投稿者アーカイブ:岡本全勝

貧乏性、小学生の日記

2013年6月8日   岡本全勝

今日は、久しぶりの休日。昨晩、「ゆっくり朝寝をするぞ」と決意したのですが、早々と目が覚めて。ゆったりと新聞を読んだ後、結局は出勤。たまっている資料はどんどん片付くし、メモしてあった検討事項も考えることができました。
もっとも、急ぎの用件が入って出勤していたM参事官に、つかまりました。「出勤しておられるのなら、ちょっといいですか」と。
夕方は早く退庁して、本屋さんへ。気持ちのよい土曜日でした。

この四半世紀の日本の政治改革、その4

2013年6月6日   岡本全勝

・・政治主導とその実態を形作るものが何かといえば、それは政党である。平成初めの政治改革のスローガンは「個人中心から政党中心へ」であった。つまり「平成デモクラシー」は、政党の改革と政治主導の充実に期待をかけてきた。確かにかつての派閥は事実上なくなったが、それに代わって政党があらゆる面で充実し、政治主導を任せられるものに成長したかといえば、自信を持って「イエス」と回答できる状況には必ずしもない。
日本では、政治主導と政治家主導とがしばしば混同される。政治家主導というのは察するに、政治家たちの発言力が―特に、官僚との関係で―強まることを素朴に肯定する態度である。多くの政治家たちはこの政治家主導を政治主導と取り違え、その結果、政党の内部は混乱し、政権運営は内側から崩壊しかねないことになる。つまり、政治主導と政治家主導は同じどころか、時には相矛盾する現実を意味するのであるが、そこが曖昧なままである。逆にいえば、政治主導は政治家に対する組織的な統制力なしにはあり得ないのであって、政治家たちがそれぞれ勝手なことをいうこととは両立しないのである・・

岡本統括官の休日をつぶす友の会

2013年6月6日   岡本全勝

今日は外での会議続きで、また外出しようとしているところに、職員が説明に来ました。「ちょっといいですか」と。そして、「9日の日曜日に、出張です」と、会議の概要を説明し始めました。
私は説明をさえぎって、「ちょっと待て、今日は木曜日やで。この週末に、私が出張するのかい?」。職員、答えて曰く「はい」。
「あんたら、『岡本統括官の休日をつぶす友の会』の会員か。また、新しい会ができたな」と言ったら、ニコニコして「それは、いいですね。会長と幹事長をします」と、全く反省の色がありません。とんでもない職員です。K参事官とS企画官です。
先週、先々週と、2週続けて土日に出張でした。休日がないと、資料と仕事の整理ができず、次の仕事の段取りを考えられないのが痛いです。本屋にも行けないし・・

この四半世紀の日本の政治改革、その3

2013年6月5日   岡本全勝

・・「平成デモクラシー」はこの顕教と密教との二重構造を、顕教優位の方向で一元化することを推し進めた。その意味でいえば、教科書に書いてあることに現実を近づけていく試みであった。密教体制というものにはとかく秘密性、隠匿性が付きまとい、「内部関係者」であるか否かが決定的に重要な意味を持つ。これを取り除くためには、権力行使をルール化し、透明性の高いものにしていかなければならない。そのためには、権力を塊としてとらえるのではなく、当事者間の関係としてとらえ直すことが含意されており、一方が他方に対して単純に指揮命令する関係から離陸することが必要になる。これまでの官僚制が権力も責任も全て一人で抱え込んでいたとすれば、それを他の主体と分担し、責任も軽減していく方向が出てくる。指揮命令関係としての統治(ガバメント)に代わって、ガバナンスという言葉が多用されるようになり、公共性の担い手の多元化が進むようになったのはその証である。そして行政と並んで司法が大きく登場したのは、その当然の帰結であった。
「平成デモクラシー」を特徴づける言葉を一つあげるとすれば、それは政治主導であろう。21世紀になってこの言葉がようやく流布するようになったことは、裏を返せば、「それまでの日本のデモクラシーは誰が運営していたのか」という質問を誘発するという意味で、いささか「やぶ蛇」ともいえる。それはともかくとして、「平成デモクラシー」は政治以外に主導すべき存在がないようにしようという前提で話を進めてきたのであるから、政治の成否は全て政治主導の実態にかかっている。実際、「誰が総理になっても同じ」ではなくなったし、政権も代わる可能性を常に視野に入れておくべきものとなった。官僚制に丸投げして済ますわけにはいかず、官僚制にも今さらそれを引き受ける用意はなくなった・・
この項、まだ続きます。