9月19日の朝日新聞オピニオン欄は「安保法制、10年たった世界」でした。
・・・集団的自衛権の行使を一部容認し、戦後日本の安全保障政策の大転換となった安全保障関連法(安保法制)の成立から19日で10年。「立憲主義に反する」との批判が続く一方で、安保法制以降、自衛隊の活動は拡大している。いまこの法制をどう評価するのか、識者に聞く・・・
佐々江賢一郎さんの「日米軸に、真の全方位外交への礎」から。
――安保法制の推進派はなぜ法整備が必要だと考えたのですか。
「このままで安全保障環境の変化に対応できるのかという問題意識だと思います。議論の核心は、日本は集団的自衛権の行使が認められるのかという憲法論です。国連憲章で認められているのに、日本独特の憲法的制約があって、軍事力への性悪説に立つ安保観が長く続いてきたのです」
「正論を言うなら、憲法9条の改正で対応すべきでしょう。でも憲法を変えようとすると、イデオロギーや感情的な対立があって、とても難しい状況が政治的に控えている。それによって現実的な対応が遅れることへの危惧もあり、安倍政権は憲法解釈を変更して安保法制を進めました。非常に大きな、勇気ある決定だったと思います」
――妥協の産物だとしても、現実的だと。
「そういうことです。米国に依存するだけでなく、日本も自ら努力し、互いに助け合い、協力していく。集団的自衛権をどう考えるかは安全保障問題への成熟度の一つの指標でした。国際情勢が急速に厳しくなるなかで、解釈変更による法整備はやむを得ざる知恵だったと思っています」
――情勢の変化とは。
「冷戦期の日本にとって最大の脅威は、旧ソ連でした。冷戦後は北朝鮮が核・ミサイル開発を進めた。さらに中国が大国化し、経済発展とともに軍拡を進め、周辺に威圧的な態度を取り始めた。これらの脅威に対する備えが日本にあるのかという問題です」
「ここに来て、ロシアの復活と野心、北朝鮮の脅威の増大、中国の軍事大国化の三つが重なっています。中国との戦争はあってはならないことですが、同時にその誘因を与えない努力は必要です。日本は力の弱い国だとみなされれば、さまざまな対応が難しくなる。日米韓や日米豪印(クアッド)などの地域の枠組みの構築を進めてきましたが、安全保障上の緩やかな連携と言うべきものです」
――ただ、安保法成立から10年が過ぎても、日本がより平和になったようには感じられません。
「それは世界の力学が変わったからです。米国が築いてきた国際秩序を米国が壊そうとしている今、日本は米国との同盟の上に真の意味での全方位外交を進めるべきでしょう。欧州やグローバルサウス(新興・途上国)との関係強化はもとより、中国、ロシア、北朝鮮を過度に敵視せず、力の均衡を図る自主的な努力が重要です。備えを進めながら友好的に話をしなければなりません」
――自身の外交官経験とは違う世界ですか。
「全く違う世界ですよ。これからは、より混沌(こんとん)とした合従連衡のパワーゲームの時代に入るでしょう。だからこそ、トランプ米大統領の動きに振り回されない『ビヨンド・トランプ』の発想が大事になります」
――どういう意味でしょう。
「トランプ氏の存在を超えて、米国の役割を再認識し、そのうえに秩序を形成していく。実際に今、米国を凌駕する力を持つ国はありません。経済、軍事、世界への影響力も、相対的に劣化はしたが基本的には変わっていない。だとすれば、日米関係を基軸としながら、各国に幅広く連携を広げていくべきです」
――こうした連携に安保法制が役に立つと。
「役に立っているし、政府の関係者や安全保障の専門家らが想定していたことです。これを後ろ向きに戻すようなことは、日本の力をそぐことになります」
――日本の平和主義は変わっていきますか。
「航海図のない世界に入りつつあり、国と国との関係は理想論だけでは対応できません。でも一人ひとりの個人が平和を願う気持ちは、やはり大切でしょう。騒々しくなる世の中で日本は極端な方向に進まないことです。平和への希望を失わず、かたや現実的な力を失わず、両方組み合わせて進むことが重要なのです」