公共政策論も、第12回目。政府の役割に入りました。
前回の授業では、20世紀後半に、経済発展という日本の目標が達成され、その点での政府の役割が終わったこと。そして、20世紀末になって、日本の課題と政府の役割が変わっていることを説明しました。
では、現在の政府は、何をしなければならないか。安倍第一次内閣で、私が担当した「再チャレンジ施策」で考えた、「これからの行政」を説明しました。そのときに作った「対比表」を載せておきます。坂の上の雲と、坂の下の影との違いです。
今日は、慶應大学で地方自治論Ⅰの第12回目の授業でした。
今回は、住民論です。住民自治の「主体」と、役所からサービスを受ける「客体」について説明しました。ここでも、自治体(役所)を統制する仕組みだけでなく、それを支える住民の意識がないと、制度は空振りになることを教えました。
住民投票などは、制度を教えるより、新聞記事で実態や結果、そしてその意義を読んでもらう方が、わかりやすいです。
毎回、学生に質問やら意見を書いてもらいます。そのうちいくつかを取り上げて、次回の授業で説明しています。私の話が理解されているか、いないかがよくわかります。
「よく考えているなあ」と思う質問が、いくつも出されます。それについて答えることで、学生の関心に答えることもできます。
月曜火曜と、原発事故被災市町村を回ってきました。市町村によって進度は違いますが、それぞれ着実に復興が進んでいます。大熊町と双葉町でも、復興拠点の作業が進んでいます。しかし、進むと、また次の課題が出てきます。それを聞いてきました。課題御用聞きが、私の仕事なのです。
昨晩は、富岡駅前の富岡ホテルに泊まりました。避難指示が解除され、富岡駅も復旧して、その前にできたホテルです。きれいで快適なホテルでした。風呂場に、湯船のほか、洗い場がついているのは良いですねえ。多くのビジネスホテルは、西欧式に洗い場がないのです。
夕べは満室だったようです。朝食は5時半から提供されます。復興事業に従事している作業員たちが、泊まっているのでしょう。多くの人が、早朝から出て行かれました。
あわせて今日は、故・馬場有・浪江町長のご葬儀にも、参列しました。町長は体調を崩され、町長職の辞表を出しておられました。発災以来、先頭に立って住民支援に当たっておられました。昨年、町の一部区域で避難指示が解除され、喜んでいただけました。本格的復興に向けて、まだまだご活躍いただきたかったのですが。
引退や死亡などで、発災当時の市町村長で続けておられるのは、12人のうち3人になりました。7年という時間を感じます。
公共政策論も、第11回目。政府の役割に入りました。
まずは、これまでの政府が果たした役割と、条件が変わったことについてです。
戦後日本の経済社会の発展と、バブル後の停滞について、数字やグラフで説明しました。わかりやすいグラフを示したので、高度経済成長を経験していない学生にも、理解しやすかったと思います。それに加えて、私自身の体験を交えました。
戦後の日本は、経済発展に成功しました。キャッチアップ型の経済発展です。安くて勤勉な労働力と、先進国に学んだ最新鋭の技術とによってです。政府・自治体は、潤沢な税収で、サービスやインフラを作ることに邁進しました。そして、それに成功しました。
しかし、右肩上がりの時代は終わり、経済は長期停滞し、人口の減少と高齢化が進んでいます。バブルがはじけて25年以上たち、人口が減り始めて10年になります。社会が大きく変わり、政府の目標や役割が変わりました。ところが、いまだに「昭和の発想」にとらわれている人が多いようです。
平成10年代を境に、新入社員・公務員が変わったという人が多いです。その背景は、この日本の経済社会の変化だと、私は思います。
バブル崩壊が平成3年。平成10年代に社会人となった人たちは、日本経済が発展した時代を知らないのです。それまでに入った人たちは、いわば「昭和の人たち」です。
そうすると、私などが、日本社会や政治、経済を話す際に、戦後から始めることは、もう古いのでしょう。平成から始めても、30年の長さがあるのですから。
今日は、慶應大学で地方自治論Ⅰの第11回目の授業でした。
今回は、条例について説明しました。条例の法的位置づけとともに、具体事例をたくさん見てもらいました。
地方公務員でない限り、具体の条例を見ることはないでしょう。それを知らずに、制度論をしても、理解しにくいですよね。かつては、法律との関係、横出しと上乗せが大きな論点だったのですが。
今回は、民泊法と条例、受動喫煙防止法案と都の条例(成立したばかりです)を例に、説明しました。また、これまで自治体が国に先導した政策なども。たくさんの事例に、学生たちもびっくりしたようです。