カテゴリーアーカイブ:このページの歴史

11,111番

2003年1月29日   岡本全勝
今度は、11111を達成しました。1月28日の夜です。私も息子と見ていたのですが、11102の次に見たら、11108でした。次だ、と見たら、11112でした。
11111は、交付税課の職員がゲットしました。職場で、みんなで見てくれました。カウンターはサーバー単位で計測するようなので、職場は何人が見ても数字は上がりません。ということで、今回のゲットは、職員ご一同様でした。よって、賞品はなしです。既にプレゼント済みですので。
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2003.01.23

2003年1月23日   岡本全勝
東京大学での講義が終了しました。
最終回は、私の都合がつかず、休講にしてしまいました。この時期は、各政党・国会議員への説明などが入り、時間の都合がつきませんでした。学生諸君には、迷惑をかけました。ごめん。
でも、よく1年間、ほとんど休講なしで、できたことをほめて下さい。

米国まめ日記2

2003年1月17日   岡本全勝
米国のクリスマスと正月
 米国(ワシントン)で初めてのクリスマス&正月を経験しました。日本であれば、クリスマス→餅つき→年越しそば→紅白(ゆく年くる年+除夜の鐘)→初詣などと続いていくこの華やかな期間、米国ではどうなのだろうと密かに期待しつつ。
 が、過ぎてしまえば、クリスマスは思っていた以上に地味。ニュースでも、家族や内輪の者だけで過ごす人たちが多いと報道していましたし、みんながタキシードやイブニングドレスを着て一流ホテルでのパーティに参加しているわけではなかったようです。
 もちろん、普段よりは飲み歩く人たちの数も多かったようですが、日本のように多くの酔っ払いを見かけるということもありませんでした。そもそも、ワシントン周辺地区に新宿や銀座のようなところはありませんが。
ホテルの飾り付け
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 ただ、"各家庭のクリスマス電飾"はド派手なものでした。各家庭が競うようにツリーだの、トナカイだのの電飾をこれでもかっ~と見せつけておりました。これを見て、「電気代がかかりそうやのう」とか「京都議定書に署名しないわけだ」と思った日本人は私だけではないでしょう。ちなみに、それらの電飾は年を越しても残っていたりします。
家庭の電飾
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 大晦日から正月にかけての期間は、それはもう寂しいくらいに地味なものでした。普段とほとんど変わりません(そもそも米国で祝日は1月1日のNew Year's Dayだけです。ただ、クリスマス時期から引き続きテレビで飲酒運転はやめましょうみたいな呼びかけをやっていましたので、夜遅くまで飲んでいる人も通常よりは多かったのかもしれません。)。米国での年越しといえばニューヨークのカウントダウンがまず思い浮かびますが、あれは例外だということがよく分かりました。
 ということで、こちらに来て1年足らずの日本人にとって、米国での初めてのクリスマス&正月は、ほとんどネタとはならない寂しいものとなってしまいました。また、ネタ探しの旅に出たいと思います。
P.S.クリスマス前後にクリスマスのリースをグリルにつけた車を数台見かけましたが、これは日本でグリルに(特に田舎のヤンキーを中心に)しめ縄をつけるようなものといえるでしょう。きっと。

10,000番

2003年1月13日   岡本全勝
祝10000番。今回ゲットしたのは島村英さんです。以下、彼が自ら書いてきた文章です。
「彼は川崎君稲熊君と同様、中央省庁等改革推進本部事務局で主査をしていました。今は、愛知県警察本部の交通規制課長をやっています。「のらくろ」というペンネームで小説を書く、ユニークな警察官です。賞品として「地方改革財政論議」を要求されたので、贈呈します。」
以上、「自己申告文章」です。のらくろ君は、これまでこのHPに載ることができず、悔しい思いを重ねていました。

8,888番

2002年12月24日   岡本全勝
8888は、豊中市の佐藤さんでした。賞品に、「地方財政改革論議」を贈呈します。
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