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復興本部から1年

2012年6月26日   岡本全勝

昨年6月27日に、復興本部事務局に異動しました。内閣府ビルから三会堂ビルに移って、1年が経ちました。早いものですね。歳を取って、毎日が早く過ぎることと、毎日忙しくしていて、これまた時間が早く過ぎていきます。
その頃何をしていたか。事務記録を見ても、思い出せません。昨年3月の被災者支援本部は、あまりに強烈で、いくつかの場面を思い出すことができるのですが。日記や手帳を見ると、「そんなこともしていたなあ」と思い出にふけることができます。日記(災害復興のページ)は、書き続けて27ページにもなりました。
当時は、仮設住宅の建設を急ぎ、避難所から移ってもらうことが一番の課題でした。また、復興基本方針を作っていました。
復興本部は、2月に復興庁に衣替えしましたが、課題は同じなので、仕事の仕方に大きな変化はありません。もっとも、内容は、福島再生が大きな比重を占めるようになりました。

自治体の復興指標

2012年6月26日   岡本全勝

被災自治体が、復興状況を自ら把握できるよう、「各種指標及びその分析手法」を取りまとめました。
被災自治体がつくっている計画から、どのような事業があるかを調べました。そしてその約40の事業について、それぞれどのような指標があるかを探しました。それらの指標は公開されていて、更新されるので、それを使うと、各自治体の復興状況がわかるという仕組みです。
復興庁ではこれを使って、被災地域全体の復興状況を把握します。各自治体は、これを使って自らの復興状況がわかります。

今日は福島と山形へ

2012年6月23日   岡本全勝

今日は、復興大臣のお供をして、福島市でのサクランボ祭、引き続き、山形県庁での福島からの避難者との意見交換会、そして避難者を受け入れている自治体との意見交換会に行ってきました。
サクランボ祭は、風評被害を受けている農家を励ますためのものです。私も、立派なサクランボを美味しく頂きました。
山形県には、福島県から約1万3千人が避難しています。原発事故避難者は、地震などと違い、避難が長期になる人が見込まれること、避難所が遠くに離れていることが特徴です。すると、2年程度で自宅を復旧することを前提としている災害救助法と、仮設住宅などの扱いが違ってこざるを得ません。

この夏もボランティアに行こう

2012年6月22日   岡本全勝

夏休みが近づいたので、学生さんを中心に、ボランティア活動への参加を呼びかけています。「もう避難所も閉鎖されたし、泥掻きも終わった。ボランティア活動も終わった」と思っている人も多いようです。しかし、仮設住宅などで、まだまだ支援を求めています。
ぜひチラシをご覧になって、参加してみようと考えた方は、チラシに書いてある連絡先にご連絡ください。

双葉郡との実務者協議会

2012年6月22日   岡本全勝

今日は、福島県庁で、双葉郡8町村と県との実務者協議会でした。6月1日に第1回会合を持ち、9日には親会議である首長と大臣との会合を開いています。県や町村はこの時期、6月議会なので、今日の会議は金曜日の午後6時からという時間帯になりました。
たくさんの課題がありますが、今日は特に、除染、賠償、健康管理が大きな課題でした。また、そのほかの「宿題」への回答を議論しました。いくつかは進展がありますが、まだまだ課題は着手したばかりです。個別にも、国の職員が町村を訪問して、議論もしています。今後も、協議を進めます。