カテゴリーアーカイブ:経済

事前分配で機会の平等重視

2022年8月8日   岡本全勝

7月27日の日経新聞経済教室「新しい資本主義の視点」、スティーブン・ヴォーゲル、カリフォルニア大学バークレー校教授の「事前分配で機会の平等重視」から。

・・・日本型資本主義を改革し成長と平等の両方の実現を目指すという首相の考えは正しい。だが問題はいかに実現するかだ。政府が不平等に根本から取り組むつもりなら、再分配よりも「事前分配」を優先すべきだ。
両者の違いを少し説明しよう。再分配は、市場での利益配分を所与のものとして受け入れたうえで、事後的に社会福祉支出や累進課税などの政策手段により不平等の緩和を図る。これに対し事前分配は、経済活動から利益を得る人にまず、公共投資や市場改革を通じて影響を与えようとする・・・
・・・事前分配政策と再分配政策は実行面では境界が曖昧になりがちだが、日本の評価では両者を区別することが望ましい。日本が戦後期の大半を通じて成長と平等の両方を実現できたのは、事前分配戦略が奏功した結果だと考えられるからだ。
日本は福祉国家戦略ではなく、企業慣行、労使関係、社会規範など事前分配に当たる要因を通じて、おおむね平等な所得分布を実現した。不平等拡大と低成長に直面している今こそ、日本は改めて事前分配という解決策を優先させるべきだ。
事前分配と再分配の区別は、機会の平等と結果の平等を巡る永遠の議論を巻き起こしている。事前分配が目指すのは機会の不平等をなくすことであり、不平等になってから埋め合わせることではない。人々の能力向上を図り、労働者と起業家に市場競争力を持たせるような事前分配であるべきだ。事前分配が目指すのは市場メカニズムを排除することではなく、市場をよりよく機能させることだ。
リバタリアン(自由至上主義者)は、政府は市場の自由な働きに介入すべきではないと反論するだろう。だが現実には自由市場などというものは存在しない。どんな市場も政府の規則や企業の商慣習、社会規範の中に根付いているうえ、現実の市場には雇用主対労働者、生産者対消費者などの力関係が反映されている。だから市場のルールの作成や修正と言っても、まっさらな市場になじみのない介入をするわけではない。
むしろ市場の適切な機能にはルールが不可欠だ。例えば労働者の賃金が労働の対価として少なすぎたり、消費者が高すぎる値段を払わされたりしていたら、不公正を正すために市場のルールを変えるべきだろう。
再分配に反対するわけではないが、最初に分配を正すことが大前提だ。機会の不平等を後で埋め合わせるよりも、まずは機会の不平等の排除を試みるべきだ。公平で平等な市場社会を十分に実現できなかった場合に、再分配で補えばよい。

成長と平等の両方を実現した戦後日本の成功は、事前分配の視点から再解釈できる。政府は経済成長とヒト・モノの移動を支える輸送・通信インフラに投資し、成長と平等の維持に欠かせない質の高い普通教育と医療を提供した。大企業はステークホルダー(利害関係者)型統治により、労働者と会社の一体化を図り、正社員には雇用保障と正当な福利厚生を提供した。
戦後期の日本のシステムはいくつか深刻な構造的不平等を抱えていた。大企業と中小企業、都会と地方、男性と女性の格差などだ。それでも日本は成長と平等の両方を実現できた。
日本が誇ってきた強みの一部は1990年代から損なわれてきた。教育制度は以前ほど平等ではなくなった。雇用制度は、非正規労働者の比率が高まり、より不安定で不平等になった。
事前分配の視点に立つと改革の優先課題を決定づける枠組みが見えてくる。事前分配政策で優先すべきは教育、職業訓練、研究開発などへの公共投資やスタートアップへの財政支援だ。幼児教育、出産休暇・父親の育児休暇・介護休暇などを含めた家族政策も優先すべきだ。これらの政策は子供への支援であるとともに親のスキル開発と就業支援でもある点で、事前分配と再分配の性格を併せ持つ・・・

人への投資

2022年7月29日   岡本全勝

7月20日の読売新聞解説欄、倉貫浩一・編集委員「新しい資本主義 実行計画 人への投資 賃上げ促す」から。
・・・政府は6月に発表した新しい資本主義の実行計画で、成長と分配の好循環を生み出すため「人への投資」を強化する方針を決めた。企業に研修や教育の投資額や男女間の待遇格差などの情報開示を求め、人材を成長の原動力と位置付ける人的資本経営を浸透させる狙いがある。賃上げと経済成長につながる施策となるのか。課題を探った・・・

・・・政府は6月下旬に人的資本の開示についての指針案を発表した。「人材育成」「多様性」「コンプライアンス(法令順守)」などの項目を挙げ、研修時間や費用、新規雇用者数や従業員の離職率、定着率などの開示例を示した。金融庁の金融審議会も「人材育成方針」や「社内環境の整備方針」について、有価証券報告書の開示項目にするとし、女性管理職比率、男女間の賃金格差などを「企業価値を判断するのに必要な項目」と位置付けた・・・
・・・従来、企業は、教育や研修にかかるコストを「費用」と捉えてきたが、今後は、「投資」と位置付け、業績向上のため、新製品やサービスを生み出す優秀な人材を増やすことが重要になる。人的資本関連の情報は市場関係者の投資判断材料となるため、企業は情報開示と目標の達成を迫られることになる。
海外では欧州委員会(EC)や米証券取引委員会(SEC)などが企業に人的資本関連の情報開示を求める動きが先行している・・・

・・・また、目標を達成するため、能力や成果を重視して報酬や昇進を決める「ジョブ型」と言われる人事制度の導入も進めている。目指す役職や役割に必要な能力を明示し、足りない部分は従業員が社内研修制度で補ってキャリアアップを目指す。年功序列で給与水準が上がるのではなく、より自助努力が必要になる仕組みだ・・・
・・・人的資本経営を重視する企業は、経営の成果に結びつく人材育成戦略が求められることになる。ジョブ型の人事制度は、こうした目的に合致しているが、新卒の学生を一括採用して社内で経験を積ませて育成する従来型の人事制度との融合が課題だ。デジタル関連などの高い技術や知識を持つ従業員と、様々な職種をこなすゼネラリストとして働く従業員の待遇が二極化する可能性がある・・・

オンラインセミナー「超加速経済アフリカ」

2022年7月24日   岡本全勝

自治体国際化協会シンガポール事務所が主催するオンラインセミナー「超加速経済アフリカ: LEAPFROGで変わる未来」を紹介します。日本時間で7月27日19:00~20:00です。ご関心ある方は、お申し込みください。ウエッビナーとは、オンラインでのセミナーだそうです。

・・・シンガポールを拠点に、アジアやアフリカをはじめとする新興国における新規事業育成・市場参入等幅広い分野でご活躍されている椿進様をお迎えし、「超加速経済アフリカ: LEAPFROGで変わる未来」をテーマにご講演いただきます。
経済発展が急速に進むアフリカでは、日本で一般的に想像される以上に、最先端のテックビジネスが加速しています。
本講演では、アフリカの経済成長のファクトとともに、救急医療や発送電、送金など、既存のサービスがないからこそ、一足飛びに進化する、公共的サービスの現状について、具体例を交えてお話しいただきます。
椿様は日本初のアフリカ投資・ファンドの運用やアフリカビジネスコンサルティングなど長年にわたりアフリカで活動されており、ご経験を踏まえ執筆されたご著書は、Amazonランキング 世界の経済事情カテゴリでベストセラー1位を獲得し、中田敦彦さんのYoutube大学の参考文献になるなど、幅広い層にアフリカの新たなイメージを伝えています。
アフリカの経済発展の状況を把握するとともに、遠隔地でのサービスの提供方法など、日本の自治体が社会課題を解決する方策についての示唆も得られることと思います・・・

低賃金の日本

2022年7月9日   岡本全勝

6月28日の朝日新聞は「日本経済の現在値」で、「世界と比べ下落33位、ビッグマック価格」を伝えていました。
・・・英経済誌「エコノミスト」の調査によれば、今年1月時点の日本のビッグマックの価格は390円で、57カ国中33位。10年前の320円と比べて21%高くなったが、タイや中国はそれを上回り、各64%、58%(各国通貨建て)も上昇。2000年に5位だった日本の順位は下がる傾向にある。ビッグマックの価格は各国の物価や購買力を測る参考値にすぎないものの、日本の物価水準がどんどん下がっていることは間違いなさそうだ。
なぜ、世界との違いが出たのか。1990年代初頭にバブルが崩壊した後、日本の経済が「日本病」と呼ばれるほどの長期停滞に陥ったためだ。消費の低迷で企業が商品やサービスの価格を上げられず、働き手の賃金も上がらないことで、さらに消費が停滞する悪循環に陥った・・・

記事には、国別の価格と、日本の2000年(当時は5位)からの順位が、図表になって載っています。「このような国にも抜かれたのか」と思います。しかし、これが事実です。

6月30日の日経新聞は、「韓国の最低賃金5%増 時給約1000円、日本の大都市並み」を伝えていました。
・・・韓国の2023年の最低賃金が22年比5.0%増の9620ウォン(約1010円、時給ベース)に決まった。伸び率は前年水準を維持し、10年前と比べて98%増となった。韓国の最低賃金は全国一律で、円換算では東京都(1041円)や大阪府(992円)など日本の大都市圏水準となる・・・

起業は、組織力より個人の力

2022年6月27日   岡本全勝

6月9日の日経新聞オピニオン欄、村山恵一さんの「起業立国、土台は個の力」から。

・・・日本のベンチャーキャピタル(VC)は独特の歴史を歩んできた。決定打は1987年の日本合同ファイナンス(現ジャフコグループ)の株式店頭登録だと同社出身で日本のキャピタリストの草分けである村口和孝氏は訴える。
起業立国で世界のモデルとなった米国では、投資の主体はキャピタリスト個人だ。ところが日本では、証券会社や銀行が70年代以降に設けた「VC会社」が主役になった。大手のジャフコが公開企業となり、組織的な管理をするVCが業界標準として定着した。
スタートアップは本来、先行きが見通しにくいものなのに、ジャフコでは事業が成功するエビデンス(証拠)探し、審査作業に膨大な労力を割いたという。起業家という個人の柔らかい創造性を企業統治の硬い論理で扱おうとした。
「こちらも個人でないと思い切った判断ができない」。村口氏は会社を辞めて98年に自らファンドをつくる。翌年、投資したのが創業間もないDeNAだった。

4年前、ジャフコは会社組織型からキャピタリスト個人が主軸の体制に転換すると表明したが、日本は世界的に異質なサラリーマンキャピタリストがなお圧倒的だ。事業会社がつくるコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)もノンプロを増やしている。村口氏の見立てでは、深い経験のあるキャピタリストは日本にせいぜい100人。「この10倍はほしい」
不足を補うように政府の実行計画は、海外のVCに対する公的資本の投入を盛り込んだ。経団連も世界有数のVC誘致を提言する。幾人か内外のキャピタリストに聞いたが、そう簡単ではない。
最前線で活躍するキャピタリストは自身の才覚を頼りに活動し、投資の成功で巨額の報酬を手にする専門職だ。明快なキャピタルゲイン税制などの仕組みが整わず、思い切った仕事ができるのか不透明な日本は魅力的ではない・・・

企業に対する意識を調査した結果が図で載っています。「事業を始めるのに必要な知識やスキル、経験がある」と回答した割合は、インドが80%超、アメリカが60%超、イギリス、スウェーデン、フランスが約50%、ドイツが約40。日本は約10%です。大企業で勤めることを目標としてきた国民意識、そしてそれで成功してきた経済界が、裏目に出ています。