個人情報保護法改正案 事業者団体の圧力

2026年4月30日   岡本全勝

4月12日の朝日新聞「個人情報保護法改正案 事業者団体に力、データ活用優先し救済制度は後退」から。

・・・個人情報保護法(個情法)の改正案が7日、国会に提出された。AI(人工知能)開発などのために機微なデータも本人の同意なく集められるようにする規制緩和が盛り込まれた一方で、利用者保護のため導入を予定していた制度は、最終段階で大幅に後退した。何があったのか・・・
・・・個人情報保護委員会は改正作業に着手した当初、被害が生じた場合の事業者への制裁や、事後の救済策の導入も検討していた。違反行為に金銭的ペナルティーを科す「課徴金制度」と、違反行為の迅速な差し止めや被害回復を個人に代わって消費者団体などが行える「団体訴訟制度」だ。どちらも海外では広く採用されている。グーグルやメタのようなビッグテックから自国民を守るための「武器」にもなるからだ。
しかし、国会に提出された改正法案では、団体訴訟制度は見送られた。不正な手段で個人情報を入手するなどの違反行為に課徴金は新設される。ただ、データを漏洩させるような安全管理の不備など重要な違反行為は対象から外され、検討時より限定的な導入になる。

なにがあったのか。
「妥協するしかなかった」。個情委の幹部は打ち明ける。「事業者団体が納得しない限り、法案はいつまでも提出できない構造なんだ」
実は法改正のプロセスは、個情委の当初想定より1年ほど遅れている。原因は、産業界の反発にあった。
改正の検討が始まったのは23年秋。だが、課徴金と団体訴訟制度の導入方針に、経団連と新経済連盟、日本IT団体連盟は「企業活動を萎縮させる」などと反対した。
3団体が頼ったのが、自民党のデジタル政策の司令塔とも呼ばれる党内組織「デジタル社会推進本部」(平井卓也本部長、デジ本)だった。情報公開法などに基づき入手した資料によれば、個情委の事務局幹部は24年4月に4度、デジ本に呼ばれている。3団体のロビイストも同席する場で、議員らは「経済界が望まない課徴金の話が、なぜ出てきたのか」と事務局幹部に問いただした。
課徴金は20年改正時、参議院の付帯決議で導入の検討を求められていた。個情委がそう説明しても、議員らは「経済界が『今じゃない』と言っている」などとして応じなかった。結局、個情委は25年の法改正を断念した。状況打開のために同年3月に提案したのが、AIと統計作成の特例だった。「本人同意を要しないデータ利活用」は3団体が掲げていた要望の一つだった。

だが、成果を手にしても、事業者団体は法改正を拒み続けた。「このままでは26年も改正できない」。焦った個情委が切ったカードが団体訴訟の見送りと課徴金の縮小の方針だった。
25年12月12日、デジ本の下部組織「デジタル基盤小委員会」の役員会で数人の議員と官僚、3団体のロビイストが話し合いの場をもっている。入手した資料によれば、議員の一人は、個情委が示した改正方針を確認しながら「これで条文作成の作業に入っていいですか」と3団体に尋ねた。この会合を経て改正案はやっと国会への提出を認められた。

なぜ、事業者団体がこれほどの力を持つのか。一因は与党の事前審査制にある。法案が閣議決定される前に与党の了承を得る慣習だ。
個情法の場合、デジ本などの部会が審査の中心となる。だが、実際には、その手前で、デジ本の一握りの幹部が中身を吟味している。部会が自民党の議員なら誰でも参加できる「平場(ひらば)」なのに対し、その手前の会合は開催の事実さえ一般には公開されない。しかし、ここで議員が認めなければ、法案は日の目を見ない。そして、議員は事業者団体の声を重視する。消費者団体は蚊帳の外だ。
団体訴訟の導入に期待をかけていた全国消費者団体連絡会の菅原清明事務局次長が個情委から改正方針の説明を受けたのは、正式公表の前日だった。主婦連の河村真紀子会長も「密室の政策形成の場に事業者団体は席まで用意されているのに、我々は何も知らされない」と憤る。
食品安全や環境問題などでは産業界に目を光らせてきた消費者団体も、デジタル分野では対応が遅れている。欧米では、消費者団体が著名な法律家やエコノミストを擁して活発なロビー活動を展開している。
「『保護』の側からの声が大きくなれば、まだ『利活用』とのバランスもとりようがあるが、日本は保護側の声が極めて弱い」と個情委の職員は嘆く・・・