2025年11月1日の日経新聞オピニオン欄、中村直文・編集委員の「「1日240時間」とリキッド消費」から。
・・・来場者数が2500万人を超え、「いのち輝く未来社会のデザイン」を掲げた大阪・関西万博が閉幕した。実は期間中、テクノロジーを皮肉った前衛的なSF映画が会場内で上映されていた。映画のタイトルは「1日240時間」。1970年の大阪万博時に制作された映画で、脚本は小説家の安部公房、監督は勅使河原宏と、ふたりの大物の手によるものだった。
映画の内容はこうだ。ある科学者が人間の行動が10倍速になる「加速剤」を開発し、世間に広がっていく。工場の生産性は10倍にアップし、社会は活気づくように見えた。しかし労働時間が減った分、ゴルフなど余暇人気が高まって大混雑する。しかも立ち読みや万引きがはびこり、社会が混乱に陥るというストーリーだ・・・
・・・加速剤はなくとも社会が自律的に高速回転する今。これを理論的に説明する社会学の本がある。「加速する社会 近代における時間構造の変容」(ハルトムート・ローザ著、福村出版)だ。技術革新によって労働の効率化が進み、時間を持て余すはずが、そうはならない。「私たちには時間がない。あふれんばかりに勝ち取っているのだが」。人類はパラドキシカル(逆説的)な世界に直面している。
同氏は時間の欠乏を促す要因を技術的加速、社会変動の加速、生活テンポの加速と3つに分け、論を展開する。技術的加速とは生産・物流・情報伝達でのスピードアップのこと。社会変動の加速とは、社会の制度や慣習が変化するスピードの高まりを意味する。
ローザ氏によるとラジオは5000万人の利用者に普及するまでには38年かかったが、テレビは13年、インターネットはわずか4年という。モノも制度もあっという間に「過去」になり、「現在が縮んでいる」。例えば「最近」という概念であれば、かつては1年程度だったが、今や1カ月ぐらいに縮まった感覚だ。もう一つの生活のテンポの加速とは、単位時間当たりでの行為や経験が詰め込まれるようになった状況を示す。
こうした変化を敏感に反映するのが消費社会で、流動化する環境になぞらえて「リキッド消費」という考え方が生まれた。工業・モノ中心の「ソリッド消費」の後継と位置づけられる。リキッド消費に詳しい青山学院大学の久保田進彦教授は「英国で2017年に提唱された概念で、複数の特徴がある」と説明する。
1つがはかなくも、瞬間瞬間を楽しむ短命性。ファストファッション、ファストフード的な消費シーンだ。2つ目が所有せず、必要なときだけ利用する「アクセスベース」消費。3つ目が脱物質化という。久保田教授は「ライフスタイルが必要に応じて購入する"ジャストインタイム"型になると同時に、興味が複数にわたる"小分け"型になるといった現象が背景にある」と指摘する。
とりわけ若い世代には先行き不安が漂うなか、目の前の時間を快適に楽しむという感覚が強いのだろう。例えばエンタメは「事前知識や予備知識が必要なオペラやクラシックより、見た瞬間に躍動感が分かるK-POPを選好する」(久保田教授)。リキッド消費は企業の成長源になりつつある。動画配信やメルカリのようなフリマアプリ、近年だと短時間アルバイトもリキッド分野だ。人材サービスのディップによると、単発や1カ月以内の案件は急増している・・・
・・・経済の大変動と消費者ニーズから現実化した1日240時間社会。利点も大きいが、常に不安定性と不安を抱え込む性質を併せ持つ。ただ減速は難しく、企業も個人もこの現実からは逃れられない以上、ディストピアに陥らない「地図」づくりが必要なようだ・・・