経済停滞の原因は技術革新の欠如

8月31日の読売新聞1面コラム「地球を読む」、吉川洋・東大名誉教授の「日本経済の停滞 技術革新の欠如が真因」から。

・・・約40年前、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などとおだてられ、バブルに踊った日本経済は、1990年代に急降下した。国力の目安となる1人当たり名目国内総生産(GDP)は、2000年にはルクセンブルクに次ぐ世界2位だったが、その後は坂を転がり落ちるように下がり、24年には38位となった。1人当たりなので、人口減とは関わりのない低迷である。
「急落の原因はデフレだった」と言う経済学者やエコノミストは多い。実際、「デフレ脱却」は政府の掲げる金看板であり、日本銀行が13年から10年以上続けた「異次元」の金融緩和政策は、デフレ退治を目指して行われた。
しかし、長期停滞の真因はデフレではない。

デフレには2種類ある。一つ目が1930年代の大不況時のように数年で物価が半分以下まで下がる「激性のデフレ」、二つ目は日本が21世紀目前の時期から経験した「緩慢なデフレ」だ。前者は資本主義経済にとって大きな脅威だが、後者はそうではない。
歴史を振り返ると、インフレは生産・雇用など実体経済が好況の時が多く、デフレはしばしば不況時だった。ただ例外もある。顕著なのが19世紀の英国だ。世界経済のリーダーだった英国は、物価が30年余り緩慢に下がり続ける中で史上最高の経済成長を遂げ、「大英帝国」を築いた。デフレ下で大好況をもたらしたのは、旺盛なイノベーション(技術革新)だった。
他方、日本経済に長期停滞をもたらしたのはイノベーションの欠如である。新たな製品やビジネスを生み出すイノベーションはデフレとは関係ないし、インフレによって促進されるわけでもない。過去30年余り、成長著しい一部の新興企業などを除いた多くの日本企業がリスクを取らず、イノベーションを怠った。

イノベーションが低調な中でも、生産性は曲がりなりに上昇してきた。とはいえ、株主への配当や企業の保有する預貯金が増えた一方で、設備投資や研究開発は滞り、何よりも賃金が上がらなかった・・・