2025年12月7日の朝日新聞「「パートは低待遇」当たり前ではない 日独の経済史研究、田中洋子さんに聞く」から。
フルで働けないのなら、転勤ができないのなら、非正規雇用で低賃金――。日本社会で長くまかり通ってきたこの常識が、働く人を貧しく、忙しくしてきたと、日本とドイツの経済史を研究する田中洋子さんは指摘します。名目GDP(国内総生産)で日本を抜いたドイツの働き方から学べることとは。
―パートなどの非正規雇用の待遇が異なるのは「当たり前」という感覚があります。
パートやアルバイトは、「男性が大黒柱として働く」という日本的な雇用が安定化した1970~80年代までに、「女・子どもの賃金は安くていい」という補助的な働き方として広がりました。バブル崩壊後には正規雇用を非正規雇用に置き換える人事政策が多くの産業に拡大します。人件費削減は「善」となり、リストラすると株価が上がる。この流れが30年続き、完全に社会に定着し、もはや疑うことすらできなくなっています。私がおかしさに気付けたのは、たまたまドイツの研究をしていたからです。
―どんな違いがあるのですか。
ドイツのパートは「非正規」ではなく、「正規のパート」です。「働く時間が短い正社員」とも言えます。パートであっても、仕事が同じなら同じ給与表にもとづいて、働いた時間分の賃金が支払われ、無期雇用です。
日本のパートの賃金は「最低賃金プラスアルファ」程度で、基本的にはずっとそのままでたいした昇給もない。そのかたわらで、2、3年で異動していく正規の人は、同じ仕事をしていても全く異なる賃金体系で、昇給も昇格もある。現場について誰よりも詳しくても資格があっても、働く時間が短いというだけの理由で「非正規」となり、低待遇が正当化されています。
―なぜドイツではそんなことが可能なのでしょうか。
90年代まではドイツも日本と似ていました。パートは「主婦の補助的な仕事」というイメージがあり、給料の低い仕事が与えられていました。
大きく変わったきっかけは、2001年の「パートタイム法」です。この法律によって、短く働くことは、労働者の権利になりました。男性も女性も、管理職でも裁判官でも、誰でもです。経営者は労働者の希望を実現する責務を負います。「パートは低賃金」というイメージはどんどん崩れていきました。
日本はドイツと正反対に、「現場労働者を安く使う」ことが広がり、正規と非正規の分断や処遇の格差が大きく広がってしまいました。でも、これは企業が勝手に始めたことです。だから、企業は「勝手にやめる」こともできる。変える気になれば変えられるのです。
―日本がドイツのようになったら、経営がたちゆかなくなるのでは。
日本は既成の仕組みを「絶対」と考え、その仕組みの中でなんとかしようとする人が多いですね。その結果、社会に不可欠な「エッセンシャルワーカー」とされる人たちは、構造的に過重労働と低賃金に追い込まれてしまっています。例えば訪問介護は人手不足で、スケジュールのやりくりも厳しく、賃金は上がらず、辞めていく人も増える。事業者は高い紹介料を払って人材会社から人を調達せざるを得ない。するとその分、元々働いている人にお金をまわせず、賃金は低いまま。うるおうのは人材会社だけです。
このままでは、現場で働く人が足りなくなり、サービスを受けたくても質量ともに十分に提供されなくなります。家族がやるしかなくなれば、仕事を辞めざるを得なくなるかもしれない。この悪循環を断ち切るには、人々の暮らしを現場で支える人たちの生活と仕事を守っていく必要があります。きちんとした水準の報酬のもとで、働く人が自らの希望に合わせて働く時間を選べる働き方へと、変わっていくべきです。
―「働く時間を自由に選べる正社員」で、現場が回るのでしょうか。
パートが多ければ、その分多くの人数を雇ってやりくりする。日本企業が非正規雇用を使ってやっていることと同じです。日本では長時間労働が難しい人の多くが非正規になってきましたが、非正規ではなくて「短時間働く正社員」でいいじゃないですか。「ワーク・ライフ・バランスが重要」と言っておきながら、バランスを取ろうとすると非正規になるしかないとは、おかしな話です。