財務省文書課の国会答弁担当室長の高田君が、「国会業務の改善へ向けて」を書いています。霞が関の官僚が、国会審議のためにどのような仕事と生活をしているか、お読みください。日本で最も生産性の低い仕事の一つだと、私は思っています。いずれ、政治主導が進めば、この風習はなくなると予想しています。
投稿者アーカイブ:岡本全勝
仮設住宅団地の撤去と集約
岩手県釜石市が、66か所ある仮設住宅団地を、2016年度までに21カ所へ集約する計画案を発表しました。いくつかの新聞が報道しています。被害の大きかった3県では、初めてのようですが、他の市町村も準備をしています。
学校の校庭に作った仮設住宅は、できれば早く撤去して、生徒が運動できるようにしたいです。他方、自力再建や公営住宅に移る人が出て、仮設住宅団地も空き家が増えています。27日に総理と訪問した野田村の仮設住宅団地でも、「空き家」との張り紙が目立ちました。すると、防犯上もコミュニティの維持からも、集約する必要が出てきます。
新聞などでも指摘されているように、これまでの災害に比べ、仮設住宅の撤去は遅れています。それは、高台移転など住宅再建に時間がかかっているからです。
市の方針に示されているように、集約や撤去にはコミュニティの維持、引っ越しの際の手伝いなどに、配慮が必要です。これらの費用は、阪神淡路大震災の際には基金で対応しました。今回は、それも勘案して取り崩し型基金を積んであります。引っ越しの手間がかかるので、ボランティアの助けを募集しています。
新4大工業地帯
「新4大工業地帯」という記事を、教えてもらいました(日経新聞5月1日、国内生産再生で脚光 「新4大工業地帯」はココ )。どこだと思いますか。私は、全く外れました。詳しくは、本文を読んでください。
4大工業地帯だけでなく、新しい工業集積地、発展可能性の地ができつつあります。これまで、政府は何度も、自治体もそれぞれに、企業誘致や工業団地を作ろうと試みました。古くは新産・工特地域、後にはテクノポリス、近年では特区です。かつては、国土庁という役所があり、地方振興局という部署もありました。経済産業省には、地域経済産業グループがあります。
政府の思ったようにはなりませんが、このようにして、できてくるものなのですね。
連休の狭間、仕事ははかどるか
昼間、職場に、某省、某県、某マスコミなど、いろんなところから、電話やメールが来ました。
私は返事して、「あんた、こんな日に、仕事してるんか?」と。向こうも「全勝さんだって、出てきているじゃないですか」と反論します。「う~ん、今晩も異業種交流会を入れてしまってねえ・・」と、言い訳にもならない返事を返しました(苦笑)。
予定では、今日はたぶん部下職員からの攻撃も少なくて、書類整理ができると思っていたのですが。思うようには、行きませんわ。
生命倫理をどう議論するか。政治と生命倫理、2
そして、もう一つこの問題が提起していることがあります。それは、専門家に任せておけないということです。
まず、科学一般について、科学者や技術者に任せておけないということが、原発事故でわかりました。核分裂によって大きなエネルギーが取り出せること、そしてそれをうまく制御すれば役に立つことまでは、科学者と技術者に任せておけば良いです。しかし、それを実際に建設し運転するか、運転する際にはどのような安全装置をつけるか。それを専門家任せにはできないことが、今回の事故で示されました。もちろん、私たち素人が審査や検査をする訳ではありません。誰にどのように委ねるか。それを決めるのは、国民であり政府であり、国会です。
よく似た例を上げれば、軍隊は専門家集団です。戦闘を素人が行うわけにはいきません。しかし、その編成や出動範囲を、政府が監督する必要があるのです。シビリアン・コントロールです。それと似ているでしょう。警察についても、同様です。
さて、今挙げた例は、専門家集団に委ねなければならないが、その管理と制御は政治が行わなければならないということです。
他方、何をもって人の死と認めるか。どこまで延命治療は認めるのか。遺伝子はどこまで改変して良いのか。これらは、基礎的事実は専門家の説明に頼るとして、その判断を国民が決めなければならないという、もう一つの専門家に任せられない問題です。
そこには、どこで線を引くのかという一般的な判断が、一つあります。そして、自分の家族がそのような状態になったときに判断を迫られるという個別の避けられない判断の、二つの問題があります。
前者については、政府や国会で決めなければなりません。しかしこれは、これまで政治が扱ってきた、安全や公平や経済といった課題ではなく、どちらかといえば避けてきた問題です。科学者や経済学者に意見を聞いて決めるというものではないのでしょう。また、どこに専門家がいるのでしょうか。医者ではないでしょう。彼らは技術については意見を述べることができますが、人の命を決めるといった判断はできません。哲学者も、これまでの議論を整理してはくれるでしょうが、「各人が考えることです」と答えるでしょう。相談できる専門家がいるとしたら、宗教家でしょうか(出版物を検索すると、医学部で哲学者が教えている例があるようです)。
後者については、出生前診断結果で、おなかの赤ちゃんに異常が発見された場合に、生むのか生まないのか。寝たきりの家族が苦しんでいる場合に、どこまで延命治療を続けるのか。いずれにしても、専門家に任せるだけではすまず、あなた自身の判断が求められます。原発稼働の問題や戦争については、「私は素人なので、政治家に任せます」という言い逃れもありますが、延命治療や人工中絶については素人であろうがなかろうが判断を迫られます。