カテゴリーアーカイブ:社会の見方

同一労働同一賃金、司法より当事者間の交渉で

2020年11月19日   岡本全勝

11月12日の日経新聞経済教室、大内伸哉・神戸大学教授の「同一労働同一賃金 司法より当事者間の交渉で」から。
・・・10月13日と15日に最高裁で、労働契約法20条を巡る5つの判決が出された。同条は、同一の使用者に雇用される非正社員(有期労働者)と正社員(無期労働者)の間での労働条件の不合理な格差を禁止する規定だ。2018年の働き方改革関連法を機に、パート・有期雇用労働法8条に吸収された・・・
その判決については、マスコミが伝えているとおりです。ここで紹介したいのは、大内教授の次のような主張です。

・・・だが最高裁が既存の格差を是認したとみるのは適切でない。均衡待遇の実現は司法でなく、当事者が交渉で決めていくべきだというのが最高裁のメッセージであり、これは筆者の上記の見解に近い。
そもそも労働契約法20条やパート・有期雇用労働法8条は、格差が不合理とされても、非正社員に正社員と同一の労働条件を保障するものではなく、格差により生じた過去の損害の賠償請求が認められるにすぎない。将来に向けて待遇を改善するには、当事者間の交渉によるしかないのだ。

法は企業に、不合理な格差を設けることを禁じているが、具体的にどうすれば法を守ったことになるかを明確に示していない。上述のように、裁判では不合理性は個別事案の判断しかなされず、どんなに判例が蓄積されても、その判断基準の明確化には限界がある。
こうした状況下では不合理性を軸としている限り、スムーズな労使間交渉は期待できない。この問題の解決に必要なのは、企業が非正社員に対し納得できるような労働条件を提示したうえで、非正社員の同意を得ている場合には、その結果を尊重する(不合理とは評価しない)という解釈を確立することだ。
これは、法が企業に待遇の格差について説明義務を課したこととも整合する。これにより企業には、非正社員に労働条件の内容を丁寧に説明するインセンティブを与えるし、非正社員が納得した労働条件で就労できれば労働意欲は高まり、生産性向上にもつながる・・・

百貨店の未来は

2020年11月19日   岡本全勝

11月14日の朝日新聞オピニオン欄「百貨店の未来は」から。
奥田務さん(Jフロントリテイリング特別顧問)の発言
・・・誤解を恐れずに言えば、百貨店は日本でも欧米でも、1980年代にはもう「終わっていた」。私は、そう思っています。
かつての百貨店では、自ら目利きした品を売り、多くの消費者が「間違いのない品」だと信頼して買っていた。まさに日本の小売業の長でした。
しかし時代の変化は速かった。総合スーパーが登場し、ITの普及で消費者の情報量が増えるとニーズも多様化。ネット販売も広がった。百貨店は「何でもあるけど欲しいものは何もない」と言われるようになってしまいました・・・

・・・大丸の社長に就任した私が手がけたのは、ビジネスモデルを「小売業」から「テナント業」へ転換させることでした。百貨店の財産は、「お客様の信頼」と「一等地」という立地です。百貨店が生き残る術を突き詰めると、新しい業態の開発が不可欠だったのです。
「テナント業」という意味ではショッピングセンター(SC)と同じでも、「百貨店」として商品・テナント・情報・サービスの新しい組み合わせや、テナント間をまたぐ販売対応、外商、配送などの質の高いサービスを徹底していけば、百貨店の財産である「信頼感」は守れる。私はそう考えます。同時に高級SCと割り切った「GINZA SIX(ギンザシックス)」のような業態も進めていく必要があります・・・

谷口功一さん(法哲学者)の発言
・・・ 百貨店は、近代的都市に必須の構成要素でした。都会的なにぎわいを演出する、豪華で優雅な「舞台」に、客は普段よりいい服を着て出かけ、「演者」として振る舞う。客側に「気構え」や「背伸び」を要求する空間でした。
大分県出身の私にとって、県都の中心部にあるトキハ百貨店はパルコと並び、いわば文明の最前線にある「前哨点」でした。インターネットもなかった当時、すさまじい文化的飢餓感の中で、「そこに行けば、いま流行しているものが分かる場所」でした。
百貨店が果たしてきた役割の一つが、こうした文化や消費の「共通体験」です。
ちょっと背伸びをして百貨店に出かけて高級品を買う、という光景は、一昔前にはよくあったでしょう。館内には自分には手が届かない高価な品々も並んでいて、それらを買う人の姿や装いも自然に目に入ってきたものです。

買い物は人々の「選好」が最もよく表れる部分です。ですが、ネット通販の普及で、他人の購買行動は格段に見えづらくなりました。どんな人がどんな商品を好み、選ぶのか。何が流行しているのか。百貨店のような場所で得られた、こうした共通体験を得る場所は、今はありません。
共通体験を得る場所が失われた結果、自分や自分と似た境遇の人たちの行動しか見えない、壮大な「たこつぼ」世界に陥っています。社会の分断化が進み、お互いが見えないなかでの階層化も進んでいくだろうと思います・・・

ペストの中世史

2020年11月18日   岡本全勝

書評で紹介されていたので、ジョン・ケリー著『黒死病ーペストの中世史』(2020年、中公文庫)を読みました。500ページもある大部なので、少々時間がかかりました。
前半は、ペストがどのようにヨーロッパ各地に広まったか、そして住民たちがどのように対応したか、社会の動きを、当時の記録を基に丁寧に追いかけます。対処方策もなく、次々と死んでいきます。葬儀も十分に行われず、放置されます。当時の人口が、半分や3分の1に減ったと推定されています。むごたらしい光景が、広がっていたのです。
無力な教会の権威が失墜し、畑を耕す農民が減って、その地位が向上します。

後半は、ユダヤ人大虐殺の記録です。根も葉もない噂が立てられ、各町で、ユダヤ人が虐殺されます。「ユダヤ人が井戸に毒薬を投げ込んだ」とかです。「でも、ユダヤ人もペストによって死んでいる」という、まっとうな反論は、かき消されます。
そして、ユダヤ人に借りていた借金が帳消しになり(中世ヨーロッパではユダヤ人だけが金貸し業を営んでいました)、ユダヤ人が持っていた財産が没収されます。大虐殺の目的が奈辺にあるか、わかります。

結婚や異性と交際していない人増加

2020年11月16日   岡本全勝

11月14日のNHKウエッブニュースが「結婚や異性と交際していない人増加 女性は20年で1.5倍に」を伝えていました。

・・・グループでは、国の「出生動向基本調査」や国勢調査などをもとに、1992年から2015年までの20年余りの期間で、18歳から39歳の男女の結婚や交際に対する意識がどう変化したかを分析しました。
その結果、結婚や異性との交際をしていないという人の割合は年々、増加していて、1992年と2015年を比較すると、男性は40.3%から50.8%と10ポイント以上増え、女性では27.4%から40.7%とおよそ1.5倍に増えていました。

また、18歳から39歳までの男女のうち、「異性との交際を望んでいない」という人の割合は2015年の時点で、男性が25.1%、女性が21.4%となり、収入が低い人や正規雇用ではない人などの間で、交際を望まない傾向が強かったということです・・・

結婚や異性との交際をしていないという人が、男性では半数、女性でも4割です。これはかなり衝撃的な数字です。
結婚しない人の増加は、連載「公共を創る」第61回で取り上げました。結婚願望はあるのですが、結婚に踏み切れません。結婚しなくても暮らせる環境、非正規労働者の低収入も、その背景にあります。一人暮らしは元気なうちは楽ですが、病気をしたとき、困ったとき、高齢になったときに困ると思います。各人の自由ではありますが。

新型コロナウィルスの位置づけ

2020年11月10日   岡本全勝

新型コロナウィルスの感染が収まりません。ところで、流行から半年以上が経って、どのような病気なのか、その程度がわかってきました。

当初は未知のウイルス、死者も出るとのことで、大きな恐れでした。どのように感染を防ぐか、治療をして重篤者や死者を防ぐか。この頃は、医学の問題でした。
だんだんと、対策がわかってきました。唾を飛ばさないと、かなり防ぐことができるようです。また、当初予想したほどは、死者は増えませんでした。かつてのコレラやペストほど、たくさんの人が死ぬということはないようです。欧米は、日本やアジアと様相が異なるようですが。
持病を持っている人や高齢者は危険ですが、若い人は自覚症状がない人も多いようです。三密を避ければ、かなりの程度防ぐことができるようです。しかし、完全に感染拡大は防ぐことは難しいです。

他方で、外出規制などで、飲食店や運輸関係、観光業に大きな経済被害が出ました。すると、医学の問題から、経済問題に変化しました。また、学校に行けない学生など、社会問題になりました。

毎年のインフルエンザで、多くの人が苦しみ、また死ぬ人もいます。死者の数は、このまま行くと日本ではコロナより多いようです。インフルエンザには、予防薬と治療薬があることが、コロナとの違いです。
すると、インフルエンザと比較して、どのようにコロナと付き合うのかを考えるべきだと思います。コロナと同居する社会生活、経済活動の模索です。