投稿者アーカイブ:岡本全勝

慶応大学授業、小レポート講評

2018年5月15日   岡本全勝

先週提出された小レポート、地方自治論Ⅰが231人、公共政策論が52人。すべて読み終えました。いや~、大変な労働でした(苦笑)。
多くの学生が、3~4枚書いています。地方自治論にあっては、その後ろに対象とした自治体の政策の写しをつけてあります。まあ、ここはそんなに詳しく目を通しませんが。
それぞれに点数をつけるのではないので、そこまでは詳細に読みません。とはいえ、学生たちの力作ですから、きっちりと読まないといけません。このような指導も、学生数が増えると無理になりますね。

この人たちは、レポートの書き方指導を、受けたことがないのでしょうね。だからこそ、私の授業で指導するのですが。大学教育の中で、正式に教えるべきでしょう。
なかなかユニークというか、困ったものもありました。
体裁は指示をしました。A4縦置きと横書きは、全員が守っていました。しかし、活字の大きさ、左上綴じ、下にページ数を打つなどは、5%くらいの学生が守っていません。中には、途中のページが上下逆さまであったり、裏を向いていたり。提出する前に、確認しましょう。
これらを含めて、内容や文章についての指導は、授業で行います。

原発事故の責任とその後

2018年5月15日   岡本全勝

5月14日の日経新聞、経済教室、橘川武郎・東京理科大学教授の「エネルギー基本計画の論点」から。

・・・日本の原子力開発は「国策民営」方式で進められてきた。福島第1原発事故のあと、事故の当事者である東電が福島の被災住民に深く謝罪し、ゼロベースで出直すのは当然のことである。ただし、それだけですまないはずである。国策として原発を推進してきた以上、関係する政治家や官僚も、同様にゼロベースで出直すべきである。しかし、彼らはそれを避けたかった。そこで思いついたのが、「たたかれる側からたたく側に回る」という作戦である。
この作戦は、東電を「悪役」として存続させ、政治家や官僚は、その悪者をこらしめる「正義の味方」となるという構図で成り立っている。うがった見方かもしれないが、その悪者の役回りは、やがて東電から電力業界全体、さらには都市ガス業界全体にまで広げられたようである。一方で、政治家や官僚は、火の粉を被るおそれがある原子力問題については、深入りせず先送りする姿勢に徹した

このように考えれば、福島第1原発事故後、政府が電力システム改革や都市ガスシステム改革には熱心に取り組みながら、原子力政策については明確な方針を打ち出してこなかった理由が理解できる。熱心に「たたく側」に回ることによって、「たたかれる側」になることを巧妙に回避しようとしたのである。誤解が生じないよう付言すれば、筆者は、電力や都市ガスの小売り全面自由化それ自体については、きわめて有意義な改革だと評価している。
結果として、福島第1原発事故後7年余りが経過したにもかかわらず、原子力政策は漂流したままである・・・

ケインズ予測の的中と外れ2

2018年5月14日   岡本全勝

ケインズ予測の的中と外れ」(5月12日)の続きです。詳しくは原文をお読みいただくとして。私は、ここから次のようなことを考えました。なぜ、ケインズは誤ったか。

1つは、人間の欲望には限りが無いことです。ここには、2つの無限があります。
その1つは、各人の欲望に限りが無いことです。お金はいくらあっても、まだほしい。もっとも、これには限界効用逓減の法則が働き、有り余るほどお金を持つと、うれしさもしぼんでくるでしょう。
ところが、人の欲望をさらにかき立てるものがあります。それは、新しい欲望の対象が生まれることです。科学技術の進歩によって、新しいモノやサービスが生まれます。新しい車、新しいスマホです。また、機能はさほど変わらないとしても、他人が持っているものより「よりよいもの」が生み出されます。こうして、欲望を刺激し、新しいものがほしくなります。

2つめは、人は他人との差を求めることです。
平等は社会の目標です。しかし、完全な平等はあり得ません。共産主義は失敗に終わりました。一定の制約をつけつつ、各人の自由に委ねないと、満足は得られないことが実証されました。すると、持って生まれた能力の差、努力の差、そして運によって、結果に差がつきます。
いえ、差をつけようと、各人は努力するのです。努力しても結果が同じなら、人は努力しません。学級の中、会社の中でも、差がつくのです。人には、他人より抜きんでたいという願望があるのです。
ケインズは、この2つのことを忘れていたのです。

移民政策、経済学と政治学

2018年5月14日   岡本全勝

4月27日の日経新聞、経済教室、中島隆信 ・慶応義塾大学教授の「移民政策の現状と課題(下)」「 安易な外国人依存避けよ」から。詳しくは原文をお読みください。

・・・移民に関する経済学の実証研究はこれまで数多くなされてきた。だが筆者と明海大学の萩原里紗氏による「人口減少下における望ましい移民政策」(経済産業研究所)やベンジャミン・パウエル米テキサス工科大教授による「移民の経済学」などのサーベイをみても、研究成果が政策に役立つかどうかは定かでない。
明確なのは、生産性の低い場所から高い場所への労働移動が社会全体の所得を増やすということだけだ。国境を越えて移動する人たちはおおむねこの原則に従って行動すると思われるため、世界全体の生活水準向上という観点に立てば移民は是とされる。

ところが移民の受け入れ国に与える影響となると話は違ってくる。この点に関する国民の関心事は、(1)成長に寄与するか(2)国内の職を奪わないか(3)財政を悪化させないか(4)治安が悪くならないか――の4点にほぼ絞られる。このうち経済学の対象外となる(4)を除けば、いずれも前提条件の置き方次第でプラス・マイナス両面の結果が出ており、しかもその経済全体に与える影響は比較的軽微だ。要するに移民を入れても入れなくても経済的には大差はない。

だとすると、移民政策は貿易政策と似た政治色を帯びることになる。つまり移民に仕事を奪われそうな人は受け入れに反対し、移民と補完的な仕事をする人は賛成するという図式だ。そして全体最適の議論は脇に追いやられ、結論が先送りされるかポピュリズム(大衆迎合)的風潮が生起するかのいずれかになる・・・