カテゴリーアーカイブ:社会の見方

フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ

2018年6月2日   岡本全勝

フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロって、知っていますか。
ブルクハルト著『イタリア・ルネサンスの文化』 (1974年、中公文庫)を読まれた方なら、カバー表紙に出て来た、あの特徴ある横顔の人です。
15世紀、イタリア・ルネサンス期のウルビーノ公国の君主。傭兵隊長、屈指の文化人でルネサンス文化を栄えさせたことで有名です(ウイキペディア)。

ドイツの歴史学者による、『イタリアの鼻 ルネサンスを拓いた傭兵隊長フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ』(邦訳2017年、中央公論新社)を読みました。この本のカバーにも、同じ肖像画が使われています。槍試合で右目を失い、鼻の上が欠けているのも、そのせいです。彼が描かせた絵が常に左の横顔なのは、そのような理由がありました。

面白いです。「闘っては一度も負けず、とびきりの文化人で、領民にも優しい」というのが、彼の評判です。傭兵隊長として高額な「外貨を獲得し」、そのおかげで、領民から厳しく取り立てることがなかったようですが。
この本によれば、実際は、彼は兄弟を暗殺して領主になり、権謀術数を尽くして傭兵隊長として名を上げます。そして、その汚れた手を隠すためにも、有能な君主として見せるためにも、文化人として振る舞い、伝記作家にも「良いことばかり」を書かせます。戦争に負けても、「引き分けだった」とか「彼だからこのような結果で済んだ」と言うようにです。

中世イタリアは、大きく5つに分裂していました。教皇領、ナポリ、ベネチア、ミラノ、フィレンツェの5つです。それぞれが生き残るために、強いものが出てくるとみんなで叩きます。こうして、バランスオブパワーが保たれます。傭兵隊長としても、イタリアが統一されては困るのです。失業することになるのですから。
マキャヴェッリが、君主論を描く背景です。合従連衡、小競り合いは繰り返されますが、決定的な大戦争は回避されます。傭兵隊長に払うお金がなくなると、戦争は終わります。隊長にとって、部下の傭兵たちは重要な財産ですから、むやみに消耗させることはしません。闘うけれども、死者は出してはいけない。「大人」の世界です。
一般民からすると、その道のプロ同士がゲームをやっている、それを見物しているようなものでしょう。戦闘に巻き込まれると、えらい目に遭いますが。近代になって、国民が兵隊に取られるようになり、さらに現代になって、総力戦になって非戦闘員も戦闘に巻き込まれるようになりました。当時の戦争と現代の戦争は別物です。

このような社会(一定の枠の中の競争)が続くと、いろんな結果が生まれます。戦闘による競争とともに文化による競争、権謀術数の知恵とワザ。君主、軍人、文化人、建築家・・・。領民は困るでしょうが。
社会が人をつくり、人が社会をつくります。

単線、系統樹、網の目2

2018年6月2日   岡本全勝

単線的思考の続きです。ものごとの発展・進化の見方を、単線と系統樹と網の目に分けて議論しています(しばらく放ってあって、すみません)。今回は、系統樹的見方の限界について。

系統樹は、複数の路線に別れます。生物の進化の図が、わかりやすいですね。ある時点でも、複数の種が共存します。それぞれに、住む場所や食べ物を争いつつ確保するのです。
ところが、実際には、系統樹は枝分かれするとともに、行き止まりになる枝もあります。今につながるものたちだけが生き残り、ほかは死に絶えます。恐竜、マンモス、エディアカラ生物群などなど。
ヒト属(属名 Homo )も、現在生き残っているホモ・サピエンス以外にも、ネアンデルタール人などいろいろな種類がいたようです。でも、サピエンスだけが生き残ったのです。
ネアンデルタール人とサピエンスが共存していた時代があります。しかしその時点では、その後にネアンデルタール人が死に絶えることは想像できなかったでしょう。体つきは、ネアンデルタール人の方が頑丈だったらしいのです。

この話を、強引に拡大しましょう。
複数のものが同時に存在するとき、その先にどの枝が主になるか。その時点ではわかりません。「みんな仲良く暮らしました」とはならず、「勝ち残ったものだけが生き残りました」となります。そして、どれが勝ち残るかは、その時点ではわかりません。
すると、同時代の歴史、近過去の歴史を書くことは難しいのです。私たちが読む歴史は、済んでしまってから遡る歴史です。結果がわかってから書かれたものです。

私たちの持ち物のほとんどは、月に1回も使わない

2018年5月29日   岡本全勝

5月25日の日経新聞オピニオン欄、村山恵一さんの「シェア経済、小国が抱く大志」から。

・・・20世紀に社会にたまった非効率や固定観念を取り払う突破口にシェアはなり得る。久しぶりに訪ねた国でそう感じた。オランダだ。運河が目を引く首都アムステルダムを中心にシェアの試みが進む。
マイホイールズは25年の歴史を持つカーシェア会社だ。創業者はヘンリー・メンティンク氏、65歳。1980年代末、生産に膨大なエネルギーを使うという米国車の記事を読んだのが転機となった
放置せず、自分にできることから始めようと、車1台を隣人と3人でシェアした。輪は拡大し、いま5万人が3千台を使う。大半がシェアを申し出た個人の愛車だ。
大量生産・消費の象徴である自動車に挑んだシェア界のレジェンドに続けと若い起業家も動く。
ピアバイは工具やパーティー用品などを近所で貸し借りするサービスを担う。最高経営責任者のダーン・ベッドポール氏は火事で家を失い、友人らの助けでしのいだ経験を持つ。「私たちの所有物は月1回以下しか使わないものが80%」と所有という常識を疑う・・・

・・・オランダと「分かち合い」の風土は切り離せない。経済が沈み失業率が高まっていた82年、政労使の「ワッセナー合意」でワークシェアに踏み切り危機を乗り越えた。水害に直面しながら協議・協力して干拓地(ポルダー)をつくってきた国民の伝統が背景にある・・・

NPOと企業の協働

2018年5月29日   岡本全勝

東京財団のサイトに載っている、黒田かをりさんの論考「ソーシャルセクターの立場から見た企業とのエンゲージメント」が勉強になります。
NPOなどソーシャルセクターと企業との関係の、歴史的変化です。黒田さんは、この20~30年で、一方通行の関係から、双方向の関係に変化したと分析しておられます。
本文をお読みください。

私は、二者の関係が「他人型」(対決、助成、無関心)から「協働」へ変化したと理解しました。さらに、行政(政府)との関係の変化も生じています。
東日本大震災で企業やNPOとの協働を経験し、二者の活動の重要性に気づきました。従来のような、公共を担うのは行政だという考えは狭いです。そこで、このような話を、慶應大学法学部の講義「公共政策論」で、論じています。

東京財団、明治150年の分析

2018年5月28日   岡本全勝

東京財団が、「明治150年を展望する――近代の始まりから平成まで」という企画を続けています。気鋭の研究者による研究報告です。
その第3回は「メディアと政治と民主主義」でした。明治、大正、戦前、戦後と、政府と対立したメディア、ポピュリズムに加担したメディアが簡潔に分析されています。一読を、お勧めします。
短い整理ですが、長期、複雑な事象を簡潔にまとめるのは、とても難しいことです。だらだら書くより、高い分析力が必要です。