カテゴリーアーカイブ:生き様

巣鴨駅前モニュメント

2008年3月15日   岡本全勝

今日の東京は、コートどころか、上着もなしで過ごせるような陽気でした。高校の先輩である坂口紀代美さんから、「巣鴨駅前商店街にモニュメントを設置するので、見に来るように」との指示があり、行ってきました。駅北の商店街、国道を挟んだ両側の歩道に、人の背丈ほどの石が置かれています。
西側の三菱UFJ銀行前は「MADAMADA」といい、東側の和菓子屋さん前は「KOREKARA」というのだそうです。作者によれば、「高齢化と団塊の世代の問題の多いこの頃、KOREKARA、MADAMADAと、少しでも踏ん張ってやってゆこうじゃないかという、気持ちを鼓舞するモニュメントです」とのこと。
それぞれ、黒御影石の一面が磨かれ、そこに鑿の跡が散らばっています。制作過程の写真を見せてもらっていたので、てっきりテーブルのように置かれるのかと思っていたら、立っていました。私は、「猫の足跡ですか」と聞いて、「桜の花びらよ」としかられました。1基で、2トン近くもあるそうです。深さ1.5メートルの基礎の上に、ボルトで固定してあります。据え付けるのが、大仕事です。
みなさんも、一度ご覧ください。猫の足跡か、桜の花びらか。

2008年3月13日   岡本全勝

東京は、春めいてきました。憲政記念館の中庭の桜は、毎年早く咲くのですが、すでに5分咲きです。小鳥がたくさん来ていました。ご近所の梅は、紅梅白梅とも満開を過ぎました。プランターのチューリップも、どんどん伸びてきました。ところが、我が家の椿は、未だに咲かず。つぼみは、大きくなっているのですが。ご近所のミモザも、まだ7分くらいの花です。去年は、2月半ばには、椿もミモザも咲いていました。町内の物知り奥さんに聞いたら、そこのお宅の椿も、今年は遅いそうです。寒かったからでしょうか。

副業

2008年3月9日   岡本全勝

東京は、暖かくなりました。8日は外出したので、9日は副業に精を出しています。大連載4月号ゲラを校正。これで第2章が終わるので、第3章を出版社に渡さなければなりません。それで、第3章第2節までを、ひとまず完成させました。これで、5月号から7月号まで、3月は持ちます。でも、去年の秋から、半年かかっています。この進み具合だと、追いつかれてしまいます。
その他、3月22日に「政策メッセ・ワークショップ」に呼んでもらっているので、レジュメの作成。私の出番は、「中央省庁再編:官邸主導の検証」です。田中秀明・一橋大学准教授がモデレーター、清水真人・日本経済新聞社編集委員、曽根泰教・慶應義塾大学大学院教授の予定です。
もう一本、3月末締め切りの原稿も、抱えています。とほほ。

世論調査

2008年3月2日   岡本全勝

今日は朝から、共同通信社の世論調査を受けました。先日、郵便で「選挙人名簿で無作為に選んだところ、あなたが選ばれた。土日に調査員が伺います」という知らせをもらいました。記者クラブの浜本記者に「当たった」と報告すると、「珍しい。この勢いで、宝くじを買ったらどうですか」と喜んでもらえました。前回の調査を見ると、全国250か所で3,000人を選んだとのことですから、かなりめでたいことですね。
問は、内閣支持・支持政党という定番のもののほか、景気、増税、裁判員制度でした。郵便には「引換証」が入っていて、これを調査員に渡すと、グッズがもらえるのです。調査員がちゃんと調査したかを確認する、優れた方法ですね。
問に答えたあと、今度は私から調査員に逆取材。何せ、滅多にないことですから。調査員一人で、何人くらいを受け持っているのか、何人に会えたか、回答はもらえたかなどなど。住所と氏名だけで訪ねていくので、家を確認するのが大変な場合があるとのことです。私の場合も、住宅地図に載っていなかった(引っ越して新しい)、表札が出ていない(住居表示板を出しているだけ)ので、昨日はわからなかったとのこと。「こんなにスムーズに答えてもらったのは初めてです」とおほめをいただきました。
その後、税金の申告書を、税務署まで出しに行きました。杉並区は住基カードをもらえないので、電子申告ができないのです。税務署は、自転車ですぐです。そして、キョーコさんに言われて、スーパーまで買い物にも行きました。それぞれ、社会人としての責務、国民としての責務、家族としての責務を果たした休日です。といっても、ほんのわずかですが。

中先生のコンサート

2008年2月26日   岡本全勝

今日は、中博昭先生のコントラバス・コンサートへ行ってきました。先生は、元N響の首席コントラバス奏者です。私が富山県勤務の時、魚津短大の学長をしておられました。なんと、下手なフルートで一緒に演奏させてもらったこともあります。その時は大勢でした。先生から楽譜を渡され、「これを練習して、一緒に合奏しましょう」と言ってもらいました。残念ながら、私が一定水準に達せず、そのご指示は守れませんでした。
楽壇生活50年!77歳のお祝いをかねての会でした。演奏会の後は、場所を変えてパーティーへ。魚津から応援団が大挙して押しかけていて、それは賑やかでした。「今日は、フルートを吹かないの?」とか聞かれ、最近の練習不足を反省しました。