投稿者アーカイブ:岡本全勝

フィンランド、危機に備える「幸せの国」

2025年3月2日   岡本全勝

2月12日の日経新聞夕刊、「危機に備える「幸せの国」 ロシアの隣、愛憎相半ば」から。
・・・近く3年となるロシアのウクライナ侵略は隣国の安全保障観にも変化を生んできた。ロシアと隣り合うフィンランドでは危機に備える意識が高まり、国境沿いで不法移民を防ぐフェンスの建設が進む。身近な脅威と向き合う「幸福度世界一」の国民は何を思うのか。現地で探った・・・

・・・とはいえ現実に迫る脅威は国民の自衛意識を高めている。24年12月末にエストニアとの間で起きた海底ケーブル破損のように、非軍事手段を組み合わせたロシアの「ハイブリッド攻撃」と疑われる事案も相次ぐ。
ケーブル破損に関与した疑いで捜査中のタンカーが停泊する南部ポルボー。地元のニック・ウェンストロムさん(34)はロシアによる侵攻の可能性を念頭に「覚悟はできている」と国を守る決意を語る。

忍び寄る危機と裏腹に、国連の世界幸福度ランキングで7年続けて首位に立つフィンランド。ウェンストロムさんに理由を聞くとこんな答えが返ってきた。
「フィンランド人は他人を気にせず人生を好きに生きるからではないか。でも……」。一呼吸置いて続けた。「誰かがいじめを始めたら団結して助け合うメンタリティーを持っている」

こうした精神性は過去に侵略を受けながらも独立を貫いた歴史に根ざす。第1次世界大戦中のロシア革命を契機に独立を果たしたフィンランドは、第2次世界大戦中のソ連との交戦に耐えて併合や衛星国の道を逃れた。
22年2月のウクライナ侵略を機に国防意識はさらに高まった。北大西洋条約機構(NATO)加盟の是非を問う民間の世論調査では同年に賛成が7割を超え、侵略前の2割台から急上昇。軍事的中立を転換し23年4月に加盟した。
内務省で救助業務を担うミッコ・ヒルトゥネン氏は「第2次大戦以来、多くの人は常に戦争の可能性があると考えている」と説く。同省は24年11月に「危機への備えガイド」を公表し、水や食料の備蓄などを国民に周知した。

「将来が不透明な中で危機に備えるのは保険のようなもので安心感がある」。1月中旬、ヘルシンキで4歳の息子と避難シェルター機能をもつ地下スポーツ施設へ来たアンナ・インゲットさん(36)は自国の備えを評価する。
記者はこの一言で台湾有事に巻き込まれるリスクのある日本最西端の沖縄県・与那国島の住民の言葉を思い出した。22年8月に中国軍が演習で近隣海域へミサイルを撃った際、取材した島民は「いざ戦争になったら逃げ場がなく不安に思う」と口にした。
安心と不安――。その差は準備の違いが生む。
フィンランドでは1200平方メートル以上の建物にシェルターの設置を義務付け、全国5万カ所超に人口の9割近い480万人を収容できる。普段は民間業者がジムや駐車場などとして運営し、有事にはベッドやトイレを設置して72時間以内に避難所にする・・・

匿名投稿の危なさ

2025年3月1日   岡本全勝

匿名の発信が、あふれています。すべてとは言いませんが、無責任、読むにたえないものも多いです。私はソーシャルメディア(SNS)を使いません。
アマゾンで本を買うときに「評価」の欄を見ることがあります。低い評価(星が一つとか)は気になるので、見てしまいます。正当な意見ではなく、感情にまかせたような罵詈雑言もあります。「実名ならこんなことは書かないよな」と思います。

私のホームページは、このように実名です。発言には責任を持たなければならないと考えているからです。
それに対し、「みんなが、あなたのように強くはないのです」と言う人もいます。いえ、実名なら言えないような内容は、書かなければよいのです。そのような内容なら、知人と喫茶店か飲み屋で他人に聞かれないようにして、思いっきりしゃべってください。
読んだ相手がどのような気持ちになるか。それを考えない発言は、危ないです。批判をするなとは言いません。するにも、礼儀があるということです。あなたが逆の立場になった場合を考えてください。

2月14日の読売新聞に「SNS投稿 実名?匿名?」が載っていました。
・・・SNSは情報の発信・収集の手段として欠かせないツールとなっています。実名でも匿名でも利用できますが、匿名には「言いたいことが言える」といった利点がある一方、「実名にして発言に責任を持つべきだ」との声も上がります。あなたはどう考えますか?・・・
双方の言い分は、記事を読んでください。

氷河期世代、正社員9割超

2025年3月1日   岡本全勝

2月7日の日経新聞に「氷河期世代、正社員9割超 男性、やっとバブル世代並みに 生涯賃金や貯蓄なお差」が載っていました。

・・・今国会で就職氷河期世代が抱える経済格差が議題に上る場面が目立つ。昨今の人手不足もあってパートや派遣社員から正規雇用に転じる人が増え、男性の正社員率は90%超とバブル世代並みになったものの、老後への懸念は消えていない。生涯賃金や貯蓄、年金受給額は他の世代と差があるためだ・・・

・・・「男性の正社員率は年齢上昇に伴って改善し、40歳代でバブル世代と同水準に到達した」。内閣官房が2024年12月の「就職氷河期世代支援の推進に向けた全国プラットフォーム」で開示した資料にこんな記述がある。
もとになったのは東大の玄田有史教授の分析だ。玄田氏は1963〜67年生まれをバブル隆盛世代、68〜72年生まれをバブル崩壊世代、73〜77年生まれを就職氷河期前期世代、78〜82年生まれを就職氷河期後期世代と定義した。
総務省の労働力調査をみると、就職氷河期前期世代の20代後半時点の正社員率は男性で88.3%だった。就職氷河期後期世代は82.4%だ。バブル隆盛世代やバブル崩壊世代は比較可能な数字がないものの、玄田氏は「両世代ともに90%台半ばもしくはそれ以上」と推計する。

就職氷河期世代が大学を卒業した2000年前後は、バブル崩壊や金融危機を受けて企業が新卒採用を絞った時期にあたる。経済状況が好転するにつれて後から正社員になる人が増え、就職氷河期後期世代が30代後半になった時点の正社員率は89.9%、40代前半では90.7%とバブル隆盛世代との差が2.5ポイントに縮まった。
雇用問題に詳しい大正大の海老原嗣生招聘(しょうへい)教授は「2000年代の政府対策が奏功し多くの人が正社員化した」と話す。ジョブ・カード制度やトライアル雇用など、熟練度の低い労働者に訓練を積ませつつ働かせて正社員につなげる仕組みを例にあげた・・・

・・・一方で、氷河期世代には他の世代と比べた経済格差が残る。労働政策研究・研修機構の堀有喜衣氏が内閣官房の会議に提出した試算によると、正社員として同じように働いていても、あとから正社員になった場合は年収の平均が男性で約130万円、女性で約180万円低い。
堀氏は「将来の年金見込み額にも反映されるとみられ、高齢期まで影響する」とも強調した。過去30年と同じような経済状況が続く場合、1974年度生まれの人の4割弱は年金が月10万円に満たない・・・

記録、復興庁設置の経過

2025年2月28日   岡本全勝

先日、防災庁構想について話しました。記録のために、復興庁設置の経過を書いておきます。

当時(2011年夏)は、復興本部で被災者の支援と被災地の復興に向けた政策の立案と実行に追われていました。仮設住宅建設が完了したのが秋でした。続いて、流された町の復興計画を作っていました。
それと並行して、復興庁設置の作業をしていました。このような新しい役所をつくることは、近年では前例のないことです。
組織の内容は、復興本部を基礎として、発展させることとしました。法案は、法制班を作って作業をしてもらいました。担当の阪本克彦参事官(総務省行政管理局、現・内閣人事局人事政策統括官)が、職員たちと長時間労働をして、短期間でやり遂げてくれました。法制班は、このころ同時に3本の新法を作ったのです。驚異的でした。緊急を要する事情で、平時では想像しにくい「突貫工事」ができたのだと思います。

私は、法案決定過程で、当時野党の自民党幹部の了解取り付けに苦労しました。何人かの方が、復興庁が直接、復興事業を担うべきこと、そのための組織を抱えることを主張されたのです。何度も通って、そのような職員を集めることが困難なこと(国土交通省などから移籍してもらう必要があるが、国土交通省も人が余っているわけではないこと)、現地の事業を復興庁と国土交通省などとで切り分けることが複雑なことを理解してもらいました。
それらを含めて、4か月で法案を閣議決定しました。

2011年6月24日 東日本大震災復興基本法公布。復興庁の設置を決定
11月1日 復興庁設置法案閣議決定
12月9日 復興庁設置法成立
2011年12月16日 復興庁設置法公布
2012年2月10日 復興庁開庁

社員が増えると上司は仕事を変える

2025年2月28日   岡本全勝

2月6日の日経新聞夕刊「私のリーダー論」、日高光啓に「他人に任せ、違い楽しむ」から。

ラッパー・音楽プロデューサーの日高光啓さんが2020年に設立した音楽事務所BMSG(東京・港)。着実な成長を重ね、「日本発の音楽を世界に広めたい」という日高さんの思いは一歩ずつ実現に向かって進んでいる。

――事業規模が大きくなると、トップとして目が届かない部分も出てくるのでは。
「社員は約80人まで増えました。24年4月からは『C×O(チーフ×オフィサー=各組織の最高責任者)』を配置し、経営と執行を分けています。会社が小さかったときは自分が全てを見ていて、何の仕事をどのタイミングで人に渡せばいいのかも分からなかった。社員から『もっと雑に仕事を渡してください』と言われてから、仕事を任せることができるようになりました。今では進捗報告で『こういう企画になっていたのか』と驚くこともあります」
「考えてみれば社長として5年目で、自分も日々成長しているんですね。最近は、どうしても社長である自分が会わなければならない場合など、自分がやるべき仕事に集中できています。そもそも自分の専門的な領域は意外と狭いと思っているんです。他人に仕事を任せた時に自分とは違う決断が出たとしても、違いを楽しめるところがある。自分では思いつかないような意見が出ることも多いので、面白いですね」

――会社の事業展開が軌道に乗ってきて、リーダーとしてなんらかの変化は感じていますか。
「企業としての『成長痛』は社員が10人から20人に増えるときの方が大きかったんですよ。社員10人の時は『BMSG=日高』で、僕の考えていることが100%、BMSGと一致していた。でも20人になると組織になる。そうするとルールができる。手続きが必要になる」
「今までは同僚だったのに、上司と部下という人間関係に変われば感情面でも色々とあります。僕自身に対する不平不満もたまってくるだろうし、毎日が今まで経験したことのない変化でめまぐるしかった」
「その経験から、特に何かをスタートさせるときは、ルールは走りながらつくるようにと心がけています。立ち上がったばかりのアーティストにもよく言っていますが、メンバーやスタッフも含めて、最初からルールやマナーをしっかり決めてからスタートするなんて無理。とりあえずは走ってみて、小さな失敗でも繰り返しながら決めていけばいいと思っています」