カテゴリー別アーカイブ: 仕事の仕方

生き様-仕事の仕方

新しい時代の社長の働き方

コロナウイルスの感染拡大で、在宅勤務が進められています。企業の幹部もその例外ではありません。それどころか、部下に示すために、率先して取り組んでおられるようです。10月27日の日経新聞、テレワークできてますか(6)「対面重視 社長もやめた
工夫次第で会社は回る 現場を信頼、権限委譲」に、西井・味の素社長、小路・アサヒホールディングス社長、原・MS&ADホールディングス社長の1日が、日誌形式で載っていました。

これは、勉強になります。もちろん、公務員と社員の違い、平職員と社長の違いは大きいです。でも、日本を代表する会社の社長が、一日をどのように使っているのかを知ることは、参考になります。とんでもなく責任があり、とんでもなく忙しい社長、しかも世界で事業を展開しています。その方々が、どのように効率的に時間を使っているか。それは、仕事の処理の仕方であり、部下の使い方です。

気持ちよく頭を下げる

このホームページでは、お詫びの仕方も指南しています。ところで、頭は、お詫びのときだけに、下げるものではありません。お願いする際にも「よろしくお願いします」と、お礼の際にも「ありがとうございます」と言って頭を下げます。

お願いは、簡単なものから難しいお願いまであり、こちらの緊張度合もさまざまです。でも、お礼の際には、気持ちよく頭を下げることができます。

参考、拙著『明るい公務員講座』194ページ「頭は下げるもの、口はお礼を言うもの」

時代と時機を読むことの重要性

日経新聞私の履歴書、10月は小野寺正・元KDDI社長です。巨大独占企業であった電電公社から第二電電(DDI)に転職し、KDDIに育てた方です。特に、23日「破談 非常識な要求に合併白紙 KDDのプライドがあだに」、24日「IDOと連携 携帯通信エリア 全国に わだかまり超えドコモに対抗」、25日「3社合併成立 KDDと予想外の再交渉 時機読むことの重要性を痛感」が勉強になります。

1980年代の通信事業の自由化によって、新しくできた新電電各社が競争します。その中で、DDIは最も弱小でした。国際通信を独占していた国際電電系のKDDとの合併交渉が、すんでの所で破談になります。その理由がとても興味深いです。原文をお読みください。
次に、トヨタを親に持つIDOと合併の交渉に入ります。この2社は競争相手ですが、NTTドコモとの競争上、そんなことを言っておられなくなります。
・・・最後にこの再編を促した陰の主役にも触れておきたい。NTTドコモの初代社長の大星公二さんだ。電電公社の出身でありながら、外部の人材をうまく起用し、「iモード」を生み出した人物。私も個人的に敬愛する人だが、ビジネスの勘が鋭く、相手方に大星さんのような知恵者がいる以上、DDI・IDO陣営も統合を急ぎ、ドコモと互角に戦える基盤を早急につくる必要があった・・・
合併当事者でなく、双方の競争相手の強敵を意識して、仕事をされたのです。

そして、一度は破談になったKDDとの合併が進みます。一度目はKDDが強く、DDIはいくつも譲歩をします。ところが、二度目の合併交渉では、力関係が逆転していました。
このような劇的な話を読むと、常に思うのですが。失敗した側の人の話を聞いてみたいです。難しいでしょうが。

仕事人。輸入した外車を運ぶ

9月28日の朝日新聞夕刊「凄腕しごとにん」は、小田巻幸子さんの「整備工場まで運んだ新車、約37万台」です。
輸入した外車を、陸揚げした港の埠頭から、整備工場まで一台一台、運転して運ぶのが仕事です。それだけ聞くと簡単なようですが、そうではないのです。何が大変か。記事をお読みください。

さらに、次のような工夫もしておられます。さすが仕事人。
「新車を傷つけないよう、外側にファスナーの金具やボタンがない制服を着用している。面ファスナーで止めたり、生地の中にボタンをしまったりしている。夜間の事故防止のため、反射材も縫い付けてある」

失敗した際の償い

原子力災害伝承館が伝えることと残っていること」の続き、その2です(その1事故後の対応検証)。
もう一つ残されていることは、事故・失敗を起こした後の、責任の果たし方についてです。これについては、このホームページ「責任をとる方法」1~4で整理しました。特に「責任を取る方法2」の表「失敗した際の責任の取り方」をごらんください。

事故を起こしたことは批判されることですが、いくら努力しても起きた事実は変えることができません。しかし、その後の被害拡大を抑えることや、再発防止、そして被害者への償いなどは、関係者の努力が問われます。この点について、政府、特に経済産業省はどの程度、責任を果たし、償いをしたでしょうか。
前回述べた、事故後の対応について対応について検証がされていないこと、そしてその後の責任の果たし方が明確に示されないことの理由の一つが、その担当組織であった原子力安全・保安院が廃止されたことだと、私は考えています。「お取りつぶしのパラドックス」に書きました。

原発事故及びその後の対応について、政府は国民の信頼を大きく失いました。例えば「第2回 双葉郡住民実態調査」(2018年1月、福島大学うつくしまふくしま未来支援センター)は、大震災発生当時、双葉地方7町村に居住していた全世帯を対象にした調査です。そこでは、いくつかの組織について「どのくらい信頼しているか」を聞いています。
それによると、「信頼していない」+「あまり信頼していない」の回答が多かったものは、東京電力(76%)に次いで、政府(69%)、学者・研究者(50%)の順になっています(P22)。自治体やマスコミなどに比べ、格段に低いのです。
官僚は、改めて自覚すべきです。この落ちた政府への信頼を、どのように回復するか。それは、責任の取り方を、被災者や国民が評価してくれるかどうかによると思います。

さて、そのような視点からは、県が伝承館をつくり、東電が廃炉資料館をつくりました。では、国はどのように、この失敗を後世に伝えていくのでしょうか。
その3に続く