カテゴリーアーカイブ:経済

安いことは良いことか、経済と行政

2022年5月4日   岡本全勝

2022年1月24日付「自治日報」に砂原庸介・神戸大学教授が「公共サービスの価値と価格」を書いておられました。

・・・岸田政権が発足してから打ち出した最重要課題のひとつに、分配を進めるための公的価格の引き上げがある。看護・介護・保育などの公共サービスにかかわる人たちの給与を引き上げることが目的とされているという。20年以上にわたって、「お値段据え置き」が続き、給与にかかる部分だけでなく、さまざまなところで節約を求められてきた結果、多くの公共サービスは基本的な資産の維持管理もままならない状況となっている中で、価格引き上げを歓迎する声もある。

日本では、公共サービスの対価を取ることへの抵抗が強いと思われる。公共サービスは、低所得などで困難を抱える人々を対象にするのだから、無料とは言わないまでも低価格の慈善的な性格が強いものであるべきだという発想がある。さらに、モノを伴わずに人が何かをしてくれるサービスというものにお金を支払うべきだという観念がそもそも弱いと言われる。税を払うことへの忌避感・負担感が強く、「税金を払っている」ということで公共サービスへの支払いを行っていると見なされることも、公共サービスから対価を取ることを難しくしているだろう・・・

指摘の通りです。バブル経済崩壊後の30年間で、「安い方が良い」という信仰は、衣類や外食産業をはじめ広く製造業やサービス業に行き渡りました。それは消費者にとって良いことなのですが、そのために正規社員が非正規社員に置き換えられ、社員の処遇も上がらないのでは、社会にとって良くないことです。
この30年間、日本の給料は上がらず、韓国に抜かれました。ビッグマックは、ソウルやバンコックより東京の方が安いのです。
給与が上がらない、それで消費が増えない、そこで給与を上げない、消費が増えないという悪い経済循環に落ち込んでいるのが、この30年間、失われた30年の実態です。必要な値上げができていないのです。

国際標準化戦略2

2022年3月24日   岡本全勝

国際標準化戦略」の続き、市川芳明・多摩大学客員教授の「政策主導で専門組織創設を」から。

・・・国際標準は経営者視点から3タイプに分類できる。
タイプ1の互換性標準が規定するのは「共通仕様」だ。一般の人々に広く利用してもらうことで、その仕様を活用した製品がたくさん市場に投入され、互いに補い合ってユーザー価値を高められるという利点がある。例えば異なるソフトウエアが互いに連携する規格が普及すると、他社の製品が売れるに伴い自社の製品もより売れるようになる。

タイプ2は「ものさし」の標準だ。商品や企業の優劣に至るまで、様々な対象を評価する方法と最低限必要な水準などを規定するものだ。企業格付けや製品格付けにも使える。電気モーターのエネルギー効率の規格ではグレードが定義され、各国の法律が定める必須条件に引用されるなど市場に大きな影響を与える。

タイプ3は社会課題の解決方法を規定するという極めてハイレベルの標準で、本来は政府機関のなすべきテーマを標準化活動として取り組むものだ。経営上の効果は最も高いが、日本では最も知られていないタイプの標準といえる。19年に工業標準化法が産業標準化法に改正されるまでは、日本で公式な標準とは認められていなかったくらいだ。
すべてのビジネスの基盤は社会課題の解決から始まる。しかし社会課題を特定し、それを解決するための対策を明確化しないと何も始まらない。それをいち早く標準化することにより、各国の試行錯誤の無駄を省き、国際協調が可能となり、同時に新たな市場を創り出せる。前述したように、気候変動という課題の解決策としてカーボンニュートラルをテーマとした数々の国際標準が巨大な市場を創出したことはその好例だ・・・

・・・政策主導に向けて動いても、欧米のように官僚が自ら活躍することは日本では難しい。なぜならば、各省庁は人的資源不足に陥っており、国際標準化の担当者を確保するだけのゆとりがないからだ・・・
・・・国際標準化を主導するスキルのある人材を、筆者は「ゲームチェンジャー人材」と呼んでいる。社会のルールを変えられるからだ。自社の製品の競争力強化だけでなく、新しい市場を創り出すことさえできる。こうした人材の育成を企業だけに任せておくのは無理がある。専門ファームで指導員をつけて実践的に育成し、必要に応じて企業に再就職する方式も一案だろう・・・

国際標準化戦略

2022年3月23日   岡本全勝

3月10日の日経新聞経済教室「国際標準化戦略の課題」、市川芳明・多摩大学客員教授の「政策主導で専門組織創設を」が勉強になりました。

・・・「失われた30年」を象徴する事例として、30年前と比較した時価総額ランキングがある。「かつて多くの日本企業が上位を占めていたが、今はランクインしていない。大企業が成長していないことが経済力の低下につながった」という論旨だ。本当なのか。欧州の企業は今も30年前もほとんど上位に顔を出していない。
一方、別の統計に着目すると違った景色が見えてくる。経済協力開発機構(OECD)統計が示す平均賃金だ。2020年までの30年間で日本の平均賃金はほぼ横ばいだが、欧州は3割以上伸びている。なぜ欧州の経済は順調なのか。その背景に国家的な国際標準化戦略があると筆者は考える・・・
・・・一例としてカーボンニュートラル(温暖化ガス排出量実質ゼロ)に関わる市場が創出された経緯を取り上げたい。気候変動が注目される契機となった1992年の地球サミット以降、重要な国際標準が次々と制定された。国際標準は条約としての京都メカニズムや各国の産業政策に活用され、上記の各要素を歯車のようにかみ合わせ、大きな新市場の創出につながった。
21年に発表された欧州の炭素国境調整措置はこうした産業政策の典型だ。欧州連合(EU)は域外の各国が比較的高い排出量と低い炭素価格を有することに着目し、域内との差を関税として徴収することで欧州企業の競争力を高めようとした。世界的な排出量削減に貢献できるという大義名分が立つうえ、輸入製品の排出量の算定にフェアな国際標準を活用することで、外国からの非難をかわせる。
このように国際標準化を含む包括的な手段で産業政策を推進し、経済を成長させるのが欧州流だ。これが冒頭に述べた彼我の差につながっているのだろう。一般に政府のとる経済政策には財政政策と金融政策の2つがあるとされる。しかし実は3つ目の極めて有効な政策として「ルール形成(国際標準化)」がある・・・
この項続く。

うまくいかない産業振興政策

2022年3月22日   岡本全勝

3月9日の日経新聞経済教室「経済安全保障の焦点」、戸堂康之・早稲田大学教授の「過度な国内回帰、供給網弱く」から。

・・・第2に生産拠点の誘致で国内の半導体産業が再興するかは疑問だ。似た政策に、地方にハイテク産業を誘致するための補助金があった。だが大久保敏弘・慶大教授らによると、1980~90年代に実施された頭脳立地などの政策は、ローテクな企業を誘致することが多かった。革新的な企業は補助金をもらっても、技術と情報の集まる産業集積地を離れたくはないからだ。
同じことがTSMCの生産拠点誘致で起きている。TSMCが熊本に設立するのは、最先端の工場ではなく、汎用レベルのものだという。それでは高度な産業の発展には結びつかない。

第3に半導体など特定の産業を重点的に支援する、狭義の「産業政策」の効果にも疑問がある。産業政策は世界的に見直されつつある。大規模な産業支援をする中国の急激な成長も一因だ。だが丸川知雄・東大教授によると、中国の産業政策は失敗の連続で、半導体産業の支援ですら国産化比率の目標を大幅に下回り、必ずしも成功していない。
中国企業のデータを用いた欧州経営大学院のフィリペ・アジオン氏らの研究によれば、産業政策は産業内での競争が維持されている場合にのみ、企業の生産性を向上させた。つまり中国ハイテク産業の急激な成長は、政策の一定の貢献はあるとしても、本質的には民間企業の激しい競争により達成されてきたといえる。
だからダニ・ロドリック米ハーバード大教授が言うように、これからの産業政策は特定産業に限定せず、幅広い産業での競争を促進し、民間の創意工夫を促すようなものとすべきだ・・・

同一労働同一賃金、正社員減給の場合

2022年2月15日   岡本全勝

2月7日の朝日新聞生活面「「同一労働同一賃金」というけれど 非正規の正社員登用+正社員減給の可能性も」から。

・・・パートタイム有期雇用労働法の8条は、正社員と非正社員の間に不合理な格差をもうけることを禁じている。安倍政権の時に「同一労働同一賃金」を実現するため、としてできた規定だ。2021年4月からは中小企業にも適用されている。

「労働組合と話がつかなかったら、(21年)4月になったら法律違反」
適用に先立つ20年11月、東京23区のごみ収集を担っている中小企業のヨドセイの幹部は、人事制度の改定を急ぐ必要性を説明会でそう強調した。改定案を労組に示してから、1年になろうとしていた。幹部からは、法律を守れないと会社整理の可能性も出てくる、との趣旨の発言もあったという。
ヨドセイの従業員は200人余りだ。ほとんどが運転手と作業員。契約社員や臨時雇いなどの非正社員が多い。
改定案は、契約社員の正社員への登用を進めるとする一方で正社員の基本給を引き下げ、定期昇給の制度を廃止する、としていた。そのかわりに主任・係長・課長職以上に払う役職手当を新設。職種ごとの資格制度を導入し、評価によって基本給を決める、としていた。役職手当ができるため正社員の不利益にはならない、という説明だったという・・・

・・・ 「同一労働同一賃金」を安倍政権が進めた目的は、非正規雇用で働く人の処遇を引き上げることだった。しかし、会社側が正社員の待遇を引き下げて非正社員とのバランスをとろうとする動きがある。
パート有期法8条は大企業には20年4月から先行適用された。その年の秋、独立行政法人の労働政策研究・研修機構が「同一労働同一賃金」への対応について調査を実施したところ、約9千社から回答があった。
うち1800社近くが何らかの対応をとったり検討したりしており、その内容について複数回答可で答えてもらった。
その結果、「非正社員の基本給の増額」が4割を超えた一方で、正社員の待遇や制度について「減額や縮小」を挙げた企業が12・6%。「制度を廃止」との企業も10・5%あった・・・

会社としては、給与支払い総額を引き上げられない場合、このような方法しかないでしょうね。さて、労働組合はどのように対応するのでしょうか。