年別アーカイブ:2019年

平成時代から引き継ぐもの3

2019年5月2日   岡本全勝

平成時代から引き継ぐもの2」の続きです。
前回、引き継ぐ財産と教訓を、説明しました。もう一つの要素を、挙げておきましょう。「変化」です。財産も、固定したものでなく、変化の途中にあります。

例えば、人口とその構成です。2010年を頂点に、総人口は減りつつあります。そして、その内容は、高齢化が進んでいます。この傾向が変わらないと、ますますこの状況が進みます。
また、現在の経済成長率を前提とするなら、中国との経済規模はさらに広がります。先進諸国の中での、一人当たりGDPも低下します。

皆さんは、この30年間の変化として、何を思い浮かべますか。日常生活では、携帯電話とスマートフォンでしょうか。パソコンとインターネット、プリペイドカードもでしょう。
平成時代の変化には、意図したものと、そうでないものがあります。社会の変化は、なかなか政府や有識者の主張通りには、いかないものですが。

意図して変わったものを、いくつか挙げましょう。
クールビズ。かつては、真夏もネクタイを締めていました。
禁煙。これは、一気に進みましたね。食堂でも職場でも、灰皿がありました。駅や新幹線でも、吸っている人がたくさんいました。
男女共同参画社会。女性の社会進出は大きく進みました。まだ、不十分な面もありますが。
介護保険も、大きく社会を変えました。
働き方改革。これは現在進行形です。

30年前に、昭和から引き継いだ社会が、これだけ変化したのです。また、国民が変えたのです。
この変化のうち、良いものを引き継ぎ、良くないものの変化を止めなければなりません。「変える力」も、日本国民の財産です。この項続く

連載「公共を創る」執筆の苦しみ

2019年5月2日   岡本全勝

3月下旬から、連載「公共を創る」の執筆に、取り組んでいます。

第1回は、4月25日に掲載されました。第2回と第3回はすでに提出し、編集長から了解をもらいました。
第4回、第5回分も、書き上げました。全体構成では、第1章1(2)(3)に当たります。
引き続き、第1章2に、着手しています。第1章の1と2は、東日本大震災で考えたことです。『復興が日本を変える』で、当時の考えをまとめました。それを素材に、今回の連載の意図に沿うように、再考しています。従来の被災者支援や復興の枠を越えた施策を実施しました。そこで考えた、「行政の役割」と「町とは何か」です。

今回の連載は、広く「公共」という視点から、日本社会の変化や行政の役割の変化を考えようという「壮大な試み」です。
新地方自治入門』も、地方行政から、日本社会の変化と、行政の改革を論じたものです。その後も、この問題を考えていました。このホームページのほか、次のような論考も執筆しました。「行政構造改革-日本の行政と官僚の未来」「社会のリスクの変化と行政の役割」(以上2つは『地方財務』)、「行政改革の現在位置~その進化と課題」(北海道大学公共政策大学院)。慶應大学法学部でも、講義しました「公共政策論」。

この大きな問題は、私一人の力では難しいとわかりつつ、問題提起をしようという試みです。官僚として、この変革期の行政に従事した経験と、そこで考えたことを、皆さんに伝えたいのです。うまく行けば、良いのですが。
全編書き下ろしが、理想的ですが、私には無理です。連載のような形で、締めきりに追われながらしか、書くことはできません。

平成時代から引き継ぐもの2

2019年5月1日   岡本全勝

平成時代から引き継ぐもの」の続きです。
平成は、バブルの崩壊と、それに引き続く「失われた20年」でもありました。しかし、バブルは昭和末期に始まり、平成に入ってはじけたのです。平成は、その負の遺産を引き継いだのでした。
では、平成時代から、何を令和に引き継ぐか。いろんなものがありますが、財産と、教訓とに分けて考えましょう。

財産は、この国土であり、豊かさであり、安全安心な社会です。平成天皇が、在位30年記念式典で述べられた「民度」も、重要な財産です。(・・過去から今に至る長い年月に,日本人がつくり上げてきた,この国の持つ民度・・・)。
他方で、負の財産も引き継ぎます。巨額の公的借金を、次の時代と次の世代に引き継ぎます。少子高齢社会も、「国民を輸入」しない限り、いまの10歳があと10年で20歳になります。
私の仕事の関係では、原発事故を引き継ぐことになります。いまだに残る放射性物質、長く続く廃炉作業を、次の時代に引き継ぎます。

この財産を基に、次の時代を良くするのも、悪くするのも、私たちです。読売新聞の調査では、令和の時代が良くなると考えている人が、58%に上ります。しかし、何もしないで、良い結果は出ません。
そして、過去を振り返るのは、未来への教訓とするためです。すると、平成から何を学ぶかが、重要になります。

デフレは、ようやく脱却できました。しかし、もはや、かつてのような高い経済成長は、見込めません。品質の良い工業製品を大量かつ安価に作って、国民と海外に売る。その産業の形も、中国をはじめとする国々との競争に、勝てないようです。デフレを脱却するだけでは、明るい未来は見えてこないでしょう。
「失われた20年」は、経済の低迷とともに、それに慣れた国民の意識でもあったと思います。私は、経済の指標より、この国民の意識の方が怖いと思っています。傷をなめ合っていても、自虐的に振る舞っても、事態は好転しません。そこに必要なのは、目標と工程と努力です。

「明るい令和」にするために、何をすれば良いのか。一つわかっていることは、昭和の産業、働き方、意識の延長には、明るい社会はないことです。それを、平成の時代に、私たちは学びました。
令和では、新しく、どのような「この国のかたち」を作るのか。それが、私たちに問われています。この項続く

平成時代から引き継ぐもの

2019年4月30日   岡本全勝

平成時代が終わろうとしています。平成時代を、どのように評価し位置づけるか。いろんなメディアが、平成の30年を振り返っています。
もちろん、社会の変化は、天皇陛下の在位によって、区切られるものではありません。しかし、ここで、30年を振り返ることも意義があると思います。
メディアがこれだけも、平成の30年を振り返るのは、国民もまた自分たちの30年を、平成の歴史に重ねて振り返っているのだと思います。

平成時代が、どのような時代だったか。それを考えていたのですが、現時点で平成の30年を位置づけることは、難しいと感じます。なぜ難しいか。
その時代で完結しておれば、評価や位置づけは簡単です。しかし、日本は平成時代の後も続きます。次の時代の種は、平成時代にまかれているのです。
平成時代は、バブル経済とその崩壊から始まりました。その種は、昭和時代に生まれ育ったものです。私がよく取り上げる「明治以来150年のこの国のかたちが、続かなくなった」は、平成時代に顕在化しましたが、昭和時代にその基礎があったのです。

すると、平成の次の時代「令和」の日本社会がどのようになるかによって、平成時代の評価が定まります。将来、例えば10年後から見た際に、平成時代はどのようなものだったか。それを、予測する必要があるのです。
内外の諸条件が変わらないなら、その予測は簡単です。しかし、平成30年間の変化は、国内条件以上に国際条件が変わったことによるものです。その変化は止まらないでしょう。この項続く

歴史教育と歴史学

2019年4月29日   岡本全勝

4月20日の日経新聞教養欄、本郷和人・東大教授の「細川頼之(上) 京都中心の新国家像描く」に次のような話が、書かれています。
・・・面接官が尋ねる。あなたは大学で、社会に役立てる何を学んできましたか? 理系は楽に答えられよう。法学部・経済学部も容易に答えを作成できそうだ。問題は文学部である。とくに実学とは縁遠い歴史学は結構つらい・・・

続きは、原文を読んでいただくとして。以前から考えていたことを、書いてみます。素人の考えなので、皆さんの意見をいただきたいです。
まだ、結論を見出していないのですが。歴史学の持つ意味です。
多くの学問は、大学での学問や研究者の最先端と、高校までの授業内容・大学入試問題がつながっています。しかし、歴史学だけは、違うような気がするのです。

中学や高校で歴史(日本史と世界史)を学びました。当時の私の感覚では、「歴史(の授業と試験)は覚えるものだ」ということでした。その覚えた事実を基に、何か思考するということは、ありませんでした。覚えることが多くて、それどころではなかったとも言えます。
何を言いたいか。他の学問分野では、基礎知識は覚えなければなりませんが、それを基に応用があります。ところが、学校の歴史(学)には、それがないのです。
算数や数学も公式や定理を覚え、問題を解きます。3+3=6は覚えますが、それだけを覚えるのではなく、足し算とは何かを覚えます。そして、いろんな数字が出てきても、足し算できるようになります。理科系の学問はそうでしょう(もっとも、私が学生の頃の生物学は、覚えることばかりでしたが)。

文化系の学問でもそうです。国語も古文、漢文も、取り上げられる小説や文章を丸覚えするのではなく、そのような文章の読み方や理解の仕方を学びます。よって、大学入試には、これまで読んだこともないような文章が出てきますが、質問には答えることができます。
ところが、歴史(学)は、応用が利かないです。私の偏見かもしれませんが。
なぜだろうと、考えました。この項続く