意識がない。問題の根幹はここにあります・・・

ケインズ予測の的中と外れ2

2018年5月14日   岡本全勝

ケインズ予測の的中と外れ」(5月12日)の続きです。詳しくは原文をお読みいただくとして。私は、ここから次のようなことを考えました。なぜ、ケインズは誤ったか。

1つは、人間の欲望には限りが無いことです。ここには、2つの無限があります。
その1つは、各人の欲望に限りが無いことです。お金はいくらあっても、まだほしい。もっとも、これには限界効用逓減の法則が働き、有り余るほどお金を持つと、うれしさもしぼんでくるでしょう。
ところが、人の欲望をさらにかき立てるものがあります。それは、新しい欲望の対象が生まれることです。科学技術の進歩によって、新しいモノやサービスが生まれます。新しい車、新しいスマホです。また、機能はさほど変わらないとしても、他人が持っているものより「よりよいもの」が生み出されます。こうして、欲望を刺激し、新しいものがほしくなります。

2つめは、人は他人との差を求めることです。
平等は社会の目標です。しかし、完全な平等はあり得ません。共産主義は失敗に終わりました。一定の制約をつけつつ、各人の自由に委ねないと、満足は得られないことが実証されました。すると、持って生まれた能力の差、努力の差、そして運によって、結果に差がつきます。
いえ、差をつけようと、各人は努力するのです。努力しても結果が同じなら、人は努力しません。学級の中、会社の中でも、差がつくのです。人には、他人より抜きんでたいという願望があるのです。
ケインズは、この2つのことを忘れていたのです。