11月10日の日経新聞が、「被災地産食品、進む規制緩和 輸入停止、残るは5カ国・地域 中国への働きかけ強化」を伝えていました。
記事に着いている図が、わかりやすいです。原発事故後に輸入規制をかけた国は54です。現時点では、完全撤廃したのが33、検査証明書添付などの限定規制が16です。
輸入停止を含む規制をかけているのは5カ国、韓国、台湾、中国、香港、マカオです。
11月10日の日経新聞が、「被災地産食品、進む規制緩和 輸入停止、残るは5カ国・地域 中国への働きかけ強化」を伝えていました。
記事に着いている図が、わかりやすいです。原発事故後に輸入規制をかけた国は54です。現時点では、完全撤廃したのが33、検査証明書添付などの限定規制が16です。
輸入停止を含む規制をかけているのは5カ国、韓国、台湾、中国、香港、マカオです。
散歩の途中で寄り道をして、本屋を覗きます。そのほかに時々、古道具屋、リサイクルショップを覗くことがあります。古道具屋と言っても、古美術ではありません。日用雑貨などを置いている店です。
和洋の湯飲み茶碗を、買うことがあります。職場で使うためです。自分で飲むために、あるいはお客さんに出すために、少々きれいな意匠のものを使いたいのです。
かつては、立派なのを使っていたのですが、これは良くないと気がつきました。高価だと、秘書さんが扱いに気を遣うのです。陶器は使っているうちに割れる、消耗品です。自分で洗うなら良いですが、秘書が洗ってくれるのに、気を遣わせてはいけません。
そして、マーフィーの法則は、ここでも当てはまります。そうです、高価なものほど良く割れるのです。そこで、古道具屋で安くて良さそうなのを買っています。そして、職場に補給します。
最近も散歩の途中で、良い紅茶茶碗を見つけました。お皿が付いて1客○百円。それが3つ揃いで。横には、値段がもう一桁上の高価なブランドものもありました。
お店の人に、「こんなに安いのは、何か訳があるのですか」と聞くと、「ないですよ。5客そろっていないので、この値段です。箱も付いていないので」とのこと。
上に書いたような事情を説明すると、「そうなんですよね。どこのご家庭でも、高価なものはもったいないと思って、戸棚の中に眠っているでしょう。たぶん、一生使わないのでしょうね」と笑っておられました。
11月4日の日経新聞オピニオン欄、ジャナン・ガネシュ (ファイナンシャルタイムズ、USポリティカル・コメンテーター)の「移民と福祉は二律背反か」から。
・・・カナダは外国生まれの国民の割合が約20%と米国より高い。それでいて国民皆保険制度もジニ係数でドイツ並みの所得分配も実現している。選挙では有権者の多くが所得再分配を掲げる政党に投票し、最大野党・保守党もあからさまな移民批判は控えた。
カナダのような国籍・民族にとらわれないコスモポリタンな社会民主主義は現実的でないという指摘をよく耳にするようになった。欧米で近年、左派が憂き目をみているのは移民と福祉が並立しないからだとされる。市民は互いの共通項が減れば、暮らしを支え合おうとはしなくなるという理屈だ。
経済協力開発機構(OECD)の加盟国中、租税負担率が最も高いのがフランスだ。しかしフランスを閉鎖的だと思う人はいない。スウェーデンとデンマークは移民の増加で社会保障サービスが以前ほど手厚くなくなったが、福祉国家の旗は降ろしていない。国民の25%以上が外国生まれのオーストラリアは、米民主党がうらやむような公共サービスを備えている・・・
NHKウエッブニュース、News Up「50年前の「育児書」今も支持される理由は」(11月1日掲載)に、興味深いグラフが付いています(記事の中頃です)。
「男は仕事、女は家庭」についてです。
NHK放送文化研究所が1973年から5年ごとに行っている「日本人の意識」調査の項目に、家庭における男女の在り方があります。「夫唱婦随」「夫婦自立」「性役割分担」「家庭内協力」の4つの中から、理想とする家庭を選んでもらいます。
図を見てもらうと一目瞭然なのですが。
1973年では、性役割分担が39%、夫唱婦随が22%、家庭内協力が21%、夫婦自立が15%です。性役割分担と夫唱婦随を「古典的亭主関白」と考えると、合計で61%です。家庭内協力と夫婦自立を「新しい平等家庭」と考えると、合計で36%です。
2018年では、家庭内協力が48%、夫婦自立が27%、性役割分担が15%、夫唱婦随が8%です。「新しい平等家庭」が75%で、「古典的亭主関白」は23%です。劇的に変わっています。1980年代が変わり目のようです。
元の調査は、NHK放送文化研究所「第10回「日本人の意識」調査(2018)の結果」です。
さだまさしさんの歌「関白宣言」がヒットしたのは1979年です。いまは、はやらないでしょうね。
私自身の経験でも、両親は典型的な亭主関白型でした。その息子であるわが家は婦唱夫随なので、この4つの選択肢にはありません。しいて言えば、性役割分担としておきましょう。両親を見て育ったので、キョーコさんとの関係を今のように築くには「コペルニクス的転換」が必要でした。私の世代の男性の多くは、同じ経験をされたと思います。
日本の家庭のあり方は、この半世紀の間に大きく変わったのです。また、変わりつつあります。子供の数、学歴、選ぶ職業、女性の社会進出、核家族・・・。
ところで、この記事は、松田道雄さんの『育児の百科』についてです。松田道雄さんの著作は、学生時代に結構読みました。いくつかの岩波新書、『俺様の宝石さ』(これは浮谷東次郎さんの文章を編集したもの)『私のアンソロジー』など、懐かしい思い出です。アマゾンで検索したら、1970年代の本も売っているのですね。
10月31日の日経新聞経済教室、林知更・東京大学教授の「改憲論議の視点 冷静なエンジニアの目を」から。
・・・第三に、条文と運用の両面から憲法のメカニズムを考える場合、諸国の憲法は20世紀に大きな構造変動を経験している。これを家にたとえれば「平屋」から「2階建て」への変化と整理することができる。憲法の古典的な課題は、「物事を政治的に決める仕組み」をいかに整えるかであり、統治機構の編成こそは憲法の中核をなす。
20世紀の憲法はこの上に新たな階層を付け加えた。
それは「行われた決定を事後的に検証する仕組み」であり、違憲審査制がそれである。政治的決定はしばしば、時間的な制約の下で、一定の政治的目的を実現するために行われる。違憲審査制はこれを、憲法の定める長期的な国の基本原理に合致するか否かという観点から改めて審査する。
この仕組みの導入は、多くの国々で全体としての統治の質を高める上で重要な意味を持ったと考えられる。現代憲法がこのような構造を持つとすれば、日本の憲法の問題点を検証する際も、1階と2階それぞれの課題を区別して論じなければならないはずである。
特に、日本の違憲審査制がこの点で大きな問題を抱えていることは学界の共通認識に属しており、この論点を無視した憲法論議は考えられない。憲法を平屋構造で捉え、この事後的コントロールの問題を十分に顧慮しない改憲論は、現代憲法の基本的な水準に到達していない・・・
納得します。
憲法が作られるときは、新しい政治体制ができて、理想とする政治の仕組みや社会のあり方を宣言します。その後、時代の変化によって条文を修正したり(日本では解釈を変えることで対応してきましたが)、政治体制が変わって憲法そのものを取り替えます。
しかし、林先生が指摘しているように、宣言したあと、次に「書き換える」という過程の前に、「運用を検証する」が必要ですよね。すると、「宣言する。検証する。書き換える」という過程になるのでしょう。