このホームページでしばしば紹介している川北英隆・京都大学教授のブログ。世界の山歩きから近場の小さな山まで、その記録を楽しみに読んでいます。
でも、先生の本業は、株式市場や債券市場です。最近も「賃上げへの期待と現実」(11月4日)と「株価も失われた30年」(11月11日)を書いておられます。
・・・図表を2つ示す。製造業と非製造業(銀行や保険を除く)の労働分配率である。
つまり企業が生み出した付加価値(営業利益+人件費+減価償却費≒名目国内総生産=名目GDP)のうち、人件費として支払った比率の推移である。ついでに企業が営業利益として支払った、というか懐に入れた「利益分配率」も同じ図に示した。期間は1960年度から2023年度までである。
この2つの図から、製造業も非製造業も、足元で労働分配率を低下させ、それによって利益分配率を高めていることが判明する。つまり「賃上げ」はできるだけ抑制し、それによって企業自身の取り分を増やす行動である。1990年代以降を見れば確認できるだろう。
この傾向が著しいのが非製造業の大企業(資本金10億円以上の企業)である。製造業の大企業でも、コロナ禍が収束し円安が進んだ2021年以降、この傾向が急速に進んでいる・・・
・・・言い換えれば、2000年初頭まで、非製造業の大企業は設備投資に力を注いでいた。通信会社の携帯電話事業、コンビニの店舗網拡大が典型例だろう。しかしこれらの事業も成熟段階を迎え、設備投資がピークアウトし、それにともなって減価償却費の比率も低下したのである。付け加えれば、日本の場合、アメリカのIT関連企業のようなプラットフォーマー的事業展開は乏しいから、設備投資も大きくない。
まとめれば、大企業は政府の要請に応えるように、渋々ながら賃上げをしている。利益が増えていることも背景にあろう。一方、高い人件費を支払い、優れた人材を多く集め、世界的な競争に打って出よう、事業や産業を革新しようとの気概に乏しい。
ということで、賃上げと景気の好循環に入るのはまだまだ不足が目立つ。ということで、日本の景気は、依然としてアメリカなどの海外経済次第である。2024年度に入っても、状況はそれほど変わっていないだろう・・・
「株式市場は10年前に回復したが、経済は依然として回復しておらず、「失われた40年」になりかねない」という主張について。
・・・論点は2012年後半から上昇してきた株価を「蘇った」と見るのか、そうではなく「単に元に戻っただけ」と見るのかである。依然として上場企業の半分前後のPBR(株価純資産倍率)が1倍を割れている現在(言い換えれば解散価値を下回っている現在)、「失われた時代を乗り切った」と断じるのは言い過ぎだろう。もちろん、素晴らしい企業が日本にあることを否定しはしないので、曇天の中に青空が見え始めたと言うのが正しいのかもしれない。
そもそも先進国の経済は企業活動と一心同体であり、その企業群の中心に上場企業が位置する。とすれば、経済と上場企業が、片や失われた30年に陥り、片や失われた30年から抜け出したというのは変な論理である。
株価と株価の裏側にある企業業績が回復したように見えるのは、企業が人件費を節約しまくり、古い設備を使いまわしたからであり、大人しい従業員が文句を言わずに生活費を削って対応したからである。さらに足元では円安が急速に進み、その結果として企業業績が伸びたように見えている。しかし世界基準(たとえばドルベース)で日本の企業業績を評価するのなら、見掛け倒しでしかない。
付け加えれば、過去に活躍した企業のうち、今も世界で活躍し、注目され続けている企業が日本にどれだけ残っているのか。多くの日本企業は名前さえ忘れ去られようとしている。逆に新しく登場し、世界的に注目を浴びつつある企業が日本にどれだけあるのか。これも少ないだろう・・・