投稿者アーカイブ:岡本全勝

新聞社の選挙報道

2025年7月15日   岡本全勝

6月30日の日経新聞に「有権者へ必要な情報を積極的に 選挙報道で本社指針」が載りました。
・・・日本経済新聞社は7月の参院選を前に、選挙報道に関する指針をつくりました。SNSの影響の大きさを踏まえ、より積極的に有権者が必要とする情報を発信すると確認しました。正確かつ公正な報道は民主主義の基盤です。選挙期間中か否かを問わず、届けるべき情報をお伝えします。
2024年にはSNSの影響が色濃く出た選挙が相次ぎました。兵庫県知事選や名古屋市長選、東京都知事選です。いずれも報道のあり方を考え直す契機になりました。
SNSが選挙に及ぼす力には長所と短所があります。個人が手軽に意見を表明し、世論を喚起できる点は間違いなく長所でしょう。一方で真偽が不明な情報が拡散し、それを判断材料に選挙結果が左右される場合は、民主主義が脅かされます。
後者の短所が表面化したのが兵庫県知事選でした。選挙後も県政の混乱は続き、報道機関には「十分な判断材料を提供しなかったのでは」との声が寄せられました。

私たちは事実を取材して確認し、伝えることが本分です。選挙の報道でも変わりません。それが不十分ならどうすべきかを指針で示しました。
3つのポイントがあります。まず、選挙期間中でも原則として通常の報道の判断基準に照らして方針を決めます。公職選挙法148条や過去の判例、日本新聞協会編集委員会の見解でも、選挙期間中の報道の自由は保障されています。その点を再確認し、積極的に大事な情報を届ける姿勢を明確にしました。
次に、報道の公正は「量」ではなく「質」で担保します。行数や文量、記事の大きさで政党や候補者の情報をそろえることは本質的な対応とはいえません。候補者の不祥事や問題発言も、有権者の判断に関わるなら丁寧に伝えます。
もう一つは、選挙の公正を害する行為は厳しく批判的に報じます。法に抵触する疑いがあったり、公序良俗に反したりする活動は、選挙期間中でも問題点を指摘して記事にします。真偽不明の情報が大きな影響を与えるなら、事実関係を検証する「ファクトチェック」などを実施して報道します。
一方でSNS空間では過激な発信で関心を集めて収益を得るような動きがあります。報道がそうした活動を助長しないかどうかも慎重に検討します。読者が求める報道機関の責務を果たせるよう、取り組んでいきます・・・

7月9日の朝日新聞には「選挙中も積極的に報道します 新聞各社、相次ぎ新指針発表」が載っていました。
・・・新聞各社の選挙の報じ方が変わりつつある。参院選前に相次いで選挙報道の指針を設けて「過度に公平性を重視せず、積極的に報じる」などと宣言。ファクトチェック体制を拡充する社もある。選挙中に候補者による選挙妨害事件が起きたり、SNS上で真偽ない交ぜの情報が錯綜したりした際に、「選挙の公正」を重視した結果、報道が十分ではなかった反省が背景にある。
全国紙では朝日、毎日、日経が5月以降選挙報道の指針を発表し、複数の地方紙も6月以降続いた。

朝日新聞は昨年12月に「選挙取材・報道に関するガイドライン」を作った。SNSが選挙結果に大きな影響を与えるようになったことや、昨年の兵庫県知事選に際して、読者からの「有権者に必要な情報が届いていない」との声を受けた。
このガイドラインを元に今年6月、新たにつくった「選挙報道の基本方針」では、選挙期間中も、選挙報道は基本的に自由だという原則を再確認。その上で、公平性に一定の配慮をしつつ、政党や候補者が誤情報を発信したり、問題行動をしたりした場合は積極的に報じるとした。
SNSで拡散した誤情報や真偽不明情報については、誤っているかや根拠がないかどうかなどを裏付け取材した上で報じるとした。こうした報道を強化するため、ファクトチェックに取り組む編集部も発足させた。
また、記者が誹謗中傷を受けた場合は法的措置を含めた相応の対応をとるとした・・・

砂原庸介教授「行政学の国際化」

2025年7月14日   岡本全勝

季刊『行政管理研究』2025年6月号に、砂原庸介・神戸大学教授の「日本の行政は他国の行政に学べるか―あるいは行政学の国際化」が載っています。私が常々思っていたことが、鮮明に書かれていました。霞ヶ関の官僚や行政学者には、ぜひ読んでもらいたい論考です。
少し紹介します。私の関心からなので、本論と外れているところもあるので、ご了承ください。

・・・翻って、現在の日本官僚制を見ると、喫緊の問題の象徴は「ブラック霞が関」という言葉であろう。政治主導のもとで官僚制は自律性を失い、政治的な調整に奔走して疲弊する状況である。批判されてきた権威性は薄れ、よく言えば民主的なコントロールが強まる一方で、グローバル化が進んで複雑さを増す社会状況に対応するための専門性が十分でないと考えられる。世界中で進んでいるデジタル化、とりわけ大量のデータを利用したAIの意思決定への活用、といった点でも、残念ながら後れを取っていると評価される。

誤解を恐れずに強い言葉を用いるなら、現状の日本官僚制の位置づけは戦後直後に近いところがあると考えるべきなのかもしれない。時代の変化の応じた組織の見直しや、個人のモチベーション・スキルの管理は行われず、デジタル技術を用いた効率化も十分とは言えない。公共サービスの水準が高いとすれば、個々の職員の過度な業務負担に依存しており、それが「ブラック」であるとして職業としての魅力が失われている。他国の良いやり方を見習いながら、組織の能力を上げて、効率的な行政を実施するための改革への要請が強まっていると考えられる・・・

・・・言うまでもなく、この問題は日本の行政学(者)にとっても他人事ではない。日本の行政が独自路線を歩むのと同じく、日本の行政学の研究蓄積も、世界的な行政学の文脈からは切り離されている。近年でこそ、日本で教育を受けてきた行政学研究者が英文トップジャーナルで論文を刊行することも出てきたが、国際的な存在感という点では、以前からアメリカ行政学の強い影響下にある韓国が有するそれとは比べるべくもない。他国の行政(学)の蓄積が、日本の行政学の中にも十分に受容されていないのだ。
それぞれの国に、それぞれ独自の行政や行政学があることには大きな意義がある。しかし、日本でも特権的なエリートが高い責任感を持って国家を運営するというスタイルは維持できず、いまや行政への民主的なコントロールは強すぎるくらいである。その中で、行政の改善を図っていくためには、多くの人を納得させるような、客観的なデータに基づいた根拠が求められる。そのような改善の経験を他国と共有し、自国の行政から得られた知見を他国に発信することは、行政の責任に含まれると言っても良いのではないだろうか。

行政学(者)もその責任を分有していることは否めないだろう。行政の活動を測定するためのデータをどのように収集するか、といったところから行政への関わることなしには遂行が難しい研究も少なくない。国際的な議論の文脈に接続しながら、日本官僚制の組織をどのように改善していくか――象徴的には「ブラック霞が関」にどう取り組むか――は、行政だけの課題だけでなく、行政学にも問われている課題なのである・・・

ひとりぼっちはアリにもキツい

2025年7月14日   岡本全勝

7月1日の朝日新聞、山中季広コラムニストの「ひとりぼっちはアリにもキツい…孤立の時代を生き抜くには」から。

・・・ 「アリも社会性の生き物。やはり孤立には弱い。集団から1匹を引き離すと、寿命が急に縮みます」。国立機関「産業技術総合研究所」の研究グループ長である古藤日子(あきこ)さん(42)は話す。
野生下では数百匹、数千匹の群れで生きるクロオオアリが、実験室で何日間生きられるかを調べた。10匹の群れで生きるアリは半減するまで約67日だったが、1匹で暮らす隔離アリたちの半減寿命はわずか7日。10分の1に縮んだ。

集団アリはエサを収集すると巣に戻り、仲間たちに口移しでエサを配る。だが孤立アリは巣に入るのを嫌がり、エサを吐き散らした。
なぜ孤立すると早死にするのか。隔離によるストレスから遺伝子の働き方が劇的に変わり、人間の肝臓と同じ働きをする「脂肪体」の機能が鈍くなることがわかった。
「安易にヒトにあてはめることは禁物ですが、アリの細胞に起きる変化を解明し、孤立に屈しないヒントを得たい」と古藤さん。研究成果を「ぼっちのアリは死ぬ」と題して刊行したばかりだ・・・

「イスラーム世界とは何か」

2025年7月13日   岡本全勝

羽田正著『〈イスラーム世界〉とは何か 「新しい世界史」を描く』(2021年、講談社学術文庫)を読みました。単行本が出たときに読みたいと思いましたが、そのままになり、文庫本になっても手をつけず。知人が読んでいるとのことで、読みました。
宣伝文には、次のように書かれています。
・・・ジャーナリズムで、また学問の世界でも普通に使われる用語、「イスラーム世界」とは何のことで、一体どこのことを指しているのだろうか? ムスリムが多い地域のことだろうか、それとも、支配者がムスリムである国々、あるいはイスラーム法が社会を律している地域のことだろうか。ただ単に、アラビア半島やシリア、パレスチナなどの「中東地域」のことを指しているのだろうか? 
本書は、高校世界史にも出てくるこの「イスラーム世界」という単語の歴史的背景を検証し、この用語を無批判に用いて世界史を描くことの問題性を明らかにしていく。
前近代のムスリムによる「イスラーム世界」の認識、19世紀のヨーロッパで「イスラーム世界」という概念が生み出されてきた過程、さらに日本における「イスラーム世界」という捉え方の誕生と、それが現代日本人の世界観に及ぼした影響などを明らかにする中で、著者は、「イスラーム世界」という概念は一種のイデオロギーであって地理的空間としては存在せず、この語は歴史学の用語として「使用すべきではない」という・・・

なるほど。「イスラーム世界」という言葉、概念は、近代ヨーロッパが作ったものなのですね。私は子どもの頃「中近東」や「極東」(こちらは最近聞かなくなりました)という言葉を聞いて、「なんでだろう」と疑問に思いました。ヨーロッパから見て、近いか遠いかだったのです。
しかし、「では、イスラーム世界に変わる言葉、概念は何か」と考えると、この本はそこまでは書いていません。
・・・地球環境と人類史的視点から「新しい世界史」を構想し叙述する方法の模索が始まる・・・と書かれているのですが、そこで止まっています。

歴史も地理も、それ自体は連続した事実に、何らかの視点から区切りを入れる作業です。視点によって、いくつもの区切り方があるでしょう。その一つは、住民の暮らし、生活文化です。その点では、イスラームは、有力な切り口だと思います。
これまでの歴史学は、政治権力によって区切ることが多かったです。日本史でも、奈良、平安、鎌倉、室町、安土桃山と。でも、この切り口では、日本列島人の暮らしの変化は見えません。私は、昭和後期・昭和末が、「戦後の終わり」「長い明治の終わり」「長い弥生時代の終わり」と説明しています。

伝えるためには相手の話を聞く

2025年7月13日   岡本全勝

日経新聞私の履歴書、7月は、魚谷雅彦・前資生堂会長です。奈良県の先輩です。
9日の「コミュニケーション」から。勤めたライオンから、アメリカ・コロンビア大学に留学します。論理的に発信する力、コミュニケーション能力を高めなければと焦り、毎週2回、夜にリーダーシップ、対話術を学ぶデール・カーネギースクールに通います。

・・・「皆さんはコミュニケーションの能力を高めるために来たのでしょう」。デール・カーネギースクールのベテラン講師のピーターさんが10人の受講生を前に話し始めた。「リーダーとして自分の思いを伝えたいなら、まずは心を開いて相手の話を聞くことが肝心です」と意外な説明だった・・・

・・・話す相手のニーズを事前に調べる重要性。結論を先にはなし説明する組み立て方。「質問の力」を活用して相手に話させる訓練などで鍛えられた・・・