年別アーカイブ:2014年

中国での日本報道

2014年8月2日   岡本全勝

毎日新聞「隣国のホンネ」7月29日は、李ビョウ・香港フェニックステレビ東京支局長の「関係冷え込む今こそ客観的な報道を」でした。
・・震災発生時の東京からのリポートで、津波が沿岸に押し寄せる映像を紹介していたら涙があふれ、途中で声を詰まらせてしまいました。これは中国のインターネット上で「なぜ日本人のために泣くのか」と批判されましたが「感動した」「被災者を早く救援すべきだ」といった声も少なくありませんでした。
毎年8月15日には靖国神社で取材していますが、中国語でリポートをしている最中に石を投げられたり、「出て行け」と追いかけ回されたりしました。靖国神社を取材するのは勇気がいりますが、中国での関心は高く、欠かすことができません・・
中国版ツイッターでも、発信していることに関して。
・・短い発信でも短時間で数百のコメントが寄せられるのですが、2012年9月以降、私に対する批判はどんどん増えてきました。私は報道をする時、日本政府の発表をよく引用しますが、事実関係を伝えるだけでも「売国奴」「中国に帰ってこなくていい」などと書かれます。最近は数が多すぎて、見ないようにしています。中国国内でナショナリズムがますます強まってきたことの表れでしょう・・
・・両国でより強硬な政策を求める世論の圧力が高まっており、それに政府やメディアが押されているように見えます。両国に潜む「内圧」とも言えると思いますが、これこそ最大のリスクではないでしょうか。この圧力を乗り越えていくためには、一人でも多くの人が相手の国の事情や考え方を深く理解する一方、日本での過激な排外的言動や中国での反日デモで見られた暴力などに対する危機感を持ち続けることだと思います・・

文庫本の巻末の解説

2014年8月1日   岡本全勝

岩波書店のPR誌『図書』8月号p32、斎藤美奈子さんの「文庫解説を読む」から。
・・文庫本の巻末についている「解説」はなんのためにあるのだろう。
岩井克人『ヴェニスの商人の資本論』(ちくま学芸文庫/1992)の「あとがき」には、こんな文章がある。
本書の文庫化に際し、〈わたしがいちばん危惧したのは、それにいわゆる「解説」というものが付けられてしまうのではないかということであった〉。単行本から数年もたたずに文庫本化された本の解説は〈著者への追従か、著者と解説者のあいだの仲間意識の再確認か、さらには解説者自身の小さな自我の発揚かのいずれか〉であり、優れた作品でも、解説のせいで〈現世的な世界に引きずり込まれ、書物が書物としてもっているべき自律性を失ってしまうことになる〉・・
・・古典的書物の解説に求められる要素は、大きく次の3つほどと考えられる。
①テキストの書誌、著者の略歴、本が書かれた時代背景などの「基礎情報」。
②本の特徴、要点、魅力などを述べた読書の指針になる「アシスト情報」。
③以上を踏まえたうえで、その本をいま読む意義を述べた「効能情報」。
①はともかく、問題は②③である。難解すぎて「解説の解説が必要だ」のレベルだったり、「今日もなお本書の意義は失われていない」で終わりだったり・・

かつての同僚

2014年7月31日   岡本全勝

今日の放課後は、かつての職場のOB会「全勝課長を囲む会」でした。平成13年(2001年)から、総務省自治財政局交付税課長を、3年勤めました。その当時の部下たちです。10年も前のことです。
今にして思うと、よくまあ、あのような過酷な仕事に、みんな耐えてくれました。一端は、このホームページにも書きました(2006年8月22日。もっともこの記事は、課長補佐時代のことです。課長当時の記録の多くは消してしまったので、このホームページに残っていません。当時大きなテーマだった三位一体改革このページに、日記はこのページに、少し残っています)。
今日は会場に行くと、ほぼ全員が揃っています。私が当時、「会合は、15分前には行くんや」と言っていたのを、実行してくれたのです。席に着くと、座布団の上に資料(出席者名簿や当時の記録)が乗っています。これも、私が部下への指示書を、座布団の上に置いていたことの「実践」です。後は、ご想像の通り。
その部下たちが、それぞれ出世して、ある人は交付税課に戻って交付税制度を支え、ある人は別の職場(これがまた幅広いのです)で活躍しているのがうれしいです。「あの時の青い××君がねえ・・」と。人材供給源になっています。みんな、「あの時のことを思えば、楽ですわ~」と。
私が課長補佐の時に始めた「富士山頂で明日の交付税を考える会」を、今年も明日金曜日の夕方に実行するそうです。
私はその後、官房の総務課長、内閣府官房審議官・内閣官房審議官、総理秘書官、(少し飛んで)大震災被災者生活支援本部、復興庁と、内閣や官房業務に「転籍」しました。でも、私の仕事の原点は、自治省での地方勤務と、地方財政です。その原点と官邸勤務が、今の仕事を支えています。本拠地(原点)があってこそ、さまざまな場所での活躍ができると、私は思っています。
ありがとう、N幹事長、みんな。

覇権国家イギリスを作った仕組み、4

2014年7月30日   岡本全勝

覇権国家イギリスを作った仕組み、3」から続く。

4 王様は弱い
社会の問題を解決したのは議会であると、紹介しました。私たち日本人にとって、イギリスと言えば王室の国です。しかし、イギリスの王と女王は、目立つ存在ですが政治的には弱い存在です。君臨すれども統治せず。
まず、1649年にチャールズ1世が処刑されます。法廷で裁かれ、公開処刑です。1688年には名誉革命で、現国王を追放し、オランダから新しい国王を迎えます。議会の方針に従わない国王は、取り替えられるのです。国王は、権利の章典を制定し、自らの権限を制約させられます。
1701年には、名誉革命で作った国制を守るために、王位継承法を作っておきます。血縁関係の濃いカトリック系の王族より、血は薄くともプロテスタント系の王族を優先する規定です。それに従って、1714年には、ジョージ1世が即位します。ドイツ人であり、英語を話せない国王です。
何度か、カトリック系の王族が、王位奪還を目指して戦いを挑みます。スコットランドやフランスの応援を得てです。しかし、そのたびに王と議会の前に負けます。
議会が、国政の中心にあります。バジョットは、王と貴族院を尊厳的部分(ディグニファイド・パーツ)と、庶民院と内閣を機能的部分(エフィシェント・パーツ)と表現しました。
この項続く

地方議会の改革

2014年7月29日   岡本全勝

7月29日の日経新聞経済教室「問われる政策決定」は、砂原庸介・大阪大学准教授の、「地方議会政党軸に再生を。決定責任 所在明確に。国政の基盤安定の効果も」でした。
1990年代の衆議院の選挙制度改革は、中選挙区制のもとでは、政党ではなく候補者個人間の競争が激しくなるので、政党間の政策競争を促すために、小選挙区制に変更したものです。そのことを踏まえた上で、次のように書き出します。
・・他方、地方議会では「どのように民意を吸収するか」という問題意識から選挙制度が検討されたことはない。そこでは、依然として個人間の競争が中心で、この競争のあり方が地方政治だけでなく、国政での有権者の選択に弊害をもたらしていると考えられる・・
ポイントは次の通り。
・地方議会は政党内競争が激しく、候補者が乱立する
・選挙制度を改革し、政党の存在感を高めよ
・それが、国政での安易な離合集散を防ぐことにもなる
原文をお読みください。