カテゴリーアーカイブ:行政

政治の行方 地盤沈下の中央省庁

2023年7月29日   岡本全勝

7月13日の日経新聞「「安倍後」政治の行方⑤ 地盤沈下の中央省庁」「霞が関のボトムアップ遠く 政策立案「コンサルに外注」から。

・・・官邸と中央省庁との関係は安倍政権下で変質した。「政治主導」を掲げた安倍氏が2014年に内閣人事局を発足させ、官僚の人事権にも深く関与するようになった。
同時に首相官邸が政策の司令塔となり、切り盛りをした経産省出身の今井尚哉秘書官らは「官邸官僚」と呼ばれた。官邸への行きすぎた「忖度」が生まれやすい環境となり、森友・加計学園問題などでは政と官の距離に批判が集まった。
当時、こうした問題は「政治主導」に起因する安倍政権特有の現象との見方が多かった。
発足時に「ボトムアップ」をうたった岸田政権で確かに人事権への関与は一部にとどまるようになったものの、官邸に抜てきされた一部の官僚が政策を動かす構図は変わっていない。
東大の牧原出教授は霞が関について「各省の官僚が政策を打ち出す流れになっていない」と指摘する。「かつて各省の官僚は政権の動向をみながら政策の弾込めをしていた。現在はそもそも政策立案に抑制的になっているのではないか」と分析する・・・

・・・ある政府高官はこんな内情を明かす。「主要官庁が政策立案をコンサル企業に依頼するようになってきた。かつては比較的単純な作業だったが今では重要政策も含まれる」
人材はかつてのようには集まらない。政策を動かすモチベーションも湧かない。そこへ国会対応などを中心とした膨大な作業がのしかかる。「日本最大のシンクタンク」といわれる霞が関が政策立案を外部委託するのは、行政機関が機能不全に陥ったに等しい。

衆院選が小選挙区制になってから四半世紀、中央省庁の再編からは20年が経過した。官僚主導から政治主導への転換を進めるにつれて中央省庁は地盤沈下していった。
「ボトムアップ」の掛け声だけでなく、公務員の働き方改革や国会改革なども含めた対応をとらなければ日本の活力を取り戻すような政策は出てこない・・・

安倍首相、明確な国家像と不明瞭な社会像

2023年7月27日   岡本全勝

7月8日の読売新聞解説欄「安倍氏銃撃1年 背景と教訓」、待鳥聡史・京大教授の発言から。

・・・安倍元首相は、外交・安全保障面で歴史的な足跡を残したと言える。
第2次安倍政権が発足した2012年12月以降、先進7か国(G7)など世界の主要国で、政治的に不安定になるケースが多くみられた。米国でもトランプ大統領(当時)が自国第一主義を掲げ、国際協調を軽視する方向に動いた。近年の米中対立やロシアによるウクライナ侵略などを踏まえても、安倍氏が一貫して自由主義に基づく国際秩序の重要性を世界に発信し続けた意義は大きかった。
15年に安全保障関連法を成立させたことも評価できる。集団的自衛権の限定行使が可能となり、日米同盟の強化につながった。日本は安保政策で国内の論理に引きずられて「一国主義的」な立場をとってきたが、国際的な常識と隔たりのある状況を解消することができた。

一方で、踏み込み不足が目立つ政策もあった。国政選挙のたびに「1億総活躍」や「全世代型社会保障」といったスローガンを打ち出した。ただ、小泉政権の「痛みを伴う構造改革」のような強いメッセージ性もなく、任期中に抜本的な改革は実現しなかった。
選挙を勝ち抜くために目新しさを重視した側面もあるのだろう。安倍氏は明確な「国家像」はあったが、結果として、日本の社会の中で個人がどういうふうにしたら幸せに暮らせるかといった「社会像」が不明瞭だった・・・

政治の行政化、官僚組織の劣化

2023年7月26日   岡本全勝

7月8日の朝日新聞オピニオン欄、御厨貴先生の「安倍元首相銃撃1年」(デジタル版)から。

安倍晋三元首相が銃撃された事件から8日で1年。自民党の最大派閥を率いる政治家が突然の暴力によって命を絶たれた後、日本の政治はどう動いてきたのか。安倍元首相の不在がもたらしたものとは何なのか。政治家らの口述記録を歴史研究に生かす「オーラルヒストリー」の第一人者で、政治学者の御厨貴さんに聞いた。

――安倍元首相が暴力によって命を絶たれて1年になります。
「あの瞬間、日本の政治が大きく変わる激動の1年を迎えるのではないかと予測しました。しかし、そうはなりませんでした。自民党最大派閥のトップでもあった政治家が突然亡くなったのですから、ある意味、首相を含めてどの政治家がいなくなるよりも衝撃が大きく、権力の中枢に穴が開いたようなものです。日本の政治が混沌とするんじゃないかと当初は思いました」
「しかし、自民党の安倍派の後継争いが激化して分裂したり、政治権力をめぐる激しい闘争が起こったりすることもありませんでした。確かに安倍氏という存在はいなくなったけれど、そのまま政治は凍結されているようです。岸田文雄首相のもとで政治が奇妙に『行政化』され、躍動感が失われた結果だといえるでしょう」

――政治の「行政化」ですか?
「良きにつけ、あしきにつけ、安倍氏の政治は、彼なりのイデオロギーや思い入れに深く彩られていました。その根っこにあったのは、戦後体制を否定することでした。首相退任後も政治に影響力を保っていました。それに対して岸田氏は状況追従型でやらなければならないことをただ進めているようです。そこには情熱も深い思い入れも見えません。これは理想を掲げる本来の意味での政治ではなく、行政のやり方です。岸田氏自身がどこまで意識しているのかは分かりませんが、政治的な動機をむき出しにせず、まるで大きな政治課題ではなく小さなことをやっているような形で、あまり力を込めずに説明を繰り返します。安倍氏も菅義偉前首相も、思いがあるだけに、つい力を込めて言い募ってしまうんですが、岸田首相にはそれがありません。淡々と説明して打ち切りますね。秀才タイプなのかもしれません」

――どのような問題にもっと光を当てるべきだったと。
「いま政治に求められているのは、安倍氏が進めてきた分断の政治の帰結があらわれていることを直視して、抜本的な対策を示すことです。安倍氏の政治手法は敵と味方をはっきりさせて、対決姿勢を鮮明に打ち出す政治でした。対立と分断をどうすれば緩和できるのかが、問われています」

――対立と分断の問題ですか。
「右肩上がりの時代は終わり、世界の中で日本の立場はとても難しくなっています。実は90年代からもう経済の成長は難しいということが分かっていました。それなのにずっと問題は先送りされています。ちょうどその時代に、私たちは政治改革に随分時間とエネルギーを費やしましたが、そのころから日本経済は縮小し、埋没を続けています。明治以来の日本は国家として大きくなること、発展をすることを主眼にさまざまな政策を進めてきましたが、このように小さくなることへの対応はしたことがありません」
「成長しているときは様々な問題を成長と分配が解決してくれますが、知恵を絞らなければならないのは縮小するときです。本来、こうした問題に官僚や民間、学者などの知恵を集めて大きな政策の絵を描くのが、岸田首相が誇りとする池田勇人氏が創設した自民党の宏池会の得意技だったはずです。ところが本領を発揮すべきだった時期に、この派閥は加藤紘一氏による『加藤の乱』をきっかけに分裂し、低迷していました。この責任は非常に大きいと思います。その意味では今回の事件以降、久しぶりに宏池会が復活したのです。安倍、菅政権で痛めつけられた官僚たちは、やっと自分たちのルールが通用する政権になって安心しているでしょう」

――官僚制度はどうでしょう。
「明治以来、この国を支え、55年からは自民党と政策を担ってきた霞が関の官僚組織も根っこから劣化していると思います。国土事務次官などを歴任した下河辺淳氏にもよく聞きましたが、例えば日本の国土計画については『全総』と呼ばれた全国総合開発計画を60年代からほぼ10年ごとに策定し、大きな絵を描いていました。旧通産省も世界で競争できる産業や中小企業政策などの大きなプランを、有識者や族議員と呼ばれた政治家の力などを総動員して練り上げていました。しかし今世紀に入ってからそうした霞が関の機能は見えなくなっています。いまは護送船団方式を組めず、業界への行政指導もできなくなっていますし、時代が変わっているのは事実でしょう。かつてと違って大学生が官僚になることを希望しなくなっているのも明白です。官僚組織もこのままでは危うい状況です」

男女共同参画白書、令和モデル

2023年7月25日   岡本全勝

7月6日の読売新聞解説欄に「男女共同参画白書 「令和版」社会モデル 模索 働き方多様化 変革の好機」が載っていました。

・・・内閣府は先月、2023年版男女共同参画白書を発表し、目指すべき社会像を「令和モデル」として提唱した。実現すれば国の成長につながるとした。長時間労働などを前提とした「昭和モデル」からの脱却を促すが、新しいモデルを社会の共通認識にするための対策が必要だ。

白書は毎年、社会のあり方を提言してきた。昨年、結婚と家族をテーマにし、「もはや昭和ではない」と訴えたが、今回はそこから一歩進めた形で、「令和モデル」と命名した。誰もが希望に応じて仕事や家庭で活躍できる社会をいい、男性の長時間労働是正や女性の家事・育児の負担減などの必要性を記した。
あえて「令和」と掲げたのは、今も残る「男性は仕事、女性は家庭」といった古い考え方や雇用慣行を「昭和モデル」として対比させ、脱却を訴えるためだ。
白書では、昭和の高度経済成長期に確立された長時間労働や転勤を当然とする雇用慣行が今も続き、女性に家事・育児の負担が偏っていると指摘。仕事、家庭の二者択一を迫られる状況は、労働力人口減少が深刻な中、少子化や経済成長の面で損失が大きいとした・・・

・・・背景には、家族構成の変化に加え、若者が理想とする生き方が大きく変わってきている実情がある。
18〜34歳の未婚男女が描く結婚後の女性のライフコースは、1987年は「専業主婦コース」が主流だったが、平成には、結婚や出産で退職し、子育て後に再び働く「再就職コース」が中心に。そして、2021年には結婚・出産後も仕事を続ける「両立コース」が初めて最多となった。また、子を持つ20〜39歳の男性で、家事・育児時間を増やしたい人は約3割に上った・・・

私が連載「公共を創る」やコメントライナー「一身にして二生を過ごす」で説明している、昭和の標準家族の終了です。

子育てや介護の評価、経済学の罪

2023年7月21日   岡本全勝

6月28日の朝日新聞「ケア労働、報酬と評価を正当に 岡野八代さんに聞く」から。

・・・ケアワーカーとして働き続け、ひとり親として子育てや親の介護を担ってきた女性が、高齢期に経済的な苦境に陥ってしまう――。誰もがケアなしで生きられないのに、なぜケアは社会的、経済的に評価されにくいのか。同志社大学大学院教授で政治思想研究者の岡野八代(やよ)さん(フェミニズム理論)に、この問題の根底にある歴史的、社会的な要因について聞いた・・・

・・・ケア労働が市場経済のなかで軽視され、評価されないのはなぜか。いくつかの要因が重なり合っているが、まず資本主義の進展にともなう歴史的な背景があると思う。
資本主義経済で富をたくわえるには、商品である労働力をできるだけ安く確保する必要がある。そのために、労働力の再生産につながる家事や育児といった「再生産労働」はタダで、生物学的な「産む性」の女性が担うものとされてきた。
女性による再生産労働、つまり家庭でのケア労働は、経済的に評価されないまま国家と資本家に搾取され続けてきた。いまの日本でも、ケア労働を女性にタダで押しつける社会構造が根強く残っている。

次に、ケア労働は、自動車などの商品の生産活動と違って、何を作ってどんな価値を生み出しているのかが見えにくい、という特徴がある。つまり、市場経済ではその価値を測ることができない。
さらに保育や介護について言うと、そのサービスを利用する乳幼児や高齢者には、サービスを提供する公的な制度を支える費用を支払う能力がないか、不足している。
サービスにかかる費用をどう見積もり、誰がどのぐらい負担するか、といった点は、常に政治の課題になる。ケアの提供者にいくら報酬を払うか、その値段は政治的に決まる。
ところが日本の政治家は、自分自身では家事も育児もしたことがないという男性があまりに多い。
自身はケアを担わなくてもよく、誰かにケアを押しつけておくことができる「特権的な無責任」の地位でいられる者が、ケア労働を過小評価している・・・