カテゴリーアーカイブ:人生の達人

なぜ叱ってしまうのか2

2022年9月29日   岡本全勝

なぜ叱ってしまうのか」の続きです。今度は、職場でです。

――パブリックな空間にも広がっているということですか?
「家庭以上に権力の格差がはっきりしている会社のような組織では、部下を指導する自分の方が正しい、と上司は思い込みがちです。人は、ルールに違反した相手に罰を与えると、脳の報酬系回路が活性化する。強く活性化した人ほど、相手に罰を与えようとする傾向があることが、実験で確認されています。つまり、叱る依存の落とし穴にはまりやすい」
「処罰感情の充足が人間の欲求の一つなら、人間がつくる社会の仕組みに影響を与えないはずはありません。最近も、ネット上の誹謗中傷対策として『侮辱罪』が厳罰化されました。とりあえずの抑止効果はあると思いますが、人を公然と侮辱することに快を感じている人が、厳罰化されたから改心するでしょうか。どうすれば再犯予防できるかの議論が必要なのに、『悪いやつには罰を』という処罰感情の充足で終わっている。社会も『叱る』に依存しているということではないでしょうか」

――他方で、企業ではパワハラと受け取られないかと、叱ることを怖がる風潮も強まっています。私自身も管理職ですが、必要な指導を躊躇してしまうことも……。
「それもむしろ、叱ることの効果を過大視していることに原因があります。効果があると思い込んでいるから、処罰感情が募り、依存する。行きすぎる。大して効果がないと認識していれば、叱ることを怖がることはありません」
「パワハラ上司扱いされたくないから必要な指導もしないのは、企業にとって損失です。近年、こうした傾向への解決策として、職場で自由に意見できる『心理的安全性』が重視されています。心理的安全性があれば、処罰感情もわきにくいのではないでしょうか」

――具体的にどうすれば?
「叱られる相手が行動しない理由が『できないから』なのか、『しないから』なのか、見極めることが大事だと思っています。特に子どもの場合、過去に一度できたことが毎回できるとは限りません。『この間はできたのに』ではなく『まだこの子は50%しかできないんだな』と考えるだけで、だいぶ違う世界が開けてきます」
「その上で、どんなサポートがあれば『できない』が『できる』に変わるのか、と考えてみるのです。叱る、叱らないではなく、新しい方法を試行錯誤するうちに気づいたら叱らなくなっていた……というのが、目指したい姿です」

――「叱る」を手放せたら、社会も変わりますね。
「そのためには、人は叱られ、その苦痛から学んでこそ成長するという『苦痛神話』から脱却しなければなりません。人は叱ることに依存する。でも、叱るだけでは人は学ばない。これが社会の常識としてインストールされれば、もっと生きやすい世の中になるのではと思います」

心当たりのある方は、原文をお読みください。職場で部下を叱って、良いことはありません。それは指導ではなく、怒っている本人が自分の感情を制御できていない、感情のはけ口にしているのです。『明るい公務員講座 管理職のオキテ』第2講をお読みください。

高橋公さん

2022年9月28日   岡本全勝

日経新聞夕刊「人間発見」、9月26日からは、高橋公・ふるさと回帰支援センター理事長の「地方移住をインフラに」です。
・・・都市から地方へ移住したい人と、都市から移住者を受け入れたい地方自治体をつなぐ認定NPO法人、ふるさと回帰支援センター。これまでなかったこの取り組みを、持ち前の行動力と人脈で引っ張ってきた・・・
2002年のセンター設立以前から、中心となって活躍しておられます。当初は月に20件の相談だったのが、今では4000件になっているとのことです。

私は自治省交付税課課長補佐の時に、当時は自治労の高橋さんと出会いました。労働組合は私たちにとって「怖い敵」だったのですが、お互いの立場が理解できると、親しくなりました。筋を通しつつ、どうしたら自治体現場の職員たちがよりよく働けるか、それを交付税の算定に反映できるかです。

ゴミ収集車の作業員は、1台あたり2人で算定していたのですが、調査すると1台あたり2.6人でした(記憶が不確かですが)。自治労からは「現場の実態を、交付税の算定に反映させよ」という要求がありました。でも、標準団体を想定するときに、端数の付く人数を設定することができません。私も悩みました。現場の平均は2.6人、それを標準団体に置き換えることができないか。
思いついたのが、1台あたりで計算すると端数はつけることができませんが、例えば収集車2台で5人とすると1台あたり2.5人になります。コロンブスの卵のような発想転換です。その方向で、担当職員に標準団体の経費を作り直してもらいました。これは、課長にも自治労にも褒めてもらいました。

その頃には、早稲田大学の学生運動の闘士の面影はなく、人の良いおじさんに見えました。私たちは、「ハムさん」(公を分解して)と呼んでいます。

なぜ叱ってしまうのか

2022年9月28日   岡本全勝

9月16日の朝日新聞オピニオン欄、臨床心理士・村中直人さんへのインタビュー「なぜ叱ってしまうのか」から。
・・・ほめて育てたいのに、叱ってしまう。叱っているうちに、だんだん止まらなくなる――。私たちはなぜ、叱るという行為にふりまわされるのか。臨床心理士の村中直人さんは「叱る」には依存性があり、その効果が過大評価されているからだと言う。とはいえ、一切叱らない聖人君子にはなれない。「叱る」とのつきあい方を聞いた・・・

――子どもを叱った後は自己嫌悪に陥るのに、また叱ってしまう。どんどんエスカレートし、抑えられなくなることがあります。約束の時間になっても宿題を始めないときとか、親に口答えしたときとか……。
「心の奥では、子どもが自分の言葉に反応し、思い通りに動いてほしいと思っていませんか? そういう意味では、叱るという行為は即効性があります。それだけでなく、『相手が自分の言葉に従う』という自己効力感が得られるし、『悪いことをした人を罰したい』という処罰感情も満たせる。こんなにごほうびがあれば、『叱る』に依存性があっても、おかしくはありません」

――では、私は叱ることに「依存」しているのですか?
「乱暴な言い方をすると、人間が毎日のように続けている行動は、習慣か依存のどちらかです。例えば毎日ランニングする人は、習慣化するほど楽に走れているか、走ることで得られる『快』に依存しているか、です」

――でも叱った後は後悔し、快い感情とはとても言えません。
「後悔は、『してはいけないことをしてしまった』という二次的な感情です。一方で、処罰感情は生まれながらに持っている欲求です。生来的な欲求は二次的感情に勝ってしまいます」

――とは言え、教育上、必要だと思うから叱っているのですが。
「誤解しないでほしいのは『一切、叱ってはいけない』とも、『叱ることへの依存は心の病だ』とも言っているわけではないということです。私には小学生の息子がいますが、普通に叱っています。例えば、子どもが私のあごに体を押しつけてきて、『やめて』と何度言っても聞かないとき。言い聞かせても人が嫌がることをやめないときは、私も叱ります」
「ただ、親は『教育的効果がある』と思っていても、実は子どもの学びにつながっていないことも多々あります。叱ることの効果と限界を、知ってほしいのです」

――効果と限界、ですか。
「たとえば、命にかかわるような危険な行為や、誰かを傷つけるなど、絶対にしてはいけないことをやめさせる危機介入には、叱ることが一番効果的です。約束の時間になっても宿題をしないことをこっぴどく叱られ、『また叱られたら嫌だな』と、その行動を自ら避けるようになるといった抑止効果もあります」
「しかし、子どもにとって叱られることは、苦痛な時間以外の何ものでもない。『この状況から早く逃げ出すには、早く宿題をした方が得かも』と、とりあえずやっているだけかもしれません」
「不安や恐怖を感じると、知的な活動に重要だと考えられている脳の前頭前野の活動が大きく低下します。親は『時間を守る大切さを学んでくれた』と思っていても、実は子どもはそのとき何かを学んでいるのではなく、その場しのぎで対処しているだけ、ということもあり得るわけです」

菊澤研宗著『組織の不合理ー日本軍の失敗に学ぶ』

2022年9月26日   岡本全勝

夏に、野中郁次郎著『『失敗の本質』を語る なぜ戦史に学ぶのか』を読んでいたら、積ん読の山から、菊澤研宗著『組織の不合理ー日本軍の失敗に学ぶ』(2017年、中公文庫)が出てきたので、合わせて読みました。この本は、2001年に単行本として出ています。

この本も、日本軍の失敗を経営学から分析した本です。『失敗の本質』など多くの分析は、「合理的なアメリカ軍に対して、非合理的な日本軍」という構図で説明します。しかしこの本は、日本軍幹部の判断はそれぞれの立場で「合理的」であったという視点に立ちます。
分析手法として、新制度派経済学を使い、取引コスト理論、エージェンシー理論、所有権理論を使って、日本軍の不条理な判断がそれぞれの立場では合理的であったと分析します。主流の経済学は、人間が合理的に判断することを前提としますが、実際には人間は完全な合理的な動物ではありません。詳しくは本を読んでいただくとして。

文庫本のまえがきに、組織の不条理が3つ整理されて示されています。
1 個別合理性と全体合理性が一致しない場合。個々人や個別組織が全体合理性を無視して、個別合理性を追求し、全体が非効率になって失敗する。
2 効率と倫理が一致しない場合。個々人や個別組織が倫理より効率性を追求し、結果として不正となって失敗する。
3 短期的帰結と長期的帰結が一致しない場合。個々人や個別組織が長期的帰結を無視して短期的帰結を追求し、長期的には失敗する。

この指摘には、納得します。私も実例を見てきました。この失敗に陥らない方法は、「この判断は、10年後や20年後に評価されるか。問われた場合に、胸を張って説明できるか」です。「閻魔様の前で胸を張れるか

長谷川公一先生

2022年9月25日   岡本全勝

長谷川公一著『環境社会学入門-持続可能な未来をつくる』(2021年、ちくま新書)を紹介します。「環境社会学入門」と銘打たれていますが、長谷川公一・東北大学名誉教授の「私の履歴書」でもあります。
先生が、山形県で生まれ育ち、東大に学び、東北大学で社会学を教えます。そして新幹線公害など環境問題を専攻し、環境社会学という分野を切り開かれました。

どのようにして社会学に出会ったか、そして環境社会学をつくり、みんなを巻き込んでいったかが書かれています。新しい分野を切り開いた先人の苦労は、勉強になります。
日本では、社会学もかつては欧米の学問を輸入するだけで、大学教授が勤まりました。そしてそのような理論社会学は、日本の現実問題を扱わないのです。環境社会学は、日本に起きている現実の問題を取り上げ、取り組みます。

実は長谷川先生とは、東大で学んでいる頃(半世紀前です)共通の知人を介して、知り合いだったのです。私はすっかり忘れていました。すみません。
実用の学と説明の学」という分かりやすい切り口を、先生に教えてもらいました。
10月1日には、お招きをいただき、尚絅学院大学の公共社会学フォーラム「震災復興と公共社会学」に出演します。