カテゴリーアーカイブ:行政

官僚長時間労働の原因、国会審議の答弁書作成

2024年8月5日   岡本全勝

7月24日の朝日新聞に、「やめられないのか、答弁書 官僚激務「ブラック霞が関」」が載っていました。
・・・長時間労働が常態化し、「ブラック霞が関」と呼ばれる官僚の働き方。最大の原因は、国会審議の答弁書の作成とされる。しかし、そもそも政治家が質問を政府側に事前通告し、官僚が作った答弁書を閣僚が読み上げるという国会審議のあり方に問題はないのか・・・

・・・国会審議では長らく官僚が事前に議員から質問内容を聞き取る質問取りをし、通告内容を元に答弁書を用意することが常態化。内閣人事局が官僚の働き方を調査したところ、今年の通常国会中(2月5日~3月31日)、官僚が答弁を作り終えた時刻の平均は、委員会当日の午前0時48分。与野党は、官僚の負担軽減のため通告は「委員会2日前の正午まで」と申し合わせているが、ほぼ守られていない。委員会の2日前までに質問が通告されたのは1260件(50・4%)で、前日午後6時以降の通告は173件(6・9%)あった。
長時間労働が問題になる官僚の働き方は「ブラック霞が関」と呼ばれ、官僚離れが進む。官僚による答弁書作成はその最大の原因とされる。

しかし、参議院規則第103条は「会議においては、文書を朗読することができない。但(ただ)し、引証又(また)は報告のためにする簡単な文書は、この限りでない」と規定。原則的に文書の「朗読」は禁じられており、衆議院規則でも似たようなルールがある。にもかかわらず官僚任せの答弁はいつから始まったのか。
終戦直後、衆参本会議では議員同士が自由に意見を述べる「自由討議」が設けられた。田中角栄氏が「明朗なる政治、すなわちガラス箱の中での民主政治の発達助長に資すること大なり」と演説した。だが1955年の国会法改正で規定が削除。自民党一党優位による「55年体制」以降、官僚作成の答弁を読み上げる形式が定着していく。

原因の一つが自民党の「事前審査制」の導入だ。法案は自民党内で議論、了承を得たうえで、国会に提出されるようになった。学習院大学の野中尚人教授(比較政治)は「与党が国会論戦を回避するための仕組みで審議が形骸化した。国会は野党の抵抗の中で、与党が事前に党内で決めたものをただ追認する場となった」。
ただ、過去には官僚答弁からの脱却をめざす動きもあった。98年には、小沢一郎氏率いる自由党(当時)が、自民党と連立政権を組む条件として、閣僚に指示された官僚が答弁を担う政府委員制度の廃止を主張し、その後に実現。党首討論も導入された。
2009年に誕生した民主党政権も「政治主導」を掲げて答弁のあり方を見直そうとし、質問取りは政治家である政務官が担うとした。だが政権発足から1カ月ほどで平野博文官房長官(当時)が官僚に質問取りを要請したことが発覚。民主党政権は短命に終わって次の政権交代可能な政治状況が作られなかったこともあり、再び官僚任せの答弁は定着した。

一方、欧州諸国の議会は日本と異なる。日本と同じ議院内閣制の英国(下院)では、首相との討論では質問の事前通告はなく、閣僚への質問では通告不要の補充質問が認められている。フランスでも首相や閣僚に対する口頭質問では事前通告しない・・・

千代田区、複数職員で議員対応

2024年8月4日   岡本全勝

7月31日の読売新聞夕刊に「千代田区が官製談合受け再発防止策「複数職員で議員対応」」が載っていました。

・・・東京都千代田区の発注工事を巡り、区議が職員から聞き出した入札情報を漏らした見返りに業者から賄賂を受け取っていた事件を受け、同区が設置した検討委員会は、複数の職員で議員への対応に当たるなどの再発防止策をまとめた・・・

・・・職員へのアンケートでは、過去5年以内に議員や元議員から公表前の予定価格などの情報提供を求められた職員が部長級の幹部で13・6%に上ることが判明。議員から大声で罵倒されたり、依頼を断ると「お前の人事異動がどうなっても知らない」と威圧されたりするなど、議員によるハラスメントの実態も浮かび上がった。
再発防止策をまとめた報告書では、事件の背景について「議員と良好な関係を構築し円滑な議会運営に貢献したい職員の思いが、適切な判断を誤らせ、非違行為につながった可能性が高い」と指摘。議員に対する職員の行動基準として、「複数職員での対応」「対応記録の徹底」「議員など部外者の執務室立ち入り禁止」などを盛り込んだ・・・
千代田区の発表

地方創生10年

2024年8月2日   岡本全勝

7月18日の朝日新聞に「地方創生、夢の跡 提唱10年、東京一極集中変えられず 交付金、計1.3兆円」が載っていました。

・・・第2次安倍政権が「地方創生」を打ち出してから10年。東京一極集中に歯止めをかけ、人口減少を食い止めようと、これまで約1・3兆円を自治体に配ったが、政府は6月の報告書で「大きな流れを変えるには至っていない」と結論づけた。今後の戦略も描けておらず、「地方創生」の旗印は行き場を失っている。

地方創生は、第2次安倍政権が2014年に新たな成長戦略の目玉として掲げた。異次元の金融緩和で大幅な株高が実現し、富裕層を中心に恩恵が広がっていた時期だ。翌年春に控えていた統一地方選をにらみ、「アベノミクス」の果実を地方に波及させる姿勢を打ち出す狙いがあった。
政府は、地方創生の司令塔となる「まち・ひと・しごと創生本部」を設置。雇用創出や移住などを基本目標にする「総合戦略」を14年12月に閣議決定し、自治体にも数値目標を盛り込んだ地方版の総合戦略をつくるよう求めた。それに応じて新たに創設した「地方創生推進交付金」を配った。

ただ、成果は乏しい。例えば、東京一極集中の是正をめぐり、政府は生活コストの高い東京への人口集中は少子化につながるとみて、東京圏(東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県)から地方への転出増を重要目標の一つに掲げた。しかし、政府がまとめた報告書によると、23年の東京圏への転入数は転出数を11・5万人上回り、14年時点の10・9万人より増えた。報告書は「国全体でみたときに人口減少や東京圏への一極集中などの大きな流れを変えるには至っていない」と認める。当時より人口が増えている自治体についても「多くは移住者の増加による『社会増』にとどまっており、地域間での『人口の奪い合い』になっている」と指摘した・・・

『水害救援法務ハンドブック』

2024年7月29日   岡本全勝

中村健人・岡本正著『自治体職員のための 水害救援法務ハンドブック-防災・減災の備えから初動・応急、復旧・復興までの実務-』(2024年、第一法規)を紹介します。
宣伝文には、次のように書かれています。
「水害に対する事前の備え、初動・応急、復旧・復興という各段階で、水害対策に関する実務上の法務のポイントを提供することで、自治体職員がやるべきことが時系列でわかり、迅速・的確な判断と対応ができる」

毎年、列島の各地で大きな水害が起きています。各自治体職員にとって、人ごとではなくなりました。
同じ著者による『改訂版 自治体職員のための 災害救援法務ハンドブック―備え、初動、応急から復旧、復興まで―』の姉妹編です。

若者の経済不安、見つめなかった対策

2024年7月29日   岡本全勝

7月18日の朝日新聞「少子化を考える 山田昌弘・中央大教授に聞く」「若者の経済不安、見つめなかった対策」から。

日本の少子化が止まらない。1990年、前年の出生率が過去最低の「1・57ショック」が社会を揺るがし、少子化問題が大きくクローズアップされた。しかし、30年以上経ったいま、状況は悪化している。対策のどこがまずかったのか。中央大の山田昌弘教授(家族社会学)に話を聞いた。

――6月に発表された人口動態統計で、2023年に生まれた日本人は過去最少、「合計特殊出生率」も1・20と過去最低だったことが分かりました。少子化の要因は何だと思いますか。

少子化の要因が「未婚化」ということは、私を含む多くの学者が何十年も前から唱えていることです。ただ、いまの若者も結婚への意欲が衰えているとは思いません。未婚化には結婚の経済的側面が影響していると考えます。

――将来にわたってリスクを回避できる見通しがないと、結婚や出産を控える若者が多いのですね。

30~40年前の若者たちの場合、「日本経済はこの先も大丈夫」「子どもを豊かな環境で育てられる」と信じることができた。人並み以上の生活が送れるということを疑わなかったから結婚に踏み切ることができたのです。
ところが、1990年代初頭にバブルが崩壊。日本経済は停滞し、非正規社員が増えるなど若者の間で格差が広がりました。中流生活から転落するという不安が強まり、「親のような豊かな生活は築けない」「子どもに惨めな思いをさせたくない」と考える若者が増え、結婚や出産を控えるようになったとみています。

――人口減少が深刻な地方では、若い女性が進学・就職時に都会に出てしまうことも少子化の要因の一つと指摘されています。

ここ10年ほどの大きな変化として、地方から東京に出てくる若者は男性より女性の方が多くなりました。働き方や地域社会の因習を女性を差別しないかたちで変えていかない限り、若い女性は地元に残らず都会に出て行き、地元で生まれる子どもも増えません。

――少子化問題は30年以上も前に認識されながら、なぜ有効な対策を打てなかったのでしょうか。

非正規雇用者の増大という現実を見ずに、結局、政府の少子化対策が「大卒、大都市居住、大企業勤務」の若者を想定したものだったからです。私は東京23区では対策は有効だったと評価しています。東京23区では2006年ごろから子どもの数が上昇に転じ、約10年間は増え続けた。夫婦2人が正社員で共働きしながら子どもを育てるというモデルが定着しつつあったのだと考えます。
一方、他の地域では失敗しました。日本の若者のうち、かなりの部分を占めている自営業、フリーランス、非正規雇用や中小企業に勤める若者たちの実態を踏まえた対策ではなかったからです。