経団連タイムス1月1日号に、12月8日に行った講演の概要が載りました。私が強調したかったのは、復興は政府と自治体だけではできないこと、企業が事業を再開してくださることが重要だということです。
投稿者アーカイブ:岡本全勝
復興特区基本方針
祝・ホームページ10周年
このホームページを作り始めてから、今日で10年になります。2002年1月7日から、始めました。当初は、東大大学院に出講するので、学生との連絡のために作ったのです。その後、講義のお知らせだけでなく、日々の日記のほか、地方行財政など仕事関係、経済社会に関する私見などいろんなことに広がりました。
この間に私の職も、交付税課長から、総務課長、内閣府官房審議官、総理秘書官などと代わり、仕事の分野が変わりました。それにつれて、このホームページの内容も変わりました。最初は、地方行財政が中心だったのです。それが、近年はテーマが発散しています(反省)。
大目次や目次で管理しなければ、書いたことが自分でもわからなくなっています。過去に書いたことも、すっかり忘れていて。逆に、私にとって良い記録になっています。いわば「日記帳」です。
ページ数は、530ページまでは数えたのですが、その後ソフトを入れ替えたので、数えられなくなりました。閲覧者総数は、今日現在で162万人です。当初は、1日に3人(うち1人は私、もう1人は弟です)しか見てもらえなかったのですから、すごいものです(キリ番ゲットの記録)。
途中、総理秘書官を務めた1年間と被災者支援本部で忙しかった時などを除き、ほぼ毎日のように書きました。よく続いたものですね。たくさんの人が見てくださるのが楽しくて、今日まで続いたのでしょう。つまらない記述に付き合ってくださった読者の方に、感謝します。
寝る前の限られた時間に書くこと、またホームページ上での記述という制約から、短い文章の感覚的な内容しか書けていません。しかし、ホームページは、そのようなものなのでしょう。本格的な考えは、別に原稿にするべきだと考えています。もっとも、その原稿の方も最近は成果が少なく、反省しています。
この間に、ホームページの履歴にも書いたように、パソコンが壊れたりソフトが動かなくなるという危機も、ありました。そのつど、「お師匠さん」や「社長」に助けてもらいました。ありがとうございます。
それにしても、10年というのは、すんでみると早いものですね。さて、このあと、いつまで続きますかね。
と書いたら、何人かの方から、お祝いのメッセージをもらいました。ありがとうございます。
内閣官房の年始の挨拶
今日、官邸大会議室で、内閣官房職員に対して、官房長官から年始の挨拶(訓示)がありました。このホームページで何度か紹介しているように、内閣官房には、たくさんの組織があります。この図のうち、3人の副長官補の下にある各種の事務局や室を数えると、今日現在では25あります。これらをご存じの方は、そう多くないでしょう。
内閣官房は独立して職員を採用していないので、各省からの出向者からなっています。何人いるのかは、私は知りません。今日集まった職員だけでも、大変な人数でした。
また、内閣に直接属する組織は、このよう(行政機構図、内閣の機関)になっています。内閣法制局、人事院、各種本部です。復興対策本部は内閣直属の組織であり、事務局はこの表に出てくるとともに、事務局職員は官房副長官補の下にある「東日本大震災復興対策室」に属しています。
官房長官は、別に内閣府を統括しておられるので、例年、内閣府職員へも年始のご挨拶があります。さらに内閣府には担当大臣がおられるので、その方々も挨拶されます。なお、行政機構図は、こちら。
鎌田先生の新著・富士山が噴火したら
鎌田浩毅・京都大学教授が、またまた本を出版されました。『もし富士山が噴火したら』(2012年、東洋経済新報社)です。先生の本はいつも読みやすいですが、今度は漫画とクイズが入った、さらに読みやすい本です。いろいろと工夫して、サービスしてくださいます。先生の似顔絵も、良くできています(失礼)。
東京出張中に富士山の噴火に遭遇した場合の、身の処し方が、話の展開になっています。
私は、鹿児島勤務時代に、しばしば桜島の噴火を経験したので、かなり良い正答率でした。でも、多くの方は、火山の噴火はご存じないでしょうね。しかし、実際に首都圏が灰まみれになったら、大変です。どうなるか。本屋で、手に取ってみてください。