7月29日の朝日新聞オピニオン欄、マリエッチェ・スハーケ(テック政策研究者)さんの「これはテック・クーデター」から。
・・・シリコンバレーなどのテック企業が、国家に並ぶ力を獲得したと言われて何年もたつ。いや、目の前で起きているのは、国家の権能自体を企業が乗っ取る「クーデター」なのだ――。元欧州議会議員でテック政策研究者のマリエッチェ・スハーケさんの訴えだ。民主主義が統制を奪い返す道は残っているのか。
―「クーデター」とはまた強い言葉ですね。
「かつて国防や諜報、インフラ開発といった領域は、公共の責任を負った政治と政府の専売特許でした。しかし今は海底ケーブルの開発・敷設から戦争での爆撃ターゲットの決定、さらには機密情報の真偽の選別までテック企業が担っています」
「有権者に選ばれたわけでもない企業が、監視や抑制もないまま、正当なプロセスを経ずに国家権力を奪取してしまっている。これはまさにクーデターです。テック企業の独善だけでなく、それを許してきた政治指導者たちも批判されるべきです」
―米起業家のイーロン・マスク氏が典型例でしょうか。
「彼は衛星通信サービス『スターリンク』のウクライナ側への提供を一時拒み、ロシア寄りの『和平案』を示しました。たった一人の富豪が地政学的な決定権を持ち、国際法を無視して自らのビジョンを世界に強制できる現実が生まれています」
「マスク氏に限りません。米データ解析大手パランティアはイランなどでの軍事作戦の選定に関与しているだけでなく、コロナ禍では『誰を優先的に治療すべきか』というトリアージまで担いました。膨大な情報と資本、独自のイデオロギーに基づき、一企業とそのCEO(最高経営責任者)が、民主的な政府を追い越して支配力を持つ社会が構想されているのです」
―なぜテック企業がここまで権力を握ったのでしょう。
「共和・民主両党とも、企業に自由を与えすぎました。『既存勢力に挑戦する革新の旗手』というナラティブ(語り)は魅力的だったのです。バイデン前政権時には独占禁止法を厳しく適用する努力をしましたが、成功を収めるに至っていません」
―欧州連合(EU)はテック企業の権力を警戒し、数々のデジタル規制を導入しました。
「EUの規制は誇るべきものですが、あまりにも後追いでした。今日はAI(人工知能)法、明日は量子法といった具合に、技術の進展をそのつど追いかける立法には限界があります。人員や予算も不足してきました。そして、競争力向上などの名目で、その規制自体が今や突き崩されようとしています」
「EUもロビー攻勢に対抗しきれていません。同僚議員が規制修正案を一度に120件も出したことがありますが、それはテック企業の提案と全く同じものでした。露骨な例ですが、私がより懸念するのは、学会や市民団体への支援といった『目に見えにくい形』でも企業の影響力が膨らんでいることです」
―対する欧州も、自前の有力なプラットフォームを持てていない弱みがあります。
「私たち欧州人は長く、規制がより良い景色をもたらすと信じてきましたが、それだけでは期待される結果を出せなかったのは事実です。自ら『作りあげる』ことへとかじを切らなければなりません。独自の技術基盤を築いて選択肢を持たなければ、真の主権は得られません」
「そもそも欧州はデジタル技術で米国に依存し、関係を信頼しすぎていました。しかし今や、テック企業だけでなく米政府までもが欧州の規制を攻撃し、EUの正統性そのものを揺さぶっています。『クーデター』が民間企業による権力の乗っ取りにとどまらず、さらに進んだ段階に入ったといえます」