2025年10月28日の日経新聞経済教室、ニコラス・ベネシュ会社役員育成機構ファウンダーの「トップ育成の現代化急務」から。
・・・(日本企業に対する)こうした厳しい評価の背景には、最も重要な「人的資本」である経営陣・取締役層の育成プロセスが、いまもなお実効性を欠いているという現実がある。中間管理職層も同様の停滞が見られるのは偶然ではない。日本企業の構造的な問題がそこにある。
海外、特に米国では労働市場の流動性が高く、多くの従業員が複数の企業で経験を積む。異なる企業文化の中で培った柔軟性や新手法の習得はキャリア形成に不可欠である。他社に自らを売り込む必要性から、「マーケティング」「人事」「財務」といったポータブルスキルを獲得する強い動機が生まれる。このような環境が、管理職や役員の質向上につながる。
企業も従業員が最先端の知識を獲得することに積極的で、専門的な外部研修機関を活用する。従業員が長く在籍しなくても、「あの会社出身なら優秀だ」という評判が新しい人材を引き寄せる好循環を生む。こうした人事方針は企業価値の向上に寄与する。
昇進基準は年齢や国籍、ジェンダーではなく業績と能力である。多くの企業では特定の職務(ジョブディスクリプション)に必要なスキルや知識を客観的に習得したと認められなければ、昇進できない仕組みが整っている。成果の上がらない管理職は降格・解任されることもあり、必須の研修を受けるほか、自ら進んで夜間講座などから学ぶ。
社外取締役を含む取締役も同様である。全米取締役協会の2020年調査によれば、独立取締役は年間平均33時間を教育に充てていた。日本の平均の10倍以上と推測される。
一方、日本では生涯1社型のキャリアが依然として主流であり、特定スキルの習得よりも「当社のやり方」に精通することが組織風土として重視される。他社で通用しにくい「スキル」に依存することは、必然的に外部の視点を遮断することにつながり、閉鎖的な発想を助長する。
近年、ようやく日本でも中途採用市場(ミッドキャリア市場)が発展してきた。しかし管理職に関してはまだ市場が未成熟であり、企業の閉鎖性やグループ主義が依然として強いため、中途採用者の昇進が難しいことが多い。このことが、経営者育成の停滞をさらに悪化させている。
研修についても社内で済ませることが多く、財務や戦略といった経営者全員が持つべきスキル獲得への投資は、極めて少ない。外部研修を依頼する場合でも、自社用にカスタマイズされた内容か、あるいは「他流試合」の意見交換があまりないものを希望する。他社事例をケーススタディーとして取り扱っても、「自社の仕事に早く戻るべきだ」と考える上層部の意向で、短時間になりがちだ。
こうした上層部の意識を反映して、昇進基準に具体的な知識習得が含まれることもまれである。統計データからもこうした組織風土がうかがえ、日本の人材開発費は国内総生産(GDP)比で主要先進国の3分の1以下にとどまっている。
財務や戦略に関する深い専門知識は、限られた研修の機会で習得できるものではない。優れた上級管理職や取締役を育成するには、管理職を複数の職務に配置し、異なる人々と協働しながら、長年にわたって財務や戦略スキルを磨く現場経験も不可欠である・・・
・・・新任取締役は、指名される前の段階では「まだ取締役ではない」と考え学習を避け、就任後は「指名されたのだからおおむね適格だろう」と考え、その地位に安住してしまう。一部の社外取締役は責任を軽視し、「あまり時間をかけずに良い報酬が得られる」と、無邪気に就任しているケースもみられる・・・