事前分配で機会の平等重視

7月27日の日経新聞経済教室「新しい資本主義の視点」、スティーブン・ヴォーゲル、カリフォルニア大学バークレー校教授の「事前分配で機会の平等重視」から。

・・・日本型資本主義を改革し成長と平等の両方の実現を目指すという首相の考えは正しい。だが問題はいかに実現するかだ。政府が不平等に根本から取り組むつもりなら、再分配よりも「事前分配」を優先すべきだ。
両者の違いを少し説明しよう。再分配は、市場での利益配分を所与のものとして受け入れたうえで、事後的に社会福祉支出や累進課税などの政策手段により不平等の緩和を図る。これに対し事前分配は、経済活動から利益を得る人にまず、公共投資や市場改革を通じて影響を与えようとする・・・
・・・事前分配政策と再分配政策は実行面では境界が曖昧になりがちだが、日本の評価では両者を区別することが望ましい。日本が戦後期の大半を通じて成長と平等の両方を実現できたのは、事前分配戦略が奏功した結果だと考えられるからだ。
日本は福祉国家戦略ではなく、企業慣行、労使関係、社会規範など事前分配に当たる要因を通じて、おおむね平等な所得分布を実現した。不平等拡大と低成長に直面している今こそ、日本は改めて事前分配という解決策を優先させるべきだ。
事前分配と再分配の区別は、機会の平等と結果の平等を巡る永遠の議論を巻き起こしている。事前分配が目指すのは機会の不平等をなくすことであり、不平等になってから埋め合わせることではない。人々の能力向上を図り、労働者と起業家に市場競争力を持たせるような事前分配であるべきだ。事前分配が目指すのは市場メカニズムを排除することではなく、市場をよりよく機能させることだ。
リバタリアン(自由至上主義者)は、政府は市場の自由な働きに介入すべきではないと反論するだろう。だが現実には自由市場などというものは存在しない。どんな市場も政府の規則や企業の商慣習、社会規範の中に根付いているうえ、現実の市場には雇用主対労働者、生産者対消費者などの力関係が反映されている。だから市場のルールの作成や修正と言っても、まっさらな市場になじみのない介入をするわけではない。
むしろ市場の適切な機能にはルールが不可欠だ。例えば労働者の賃金が労働の対価として少なすぎたり、消費者が高すぎる値段を払わされたりしていたら、不公正を正すために市場のルールを変えるべきだろう。
再分配に反対するわけではないが、最初に分配を正すことが大前提だ。機会の不平等を後で埋め合わせるよりも、まずは機会の不平等の排除を試みるべきだ。公平で平等な市場社会を十分に実現できなかった場合に、再分配で補えばよい。

成長と平等の両方を実現した戦後日本の成功は、事前分配の視点から再解釈できる。政府は経済成長とヒト・モノの移動を支える輸送・通信インフラに投資し、成長と平等の維持に欠かせない質の高い普通教育と医療を提供した。大企業はステークホルダー(利害関係者)型統治により、労働者と会社の一体化を図り、正社員には雇用保障と正当な福利厚生を提供した。
戦後期の日本のシステムはいくつか深刻な構造的不平等を抱えていた。大企業と中小企業、都会と地方、男性と女性の格差などだ。それでも日本は成長と平等の両方を実現できた。
日本が誇ってきた強みの一部は1990年代から損なわれてきた。教育制度は以前ほど平等ではなくなった。雇用制度は、非正規労働者の比率が高まり、より不安定で不平等になった。
事前分配の視点に立つと改革の優先課題を決定づける枠組みが見えてくる。事前分配政策で優先すべきは教育、職業訓練、研究開発などへの公共投資やスタートアップへの財政支援だ。幼児教育、出産休暇・父親の育児休暇・介護休暇などを含めた家族政策も優先すべきだ。これらの政策は子供への支援であるとともに親のスキル開発と就業支援でもある点で、事前分配と再分配の性格を併せ持つ・・・