カテゴリーアーカイブ:行政

所管省が知らない政策決定

2024年7月8日   岡本全勝

首相指示の失敗事例?その2」の続きにもなります。するとこれは「首相指示の失敗事例?その3」です。
6月25日の読売新聞「電気・ガス補助に戸惑い 首相 事前調整不足」から。
・・・ 岸田首相が表明した8~10月使用分の電気・ガス料金への補助に、政府・与党内から戸惑いの声が上がっている。物価高が続く中、首相は21日の記者会見で「即効性のある対策」として打ち出したが、補助は5月使用分で打ち切ったばかり。事前調整も十分に行われておらず、「場当たり的」との批判も出ている・・・

・・・補助の再開は、自民党などからの要望を踏まえ、首相官邸主導で検討が進められた。首相周辺は「物価高を上回る賃上げを実現するため、今すぐにできることを考えた結果だ」と意義を訴える。19日の党首討論で、立憲民主党の泉代表が「補助の復活」を首相に提案し、「野党第1党も反対しない」との感触が得られたことも後押しになったという。
ただ、与党内の議論も行わないままの打ち出しには、唐突感は否めない。所管する経済産業省幹部の一人は、首相の記者会見当日まで知らされていなかったといい、「燃料価格は一時に比べ、落ち着いている。このタイミングで再開するのは想定外だ」と困惑を隠さない・・・

26日の朝日新聞「補助再開、急ごしらえ露呈 「酷暑乗り切り」なのに7月は対象外 「バラマキ」身内から批判」から。
・・・岸田文雄首相が「酷暑対策」として再開を表明した電気・ガス料金の補助に、政府与党内で困惑が広がっている。一貫性を欠く補助再開に「政権の延命策か」といぶかる声があがるほか、自ら旗を振る脱炭素社会実現の政策にも逆行する。唐突な表明も「調整不足」の批判を招いている。

「国会開会中に議論すべきだった」「行き当たりばったりだ」
25日の自民党政調全体会議。出席議員から首相の判断に指摘が相次いだ。身内から公然と疑問が呈された格好だ。
電気・ガス料金の補助は5月使用分でいったん終了。わずか3カ月後の再開に何があったのか。
複数の政権幹部によると、木原誠二自民党幹事長代理や村井英樹官房副長官ら首相に近い政治家が、補助再開のシナリオを描いた。官邸内には「あくまで激変緩和のために始めた制度だ」と再開に慎重な意見もあったが、最終的に首相が決断したという。
だが、政府の決定をこれほど短期間で覆すのは異例だ。内閣支持率が低迷する中、秋の自民党総裁選や次の衆院選など政治日程をにらんだ「バラマキ」との見方が広がるのは無理もない状況と言える。
急ごしらえの再開は、ちぐはぐさも目立つ。「酷暑乗り切り緊急支援」としたのに、真夏の7月は対象外。「手続きに要する期間を踏まえた」(林芳正官房長官)とするが、政策目的と効果の整合性が問われかねない。
情報管理を優先し、根回しが遅れた感も否めない。自民党幹部の一人が首相から電話で告げられたのは、会見当日の朝。前日に連絡を受けた財務省幹部は「完全に延命策。付き合いきれない」と吐き捨てた・・・

事故をきっかけに世界に追いつく

2024年7月7日   岡本全勝

正月に起きた、羽田空港での飛行機衝突炎上事故。国土交通省が、再発防止策を決定しました。それに関する、6月23日の読売新聞「羽田事故 対策5分野 国交省 正式決定へ」から。

・・・ 国交省関係者によると、1月以降、検討委で議論してきた新たな対策案は、〈1〉管制交信でのヒューマンエラー防止〈2〉滑走路誤進入の注意喚起システムの強化〈3〉管制業務の実施体制の強化〈4〉滑走路の安全の推進体制の強化〈5〉技術革新の推進――で構成する。

事故からまもなく半年。国土交通省は再発防止策の取りまとめにあたり、滑走路の安全に関わるハードとソフト、すなわち「人、運用、技術」のバランスを念頭に、一体的なリスク低減を図った。新たな取り組みが、別のリスクを生まないことにも配慮したという。
対策の大半は、欧米やアジアの航空当局や国際機関の状況を丹念に調査し、日本の先を行く取り組みを導入した形だ。ただ、裏を返せば「悲惨な事故を機に、諸外国への遅れをやっと取り戻そうとしている」との厳しい見方と反省の声は、国交省内にもある・・・

役所のデジタル化に見る分権と集権

2024年6月30日   岡本全勝

6月27日の日経新聞オピニオン欄「中外時評」は、斉藤徹弥・上級論説委員の「デジタル時代の新・地方分権」でした。デジタル化を進めるに当たって、なぜうまくいかないか。その問題から、新しい時代の国と地方の関係を分析した内容のある記事です。本文をお読みください。

・・・アジサイに誘われ、鎌倉の明月院を訪ねた。濃く鮮やかな明月院ブルーの花群れを眺めながら、かつて自治省(現総務省)に入ると教えられたという心構えを思った。
地方はアジサイの花だ。全体が一つの花にみえるが、よくみれば多様な形の小さな装飾花の集まりである。地方も様々な事情を抱える市町村の集合体で、全体をみるだけでなく、個々の自治体に目を向けなければならない――。
地方全体を抽象的にとらえるマクロの視点だけで政策を判断すると、市町村をみる解像度が低くなり弊害を生む。多種多様な自治体への影響をミクロに見極めて政策を判断せよという教えである。
霞が関は地方をマクロでとらえ「こうすれば地方も回るはず」と考えがちだ。デジタル庁はその典型で、現状は地方への理解が足りず、十分な成果は上げていない・・・

・・・地方分権だからバラバラなのではない。地方自治法は統一すべき基準づくりを国の役割としているが、これに国が後ろ向きすぎたのである。
各省は人員不足で手が回らず、分権を口実にしてきた面もあろう。基準がないなか、自治体は独自に対処し、結果として業務フローやシステムがばらけていった。
地方が統一した方がよいと思うものは国がはっきり基準を示すー。半年あまりの調査と協議を経て国と地方、そしてデジタル派はこうした共通認識にたどり着いた。「これがデジタル時代の新しい地方分権」と国は位置づける・・・、

政治家の出身階層

2024年6月29日   岡本全勝

6月11日の日経新聞オピニオン欄に、小竹洋之・コメンテーターの「米国政治を覆う「カネの津波」」が載っていました。

・・・格差大国の米国では、上位1%の富裕層が所得の21%、純資産の35%を握る。もちろん政界にも、恵まれた人たちが多い。
米金融情報サイト「24/7ウォールストリート」が歴代大統領45人の純資産(ピーク時)を2023年の価値で推計したところ、100万ドル(約1億6千万円)以上のミリオネアが8割の36人にのぼった。トランプ前大統領は首位の37億ドル、バイデン現大統領は27位の900万ドルである・・・

世界比較も載っています。
・・・経済協力開発機構(OECD)加盟37カ国の下院議員(一院制を含む)をカーンズ氏らが調べたところ、日本のブルーカラー出身者の割合は4番目に高かった・・・
アメリカとフランスが2%程度、イギリス、イタリア、ドイツが5~6%程度で、日本は12%です。

大学と現実政治

2024年6月28日   岡本全勝

6月3日の日経新聞教育欄、佐藤仁・東京大教授 コロンビア大気候大学院客員教授の「米コロンビア大学と反戦デモ 教養教育が培う現実感覚」から。日本の大学では、現実政治に触れることを避け、教育でも欧米の過去の政治を教えることが多いのです。

・・・2024年1月にコロンビア大学で客員教授として教え始めたときに、驚いたことが2つあった。一つは教授会の議題に「困難な対話」という見出しでパレスチナ問題について学生とどう対話すべきかが含まれていたこと。時事的な論争とは半ば無縁の東京大学の教授会とは大きく違っていた。ふたつ目はガザで殺された大学教授や芸術家などの名簿が教室の廊下に張りだされていたことだ。
コロンビア大は1960年代のベトナム戦争のとき以来、繰り返し学生デモの象徴的な拠点になってきた。それらのデモが、タバコ産業や化石燃料、民営刑務所などの分野からの大学の投資の引き揚げなど、大学から具体的な譲歩を引き出していた。
今年4月中旬以降、コロンビア大の反戦運動は多くの逮捕者を出すほど過激さを増した。学生たちは、イスラエルへの投資の引き揚げ、特に軍需産業とかかわりのある企業との決別を大学に求めた・・・

・・・興味深いのは、コロンビア大が、コア・カリキュラムと呼ばれる全米で最も保守的な教養教育を維持してきた大学であることだ。それは、アリストテレスの「ニコマコス倫理学」やマキアベリの「君主論」といった西欧の歴史、哲学、文学から選び抜かれた古典を、すべての学生に読ませる教学体系である。
西欧中心主義への批判にさらされながらも、100年以上続いてきたこのシステムの運営責任者は、学生の反戦デモを支えてきたジョセフ・ハウリー准教授である。パレスチナ支援を訴える彼は、古代ローマ史を専門とするユダヤ教徒でもある。
コア科目の一つ「現代文明論」は、「現代の未解決課題に対峙できる学生を育てること」を目的とする。20人以下の少人数でコーランや聖書から、マハトマ・ガンジー、ミシェル・フーコーといった思想家のテキストを様々な分野の教員が担当して議論する。
学生に現代世界をつくり出した議論の幅に触れさせ、自分とは異なる意見を理解する力を養うと同時に、自分自身のアイデアを更新する機会を提供する。ものごとを白黒のいずれかで判定するのではなく、自分と他者の間に広がる立場の幅の中に解を見つける想像力を鍛えるのである。

実は多くのデモが平和裏に行われたことを忘れてはならないし、教養教育は社会運動のためにあるわけではない。
しかし、保守的なカリキュラムを誇るコロンビア大が鋭い現実感覚をもった構成員による社会運動の拠点になってきたことは、大学が知の生産拠点である以上に、社会変革の拠点にもなりうることを示している。古典を過去の遺物としてではなく、生きた知識として教える伝統が、学生たちに正義感と現実感覚を醸成してきたのではないか・・・