学校教育の目的の変容

佐藤文隆著『歴史のなかの科学』(2017年、青土社)を読みました。そこに、理工系大学院の、戦前と最近との風景の違いが書かれています。

戦前はごく限られた秀才が行くところで、士族の職場だったと書かれています。そして戦後。1950年から21世紀初めまで、第一次産業就業率は48%から5%に減り、高校進学率は42%から97%へ、大学進学率は10%から51%に増え、日本社会は激変しました。
・・・一番大きな変動は、職の世襲を大きく支えていた農業が縮小し、職業の自由選択といえばかっこいいが、実態は職業の不安定化が始まったのだ。この社会変動は、高校や大学にとっても全く新たな事態であった。今でも子供が「スター歌手になりたい」、「洋画家になりたい」と言い出したら親は当惑するだろう。趣味として歌唱や洋画を「したい」なら分かるが、食っていける職業への定番コースがあるのか?と。たぶん1960年以前なら、大多数の家庭にとっては「研究者になりたい!」も同じ当惑を引き起こしただろう・・・(P150)

・・・高校の現状は、学問世界の知識を伝授する従来型の授業と並び、あるいはそれ以上の大きなウェイトで、大人になるためのケアの一切を引き受ける施設に変貌しているからである。健康・体力から自己表現・協調・共感など、従来の伝統社会では親戚や地域や職場の共同体が担っていた「大人になる」転換期のケアの一切をこの「施設」が背負わされている・・・
・・・ところが、「全入」は「選ばれた」自負を生徒から奪い、また共有される新たな国家目標が不明確になると、学校は「国民への改造」の司令塔の位置から転落した・・・こうして、世間は学校を仰ぎ見るのではなく、学校を評価する立場となり、主客が転倒した・・・先進国の大半では国民国家形成時や大きな社会変動期に持っていた学校教育の輝きは失われている・・・

1920年代にアメリカで中等教育の進学率が急上昇したことを指摘した上で、
・・・どの先進国でも進学率はその後増加するが増加するが、独仏では従来の一般校の制度を維持した上で「増加」には職業学校で対応したが、アメリカでは「一般校」拡大で対応した。日本は欧州型を試みるが、毎回アメリカ型に戻った・・・

全入時代の高校と行きたい人は全員が行ける大学は、かつてのエリート養成機関ではなくなりました。高校と大学の社会での位置づけと役割は、見直す必要があると思います。現状は、多くの学生にとっても、教師にとっても不幸ですし、社会にとっては大きな損失です。「レジャーランド大学」「企業の採用面接に見る日本型雇用
昨日の「高校での国語教育の変更」にも通じるところがあります。