『アジア時報』10月号に、福井ひとし氏の連載「一片の冰心、玉壺にありや?―公文書界隈を徘徊する」第16回「「大政翼賛会」の作り方―設立の手順と根拠」が載りました。
大政翼賛会と言っても、名前を聞いたことはあっても、どんな組織だったかは、多くの人は知らないでしょう。1940年10月、第二次近衛内閣の下で新体制運動の結果結成された国民統制組織です。ぎょうぎょうしい割には、何をしたのかよくわかりません。今回の論考を読むと、当初の意図とは異なり、尻すぼみになったようです。
行政学・行政法学的には、国家行政上どのように位置づけるのか、どのような根拠と手続きで作られたのか、興味深い事例のようです。詳しくはこの論考を読んでいただくとして、内閣の決定で作られるのですが、法律や勅令もない、不思議な位置づけの組織になります。
51ページに、第一回準備会の議事録で「女の腐つたようなことを言ひ合ふよりもこの場で心の底からお互に意見を吐露せねばならん(金光氏、憤然自席より「女の腐ったとは何だ!不謹慎極まる!」との発言があり、それに対して「取り消さぬ、断じて取り消さぬ」との応酬が載っています。こんなやりとりがあって、記録されているのですね。
ところで、漢文の素養が高い筆者です。末尾に「翼賛」の語源が出てきます。中国の三国志に出てくるとのことです。