投稿者アーカイブ:岡本全勝

国民の信頼がない日本政府

2020年7月17日   岡本全勝

7月14日の朝日新聞、吉川洋・立正大学学長の「ポストコロナの負担、どう向き合う 財政は「支え合い」、議論深めて」から。
・・・財政赤字はバケツの底が抜けたような形で膨らんでいます。コロナ禍が一服したら、ポストコロナの負担のあり方を抜本的に議論しないといけない。これこそが政治の責任です。
財政というのは本質的に「支え合い」ということを認識する必要があります。みんなで負担してそれに見合ったものをもらうというのが財政の考え方です。

例えば市場原理主義と呼ばれる考え方があります。アメリカの共和党支持者に多いのですが、政府に色々やってもらう必要はない。その代わり、税金は低くしてもらうという考えです。社会保障や公教育すらミニマムでいいと考えます。
しかし日本で年金、医療保険を、全部私的な保険でやればいいと真面目に言う人はほとんどいないでしょう。また、すべての子どもに等しく教育を提供するのが、あるべき社会です。そういう支え合いを保つのが財政の役割なのです・・・

・・・コロナ前から、財政には問題がありました。最大の課題は少子高齢化です。子育て支援や、高齢者が増えることで医療介護の支出が増えることが想定されています。これに加えて、今回のコロナで感染症対応も一つの課題だと思い知らされました。負担の議論は避けられないのです。
北欧のスウェーデンはご存じの通り、社会保険料も税金もものすごく高い。だけど彼らは、国家のサービスを買っているという感覚があります。自分たちで買い物するときに不平を言う人はいない。

日本はそこの信頼感がない。変な例えかもしれないけれど、日本は政府のサービスが福袋に入ってしまい、何が出てくるのか、どれだけ自分が受益をしているのかわかりづらい。
例えば、社会保障によって、国民がどれだけの利益を得ているのかを端的に表しているのが寿命です。1950年代まで先進国の中で日本は寿命が短い国でした。それが1961年に医療が国民皆保険になってから寿命が大幅に延びました。こういった説明を政府はもっとするべきです。
コロナ禍によって、身の回りでの支え合いの意識が高まっています。「財政も支え合いだ」という意識が高まり、負担の議論が深まることを期待しています・・・

読み書きは先天的でなく訓練、その2

2020年7月16日   岡本全勝

読み書きは先天的でなく訓練」の続きです。
・・・「深い読み」が、その先にあります。読み続けながら批評眼を養い、時代も文化も違う作者とも想像力を働かせて「対話」し、作者の思いに共感したうえで自分の思想を築いてゆく――。読む行為の到達点だと私は考えます。
意識の流れを追究した20世紀初めのフランスの作家マルセル・プルーストは「読者は作者の知恵の先に自身の知恵を見いだす」と書き、読書の意義を説いている。他者を知り、自己を磨くのです。
中等高等教育で良い教師に出会えれば、「深い読み」の習得はそれほど難しいことではない。

民主主義の観点からも「深い読み」はとても重要だと私は思います。考えの違う他者の存在を認めることが、基本的人権の尊重につながるのです。
トランプ米大統領は読書嫌いです。歴代大統領の中で異例です。
私の見るところ、トランプ氏は読むことに習熟していないため、他者に共感できない。自身が知っていることを過信し、妄信してしまう――。トランプ氏の唱える「米国第一」主義は、私には幼稚な自己中心主義に映ります・・・

・・・私に言わせれば、スマホなど現代のデジタル媒体は「言葉を吟味し、問いを発し、自ら思考する」ために適した媒体ではありません。
デジタル媒体と紙媒体をめぐる比較調査があります。欧州で2000年から17年にかけて若者総計17万人を対象にした大実験です。その結果は、紙で読む方が話の内容・筋立て・場面などをよりよく記憶し、理解できた。幼年時からデジタル媒体に親しんできた世代でも結果は同じでした。彼らには「早く読む」ことを「よく理解する」ことと取り違える傾向があることも判明しました。

読む時、視線は紙面では文章上を進み、時に前に戻りますが、デジタル端末画面ではジグザグに飛びつつ、先に進む。紙面の場合は時間をかけて理解に努める心構えになるのに対し、画面の場合は読み飛ばしがちになる。
私見では、電子書籍にも同様の落とし穴がある。つい読み流し、吟味がおろそかになり、「深い読み」ができない。真の理解は、時に立ち止まり、後戻りして、あえて言えば作者が姿を現すのを待つことで得られる。忍耐が必要なのです。デジタル媒体は結末に向けて読みをせかしてしまうのです。
これはニュースの理解にも当てはまります。デジタル端末は扱うニュースがそれほど多様でなく、出来事を単純に伝える傾向がある。一方で、新聞は概して守備範囲が広く、優れた分析記事は読者に深い理解をもたらしてくれます。
加えて、デジタル媒体は文章が短くなる。読み飛ばす読み手は、書き飛ばす書き手になるものです。ツイッターは象徴的です・・・

参考「読書がつくる脳

日立、在宅定着へジョブ型雇用

2020年7月16日   岡本全勝

7月14日の日経新聞「テレワーク新常態(1)」「日立「もう元には戻さない」 在宅定着へジョブ型雇用」から。
・・・最高人事責任者(CHRO)を務める中畑は社員の働く意識を変えるという難題に約10年挑んできた。発端は現会長で経団連会長でもある中西宏明。社長時代の2011年、中畑ら各部門の人事責任者を集め「15年までに人事制度を世界共通にしてくれ」と指示した。

日立は08年のリーマン・ショック後、当時、製造業で過去最大となる7873億円の連結最終赤字を計上した。世界で戦える体制を目指すうえで中西が最大の壁の一つと考えたのが、社内に深く根付いた終身雇用や、年功序列を前提とした日本型雇用だった。
海外のグループ会社では、在宅勤務でも生産性が落ちないよう職務を明確にするジョブ型雇用が当たり前。「日本だけが普通でなかった」。13年度に国内外5万人の管理職を同じ基準で評価する制度を導入。16年度には時間や場所にとらわれず働ける仕組みも整えた。

それでも在宅勤務の取得率は約1割どまり。中畑が若手に聞くと「みな取ってないから」。そんな中で起きたのが新型コロナだった。ジョブ型で職務を明確にすれば時間でなく成果で評価しやすくなる……。「日立の働き方を変えるチャンス」。中畑は意を強くした。
社内の意識も変わり始めた。「この3カ月間で出社したのは1回だけ」。寺本やえみは中央研究所(東京都国分寺市)に勤める研究者。4月に在宅勤務を始め、5歳になる娘の保育園も最近まで休みだった。「たまに仕事の手を離して娘の面倒をみるなんて以前なら考えられなかった」・・・

テレワーク、人との交わりの意義

2020年7月15日   岡本全勝

朝日新聞のウエッブ「論座」7月13日配信、花田吉隆・元防衛大学校教授の「テレワークにより気付かされた「接触」と「空間」の本当の意味」から。

・・・テレワークの技術がなかった時代、我々は何でもかんでもオフィスに持ち込み、その中で処理しようとした。人をかき集め、オフィスに入れ、仕事をさせれば何かが生み出される。それが当たり前と考えていた。
テレワークの技術が生まれ、実は、その中にテレワークで代用できるものが多くあることを知った。つまり、何でもかんでも「オフィスの中に詰め込む」必要はなくなっていた。これまでオフィスの中で行っていたデスクワークから、オフィスを拠点に行う外勤の営業まで、テレワークで代替できることを知った。しかし、そのことは、「オフィスの中に詰め込む」ものがなくなったことを意味しない。オフィスの意味は依然失われていない。何が依然「オフィスの中に詰め込まれる」べきものか。つまり、オフィスの役割は何か。オフィスの意味を「洗い直し」オフィスを「純化」する必要がある。換言すれば「接触」の本当の意味は何か。

つい先ごろ、英国でパブが再開された。パブは英国文化と切っても切れない。フランス人がカフェを愛するように英国人はパブに深い郷愁を感じる。人々は、何カ月にも及ぶパブ閉鎖の解禁を待ち焦がれるようにしてパブに押し寄せ、ジョッキを口に運んだ。ここでパブは単なる飲み屋ではない。馴染みが集まり談笑し、ともに笑い悲しみ、意見を戦わせることにこそパブの持つ意味がある。人はそこで自らの存在の認知を得るのだ。パブで談笑しながら、自らの存在を他人に確認してもらう。この側面なしに人間は存在しえない。
フランスで、長く介護施設の面会が禁止された。それが解禁になった時、施設居住の高齢者が面会に来た家族と、アクリル板に顔と顔を擦り付けるようにして再会を喜び涙する映像が流れた。実に、我々は「接触」なしでは生きていけない

・・・こういう人の「感情面」に接触の意味があることは疑いない。もう一つ、重要なのは「知的な面」だ。
人は、集まり「接触」を繰り返しながら、何かを発見し、新たなことに気付いていく。「接触」は「創造性」の発揮になくてはならない場だ。オフィスが持つ意味として、この機能が失われることはあるまい。人は集まり物理的空間を共有することにより、新たなインスピレーションを得る。それが創造性を刺激し新たな製品開発につながる。「実空間」に人が集まることが重要なのだ。今の時代、企業はスタッフの創造性を高め企業を生まれ変わらせてこそ生き残りがある。これまで通りの企業形態でやっていける時代は終わった。この意味の実空間はテレワークでは代替できない。
もしそうだとすればオフィスの「個室」が持つ意味は低下しても、「大部屋」が持つ意味は逆に高まろう。いわば、オフィスの「レセプション会場化」だ。人が、オフィスに集まり、自由に考えを交換し刺激し合う中に新たな創造が生まれる。そういう「知的創造」の場としてのオフィスの意味が今後、再確認されていくのではないか・・・

読み書きは先天的でなく訓練

2020年7月15日   岡本全勝

7月12日の読売新聞文化欄、神経科学者メアリアン・ウルフさんの「教育の中での読書 紙の本「深く読む脳」育む」から。

・・・ ヒトが文字を読み、書くことは当然だと私たちは考えがちです。違います。読み書きはヒトの天性ではありません。発明です。
人類は20万年ほど前にアフリカ大陸に出現したとされています。言語は数万年前には誕生し、文字は6000年余り前に作られたと考えられます。人類史の中では相対的に最近のことです。最初は、群れをなす野生動物の頭数の筆記といった単純な内容でした。

見る・聞く・話す・嗅ぐといった行為は遺伝子でプログラムされています。それぞれの行為に対応する神経回路が脳に備わっている。乳児は周りを見て、においを嗅ぐ。幼児になれば、言葉を発し、簡単な意思表示もできます。
読み書きは遺伝子に組み込まれていません。では、どうやって身につけるのか。
大人が忍耐強く文字を教える必要があります。やがて幼児は文字が一つ一つ違う音に対応し、そのまとまりが意味を持つことに気づき、記憶する。この時、脳内で文字と音と意味を結びつけた、全く新しい複合的な神経回路が発明されている。脳の柔軟さが読み書きを可能にするのです。

単語の連なる文章を理解することは単純ではありません。脳に巨大な連結器のようなものができて、文字・音・意味を結びつける基本的な複合回路を次々と素早くつなぎ合わせることが必須です。文章の意味をくみ取るために、脳は大車輪の働きをしている。
私流に言うと、「読む脳」の誕生です。「読む脳」は経験を重ねて成長します。子供は読むことで育つともいえます。

8歳から10歳の間に、知識が増え、考える力が少しずつ備わります。自分が知っていることに照らし合わせて、文章の意味を推理できるようになります。
10歳から12歳になると、文章を読み進めながら仮説を立て、仮説が正しいのか間違っているのか、次第に判断できるようになる。作者や登場人物の感情や考えに思い当たるようにもなる。これはとても大事なことです。世の中には自分とは違う考えの他者が存在していることを理解するわけですから。大人へ向けた第一歩です。
初等教育で重要なことは、子供を励まし、手助けをして、推理・推論・真偽判断を含む、総合的な読む力を育むことです・・・
この項続く