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経済

従業員を増やす企業、減らす企業

10月15日の日経新聞に「日立、送配電機器部門で世界1.5万人追加採用 AI特需対応へ3割増」が載っていました。
・・・日立製作所は送配電設備の分野で2027年までに1万5000人を追加で採用する。欧米やインドなど世界で開発・生産体制を整備する。電力を大量消費する人工知能(AI)向けデータセンターの増加により、世界的に送配電能力が不足している。電力インフラの増強を支え、AI普及を後押しする・・・

久しぶりに、元気な話題を聞きました。この30年間、企業はリストラを進め、従業員を減らしました。しかし、おかしいですよね。業績が良ければ、授業員を増やすはずです。業績不振で、一時的に従業員を減らすことはあるでしょう。しかし、減らすことを掲げる社長は、それだけでダメなはずです。

コストカットを大胆に進め、「コストカッター」と呼ばれた経営者もいました。高い評価を得たのです。でも、経費を削減することは良いことでしょうが、従業員や設備、研究費は、経費でしょうか。次の製品を生む「元手」、資産ですよね。

「為替は操作可能」誤った認識

9月25日の朝日新聞「プラザ合意40年」、渡辺博史・元財務省財務官の「「為替は操作可能」誤った認識植え付けた」から。このような論考は、当時の当事者で、その後の動きを観察していないと、できないことでしょう。

・・・米国経済を救済するために、主要国で協調してドル高を是正しようとしたのがプラザ合意だ。当時は主要5カ国の経済規模が大きく、為替市場での存在感も強かった。
だからこそ協調してドル安に誘導することに強いメッセージ性があり、実際に為替レートも動いた。ただ、仮にプラザ合意がなくても、当時の米国経済の悪さを考えれば、いずれ市場の力でドル高は修正されていただろう。

だが、もう同じことはできない。欧州でユーロという複雑な構成の通貨が誕生し、さらに中国やインド、新興国の台頭で、当時のG5や現在のG7の世界経済に占める規模は相対的に小さくなった。自国第一主義が広がり、各国が協調して物事を決めることも難しい。仮に協調できたとしても、規模が格段に大きくなった為替市場を操作することは無理だろう。
だからこそ現在のトランプ政権は、為替政策ではなく、関税政策で各国に注文を付けている。当時と異なり米国経済は景気が良い。大手テック企業の誕生など、イノベーションも起きた。だが、国内の富の再分配で失敗し、国民の不満が高まっている。米国内の問題だが、これを関税により、外国との問題に転嫁している。

為替を動かすことに成功したプラザ合意だが、日本にとっては、為替市場は誰かが手を出せばコントロールできるという誤った認識を植え付けた。その後の国民や政治家の為替市場に対する認識をゆがめ、日本の産業界のイノベーションに対するモチベーションが下がった面がある。
日本は為替市場への認識をあらため、産業のイノベーションを促す政策を進めるべきだ・・・

河野龍太郎著『日本経済の死角』

知人に勧められて、河野龍太郎著『日本経済の死角』(2025年、ちくま新書)を読みました。新聞の書評でも取り上げられています。知人に勧められていたのですが、遅くなりました。この30年間の日本経済の停滞を、主に雇用と賃金の観点から分析します。特徴的な点を列記しましょう。
・日本の長期停滞は、大企業が儲かっているのに、ため込んで賃上げや人的投資をおろそかにしてきたこと、社会の変化で家計のリスクが変わったのに、それに応じた社会保障制度が整えられなかったことによる。だから少子化も加速している。
・1998年を100とすると、2023年までの間で生産性は30%上昇したのに、実質賃金は横ばい。この間に労働生産性は、アメリカは50%増加、ドイツは25%、フランスは20%増加。実質賃金は、アメリカは25%増加、ドイツ15%、フランス20%増加です。
・企業が賃金を抑えたので、個人消費が低迷した。
・ベースアップがゼロだったが、正規労働者は定期昇給があり、毎年2%程度、25年間で1.7倍になります。この人たちを見ていると、「給料は上がっている」と見えるのです。他方で、非正規労働者は2割から4割近くに増えています。
・定年の65歳への延長、女性の労働参加拡大、外国人労働者増加が、労働市場の逼迫を遅らせた。それが、賃上げを遅らせた。
・1990年代の週48時間労働から40時間労働への変更は、賃金上昇を伴わず、生産性の低下になった。しかし、バブル経済で問題は隠され、バブル経済崩壊後に悪影響が表れた。
・ジョブ型雇用は、一発屋とゴマすりを増やす。必要なのは長期雇用制の維持と早期選抜の導入。

ここでは、ほんの一部だけを紹介しました。鋭い、説得力ある説明だと思います。へえと驚くことと、私の主張と重なることがあります。一読をお勧めします。
経済学者の論文はしばしば算式が多く難解ですが、現在日本経済への切り込みは少ないように思います。この本は、新書で薄いですが、それ故にわかりやすいです。学者の本に比べ数倍の価値があると思うのですが。いかがでしょうか。
日本の政治家や経営者は、この本を読んでいるのでしょうか。「利益を貯め込んで、賃上げや人的投資をおろそかにしてきた」という不都合な真実について、意見を聞きたいものです。

IT人材、日本が安い

9月24日の日経新聞夕刊「富士通の海外体制「量から質」に 労働力高騰、AI活用の新戦略」から。

・・・富士通が海外でのシステム開発体制を見直している。IT(情報技術)技術者の人員拡大という規模を追う路線から、生成AI(人工知能)活用による生産性向上に軸足を移す。地政学リスクや海外人材コスト上昇など変化の激しい国際情勢をにらみ、量から質に重きを置く人材戦略に切り替えて旺盛なシステム需要に応えられるようにする。

富士通は2024年度、世界のシステム開発事業の運営で重視する「重要業績評価指標(KPI)」から人員数目標をなくした。富士通はインドやフィリピン、マレーシア、中国など世界7カ国でIT開発拠点を持ち、日本の拠点を含めた世界のシステム開発・運用保守の人材を25年度に22年度末比3割増の4万人とする数値を掲げていた。
背景の一つにあるのが、海外技術者の給与高騰だ。日本のIT業界は従来、コストの安い中国や東南アジアといった海外を示す「オフショア」に拠点を置き、開発や運用を委託してきた。
しかし、多くの国・地域でIT人材の給与が高まり、コスト面でのオフショア開発の利点を得にくくなっている。富士通でグローバルのシステム構築事業を担当する馬場俊介執行役員専務は、一般論と前置きした上で「5年後、10年後を見据えると、単純にコストの安い国・地域にどんどん案件を流せということではなくなってきている」と話す。

例えばインドだ。馬場氏は事業部長クラスなど熟練者に限ると「すでに日本の同等の人材よりも給与が高い」という。富士通では現在日本と海外7カ国含めたシステム構築人材が約3万人おり、うちインドが約8000人を占める。
人材サービスのヒューマンリソシア(東京・新宿)がまとめた調査(24年10月時点、ドルベース)によると、IT技術者の給与増減率の首位は、前年比10.2%増となったポーランド。インドも3.7%増と6位に入った。一方、日本は16.7%減と69カ国中59位となった。日本は円ベースでも給与が下がっており、低下傾向が世界でも際立つ・・・

経済原則では、安い労働力のところに企業が立地します。1990年代以降、日本の企業は安い労働力を求めてアジアに拠点を移しました。それが産業の空洞化を生みました。日本の労働力が安くなれば、外国人観光客だけでなく、工場なども日本に戻ってきませんかね。

プラザ合意から40年、日本とドイツ通貨環境で貿易に明暗

9月11日の日経新聞経済教室、清水順子・学習院大学教授の「プラザ合意から40年、日独の通貨環境で貿易に明暗」から。

・・・戦後の日本は1971年のニクソン・ショックに始まり、米国主導の方向転換により大きな為替変動に見舞われてきた。同じ敗戦国として工業化にまい進し、同様の試練を乗り越えてきたドイツと比較して、日本の経常収支構造は85年のプラザ合意後の40年間に大きな違いが生じた。原因は何だったのか。両者の歩みを比較し、今後の日本が取るべき道を考えたい。

図表の上部に貿易関連データの日独比較を示した。貿易収支額は85年時点で日本がドイツに勝っていたが、2024年は日本が赤字なのに対してドイツは黒字を維持する。その主因は輸出額に如実に表れている。日本の輸出額はこの間に4倍になったが、ドイツは9倍以上に拡大した。
もちろん、日本企業はこの間に海外生産比率を上げ、第1次所得収支で経常収支黒字を維持するという、国際収支の発展段階説における「成熟した債権国」に移行した。だが結果として23年に日本はドイツに名目GDP(国内総生産)で抜かれ、産業空洞化が改めて浮き彫りになっている。

この差を生んだ理由の一つが通貨を取り巻く環境の違いである。欧州は独マルク中心の為替市場で、ドルよりもマルク相場に対して欧州通貨が安定的に推移する為替協調体制が1980年代から確立されてきた。
それに対して、日本はアジアで唯一のハードカレンシー(国際通貨)として、対先進国通貨のみならず、中国をはじめとするアジア通貨に対しても激しい為替変動を繰り返してきた。
さらにドイツは1992〜93年の欧州通貨危機を乗り越え、99年にユーロ統合を成し遂げた。翻って日本では90年代に円の国際化の機運が高まり、アジア通貨危機(97〜98年)後には域内通貨間の安定のためのドル・ユーロ・円の3通貨バスケット制を提案したものの、結局何もなしえなかった。
この違いは、2008年のリーマン・ショック以降の両通貨の動向に大きな影響を与えた。日本は12年末にアベノミクスが開始されるまで、歴史的な円高局面を余儀なくされた。対してドイツはその後の欧州財政危機でも、自国通貨高に悩まされることはなかった・・・

・・・また、ドイツの輸出における自国通貨建て比率は全期間を通じて8割と、日本(4割未満)の倍以上。域内輸出比率も高く、ユーロ域内の貿易をほぼユーロ建てで行えるドイツに対して、日本企業はアジア域内の貿易ですらドル建てが円建てのシェアを上回る。
アジア域内で円が使われない理由の一つはサプライチェーン(供給網)における企業内貿易を米ドルに統一するという日本企業の合理的判断ではあるが、アジア企業にとっては円の為替相場変動が激しいことが主因とされる。輸出のドル建て比率が高い日本は「日本経済にとっては円安が望ましい」という円安信仰を掲げてきたが、貿易赤字に転落した今、円安が日本経済にもたらすデメリットは無視できなくなっている。
さらに、直接投資動向の違いもある。図表下部の通り、両国とも対外直接投資のGDP比は50%前後と高い。対内直接投資は、24年末でドイツにGDP比26.5%の残高があるのに対して、日本はようやく5%台になったところである・・・