日経新聞夕刊連載「人間発見」、小峰隆夫さん「日本経済と歩む人生」、6月5日の記事から。
「年間回顧の報告書をまとめた時は、不良債権問題を巡り大蔵省から激しい抗議を受ける。」
白書とは別に、企画庁は年間回顧という報告書を作っていました。93年は不良債権問題を取り上げようとしたところ、大蔵省が猛烈な勢いで公表を取りやめるよう抗議をしてくる。「企画庁が金融業を分析する法的根拠はない」「市場に影響が出た場合、どう責任を取るか」など、ものすごいけんまくでした。
彼らも銀行の経営の深刻さは知っており、神経質になっていたのです。調整と修正を経て分析は公表できました。一連の調整は役人人生で最も不愉快な経験でした。
この分析も、いま振り返れば警鐘としては不十分でした。不良債権問題は後に金融危機をもたらし、2000年代前半まで解決しませんでした。このときにやり合った相手とは最近、オンライン会議の勉強会で顔を合わせ、向こうから「あのときは迷惑をかけました」と言われました。