カテゴリーアーカイブ:教育

結果で測るか過程で測るか

2026年4月19日   岡本全勝

大学の授業ではしばしば、学生の理解度を測るために、レポートを課題とします。しかし、人工知能が発達し、学生は人工知能に答えを書かせます。すると、レポートという結果を評価することは、無意味になります。
他方で大学に求められるのは、学生の思考力を高めることです。すると、ある学生について、どのように思考力を高めたかを評価する必要が出てきます。「人工知能と大学教育
もっとも、人工知能に代行させることができることなら、人間にさせる必要はなく、何を人間に考えさせるかの分別が重要になるのでしょう。
「自分の頭で考えること」を学校で学ぶのですが、教師はどのようにして、それを学生に教え、測るのでしょうか。難しいです。

就職試験の面接で「ガクチカ」を尋ねるのは、意外とこの点を確かめているのかもしれません。大学の入学試験の偏差値は記憶力や試験問題を答える能力は判定できても、考える力はわかりません。多くの大学の卒業証書も、卒業生の能力を保証していません。その際に、大学時代に何に力を入れたか、そこで何を学んだかを聞くことは、考える能力を調べる方法になっているのでしょう。
人工知能に頼ったかもしれない卒業論文や応募書類の記述より、求職者の能力を調べることができるのです。

会社ではどうでしょうか。ある企画文書を作る場合に、課長としては良い企画文書を求めます。社員がどのような思考をしたのか、努力をしたのかは二の次です。それならば、人工知能でできる部分も多いのでしょう。しかし、人工知能は現在のところ、過去の情報を集めて答えを考えるので、新規なことは不得手なようです。時には、嘘をつきます。
若いうちは、いろんな経験を積んで、自分で考える、課題を切り抜ける方法を身につけます。人工知能に頼っていると、その能力は身につきません。
課長の仕事は、良い結果を求めることでしょうか、若手社員を育てることでしょうか。私が考えるに、将来の幹部になる社員と、言われたことをする社員とを分けて処遇することになると思います。

日本の教師は授業に時間を割けない

2026年4月19日   岡本全勝

日経新聞は「知の未来図 3歳から始まる国家戦略」を連載していました。世界各国が未来に向けてさまざまな取り組みをしていることがわかります。それは記事を読んでいただくとして。

ここで紹介するのは、3月31日の第12回「AI時代、インド突出 データが示す未来の頭脳競争力」に載っていた、「日本の教師は授業に割く時間が少ない」の図です。法定労働時間に占める授業時間の割合が、各国別に並んでいます。
イギリスが6割強、フランスが4割強、韓国・ドイツが3割半ば。日本は3割に満ちません。残りの時間を授業の準備に使っているのなら良いのですが、部活や保護者対応、報告書作成などに費やしているのなら、問題です。超過勤務も問題になっています。

人工知能と大学教育

2026年4月14日   岡本全勝

3月30日の日経新聞、ポール・ケイ・マツダ、アリゾナ州立大学教授の「大学のライティング教育、AI時代の使命は 責任と誇りの主体育てよ」から。詳しくは記事をお読みください。

・・・生成AI(人工知能)が登場した当初、米国の大学も揺れた。学生は一様に飛びついたわけではない。使い方が分からず期待した成果が得られなかったり、かえって時間がかかったりすることもあった。自力で質の高い文章を書ける学生ほど、その限界を早く見抜いていた。教員側も賛否が分かれ、一部の大学は全面禁止に踏み切った。だが、利用を完全に抑え込むことは現実的ではなかった。禁止は地下化を招き、教育的な対話をむしろ困難にする。
こうした経験を経て、多くの大学は方針を見直し始めた。単なる容認でも排除でもなく、批判的かつ倫理的に活用するための枠組みづくりへと動いている。

私が所属するアリゾナ州立大学は、こうした制度設計において先端をゆく大学の一つである。早い時期から生成AIに関する指針や教育資源を大学全体で整備し、教員に授業ごとの利用方針の明示を求めるとともに、学生には利用の透明性を求めてきた。さらに「Chat(チャット)GPT」を開発したオープンAIとの連携や、独自のAI作成ツールの開発も進め、技術を教育や研究の中にどう位置づけるかを組織的に検討している。前提にあるのはAIを排除するのではなく、人間の思考を中心に据えたうえで活用するという姿勢である。

ここで改めて問われるのは、書かれたものに対して誰が責任を負うのかという点である。
米国の高等教育では、ライティングは単なる文法や形式の指導にとどまらない。書く過程そのものが思考であり、問いを立て、資料を選び、角度を定め、構成を練り直す中で知識は形づくられる。書きながら初めて、自らの立場の曖昧さや論理の弱点に気づくことも少なくない。推敲の過程で問いが洗練され、主張の輪郭が定まる。つまり、書くという行為は考えを生成し、練り直す営みである。この考え方は英語を母語とする学生にも、第2言語として学ぶ学生にも同様に当てはまる。

生成AIは文法や語法を整え、表現を洗練し、文章構造を提案することができる。既存の情報を集めて整理し、発想を広げ、見落としていた視点を示すこともある。しかし、どの問題が重要かを見極め、どの資料を採用するかを判断し、どの方向にどのような立場から発信するのかを決めるのは書き手自身である。AIは文章を生成できるが、主張を自らの名で背負うことはできない・・・

・・・学部生の多くは大学外の社会に進む。問いを立て、情報を見極め、自らの判断を言語化する力は医療、教育、行政、司法、企業経営など、分野を問わず求められる。大学でのライティング経験は、知的労働の基盤となる思考力を鍛える。
米国の大学では初年次教育や分野横断型の科目を通じて問いの設定や読者・目的・状況を意識した文章づくりのプロセスを半世紀以上にわたって継続的に指導してきた。他方、日本の大学ではこのような体系的なライティング教育が十分に制度化されているとは言いがたい面もある。

生成AIは、少なくとも現時点では、こうした知的活動を補助する技術にすぎない。そもそも自ら問いを立て、構想を組み立てる力がなければ、AIを使っても説得力のある文章にはならない。自分の力を大きく超える文章が生成されたとしても、それが本当に理解できている内容なのか、自分の立場や価値観と整合しているのかを見極められなければ、使いこなすことはできない。最終的に問われるのは、自らの判断を自らの言葉で示すことへの誇りである。

大学教育でのライティングはこれまで、提出物を評価する枠組みが中心だった。この構図のままでは、もっともらしい文章を生み出すAIは安易な近道になりうる。しかし本来、大学が育てるべきなのは文章を通じて考え、探究し、他者に伝え説得する力である。完成品だけでなく構想し、組み立て吟味する過程こそが学びの核心だ・・・

世界と異なる日本の通知表

2026年4月6日   岡本全勝

3月23日の朝日新聞に、「学校の通知表、世界と違う?」が載っていました。

・・・年度末になると手にする「通知表」。子も、親も、開くときにドキドキします。世界と日本の通知表について、佛教大の田中耕治客員教授(教育評価論)に聞きました・・・

―世界各地の通知表の特徴を教えてください。
米国カリフォルニア州では保護者が子どもの成績や学習状況をウェブ上で確認できます。途中経過も見られる仕組みになっていて、子どもが学年末の基準をどの程度、習得しているのかが分かるようになっています。
スウェーデンで通知表にあたるのは「個人発達計画」と呼ばれ、低学年の子どもの成長や学習の進み具合を記録することが重視され、高学年では、その記録は進学資料となります。
オーストリアの通知表には「資格証明」が含まれます。たとえば「5年生の内容を理解した」ことを、校長や担任の教師が署名して証明します。進学の成績証明としても利用されます。
通知表に成績が書かれていないのは韓国の初等学校(小学校に相当)です。全国共通の様式である「生活通知表」は、生活面や行動特性などの生活記録が中心です。学校内での暴力に関し、処罰があった場合は記載が義務化されています。処罰を受けた場合、多くの大学に入学できません。

―通知表の役割はどうあるべきでしょうか。
欧州では進級や進学にあたって、その学年にふさわしい学習内容を「修得」できたかどうかを重視します。
日本は「競争」と「序列化」の圧力が強いように感じます。本来、子どもの成長や発達の記録を家庭に伝え、学校と家庭が協力して子育てすることを促すものです。
通知表は「他の子と比べる」ものではなく、「自分の子が、どこまでできているか」「どんな成長をしているか」を知るための記録です。数字だけにとらわれず、成長や発達の過程に目を向けることが大切です。

―日本の通知表は、いつから始まったのですか。
明治初期に学校と家庭の連絡簿として始まり、学籍簿制定の1900(明治33)年ごろに「成績欄」「出欠の記録」「学校家庭通信」などを備えた今に通じる通知表がつくられました。大正時代に入ると、学歴社会の高まりで成績重視に変化しました。相対評価の導入は戦後です。

中学生の英語力が低下

2026年4月5日   岡本全勝

3月22日の読売新聞言論欄に、古沢由紀子・編集委員の「中学英語 基礎定着に課題」が載っていました。
・・・ 小学校で英語を教科化したにもかかわらず、中学校段階の英語力が低下したという調査結果が波紋を広げている。授業で会話などの活動が増えた一方で、文法や語彙の基礎知識が定着していないとの指摘もある。文部科学省はコミュニケーション重視の方向性は維持しつつ、小中高校の次期学習指導要領で英語教育の内容を見直す方針だ。今の時代に求められる「使える英語」の習得に何が必要なのか。

昨年7月に公表された学力調査の結果を受け、文科省や教育関係者に衝撃が走った。全国の小学6年と中学3年計約10万人を抽出して2024年に行われた「経年変化分析調査」。小学校の国語と算数、中学校の国語、数学、英語を対象に3年に1回程度実施されており、前回(21年)に比べて全教科の成績(スコア)が低下した。その中で最も低下幅が大きいのが中学の英語だった。
同調査は毎回大半が同じ問題(非公表)で、学力の変化を把握しやすい。16年に実施されなかった英語は2回目の調査で、文科省の担当者は20年以降の新型コロナウイルスの流行が「話す活動などに影響した可能性がある」とみる。

英語教育に詳しい斉田智里・横浜国立大教授は「話すことだけでなく、『聞く』『読む』『書く』力を問う問題でも全体的に正答率が低下し、英文を正確に書く問題で顕著に下がった」と分析。「コミュニケーションを重視する英語教育の方向性は間違っていないが、授業での文法指導や反復練習の時間が不足している可能性があり、基礎が定着していない生徒の支援が必要だ」と指摘する。
同様の傾向は23年度に行われた全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)からもうかがえる。過去の調査と出題は異なるが、4年ぶりに行われた中3の英語の平均正答率は前回から大きく低下し、デジタル端末を使い「話す」力を測る問題では1問もできない生徒が6割を超えた。

その一方で、一定水準の英語力を持つ生徒の増加を示す調査結果もある。文科省の24年度の「英語教育実施状況調査」では、中3で実用英語技能検定(英検)3級以上、高3で同準2級以上の英語力を持つ公立校の生徒はいずれも増加傾向だ。入試で英検などが重視される影響も大きいとみられ、学校現場には「塾で対策をする生徒が上位の級を取得し、二極化している」との見方がある・・・