社長の謝罪

日経ビジネス2020年12月21日号は、特集「謝罪の流儀」です。毎年年末に特集しているとのことです。記事の「経営の神様・松下幸之助 その奥の手は謝罪だった」を、日経新聞のネットニュースで読むことができます。

・・・いざ会議が始まると、議論はもめた。販売側は「松下の社員は相手の立場になって考えることを忘れている」などと批判を重ね、松下側も「売る方の経営姿勢に甘えがないのか」と迫る。幸之助氏は事前に「共存共栄」と書いた色紙を参加人数分用意していたが、対話はお互いの主張をぶつけ合う形で平行線をたどった。
そして、最終日に飛び出したのが、幸之助氏の謝罪だった。「原因は私どもにある。松下電器の体たらくは申し訳ない不始末だ。報恩の念に燃えて、経営の一切の立て直しをしなくてはならない」。時折ハンカチで目頭を拭い、途切れ途切れに語る「経営の神様」の姿。会場が粛然とした空気に包まれた、と参加者らの声も集めて作成した同社の百年史は伝えている・・・

・・・過去の企業トップの謝罪で真っ先に浮かぶのは何だろうか。「かつては当局が挙げた案件に対して企業が会見で謝るという流れが一般的だった」と電通PRの黒田明彦・企業広報戦略研究所フェローは振り返る。その流れを変えたのが、2000年の雪印乳業(現雪印メグミルク)の集団食中毒事件だった。記者会見後のエレベーターホールで時間延長を求めた記者に対し、当時の社長が「私は寝てないんだ!」と口走ってしまった一件だ。
この言葉が翌日の新聞紙面に踊り、1万5000人近い食中毒被害者を出した惨事に対する企業トップの認識不足が白日の下にさらされた。「あれ以降、企業の不祥事会見が数字の取れるコンテンツとして、メディアで取り扱われるようになった」(危機管理コンサルタント)
2000年代半ばには期限切れ原材料の使用など食品偽装が次々と発覚。そして07年、料理の使い回しなど不適切な運営で窮地に立った高級料亭、船場吉兆の記者会見で「劇場化」はピークを迎えた。女将の湯木佐知子氏が隣に座る息子の湯木喜久郎取締役に「頭が真っ白になったと(言いなさい)」などと小声で話すシーンがテレビで繰り返し放送され、「ささやき女将」が時の言葉となった・・・

記事で「かつて在籍した吉本興業において同社のリスク管理を一手に引き受け「謝罪マスター」の異名を取る竹中功氏」が出ておられますが、このホームページでも紹介したことがあります。