カテゴリーアーカイブ:行政

向大野新治著『議会学 増補普及版』

2024年8月13日   岡本全勝

向大野新治著『議会学 増補普及版』(2024年、吉田書店)を紹介します。2018年に出版された本の、増補版です。著者は、元衆議院事務総長です。

はしがきにも書かれているように、これまでの国会関係の本は、外国の制度との比較が主でした。他方で報道の記事は、党派と派閥の争いが中心です。その中間で、制度と実態とを橋渡しする解説や研究が少ないのです。この本は、そこを埋めてくれます。また、小話も豊富です。

西欧諸国を手本に、日本も議会制民主主義を導入しました。ところが、各国それぞれに「この国のかたち」があるように、制度は似ていても、運用と成果は大きく異なります。制度論ではなく、運用の実態とその問題、改善方策が重要なのです。
初めて当選した国会議員にも、よい教科書になるでしょう。

その点では、与野党の実態と機能、その事務局の仕組みと機能なども、近年の実態を書いた本も見当たりませんね。

一時的な現金給付は行動変容を遅らせる

2024年8月10日   岡本全勝

7月26日の日経新聞経済教室、阿部彩・東京都立大学教授の「あるべき家計支援、普遍的な現金給付避けよ」から。

・・・近年、様々な形での「家計支援」が行われている。2024年度税制改正では1人あたり所得税3万円、住民税1万円の定額減税が決定した。一部の高所得者層を除くすべての所得層に対する減税といえる。また、燃料油価格の激変緩和措置が継続されているほか、夏を乗り切るための緊急支援として電気・ガス料金への補助をするという。
コロナ禍における特別定額給付金以来、一時的な家計支援が頻繁に実施されるようになった。これらの支援策の特徴は、対象者を国民全体としてとらえていることだ。こうした普遍的な手法は家計支援だけではない。子育て支援策でも、児童手当の所得制限が撤廃されるほか、3〜5歳児の保育無償化も記憶に新しい。
自治体でも、給食費の無償化が拡大しつつあり、東京都や大阪府では都立・府立大学の授業料無償化に踏み切っている。ちなみに、保育所も大学も給食費も低所得者に対する支援制度は以前からあるため、これらの施策で新たに便益を受けるのは中高所得層である。

背景にあるのは、物価上昇や円安などで膨らんでいる国民の負担感だ。「国民生活基礎調査」によると、22年から23年にかけて生活が「苦しい」と感じる世帯は51.3%から59.6%に増えている。今や全世帯の約6割が、生活が苦しいと訴えている。こうした国民感情にあおられる形で、政府が小出しの現金給付策を講じているのである。
しかし物価上昇が一時的なものでない限り、こうした単発の家計支援は一時的な気休めにすぎない。これは一種の「感情政治(Emotional politics)」だと筆者は考える・・・

・・・これらが必ずしも得策でない理由は2つある。一つは、普遍的な給付・補助金の受益者の大半は生活に困窮しているわけではなく、給付が何に使われるかわからないことだ。
モノの値段が変化するなか、これまでの生活をそのまま「維持」するのがよいことなのか。それよりも、多少苦しくても新しい物価体系に対応して、省エネを進めたり消費行動を変化させたり、働いていなければ働き始めたりすることなどにより、日本経済を刺激すべきではないだろうか。一時的な現金給付はそうした変容を遅らせるだけだ。
一方、物価上昇が生活困窮に直結してしまう層には支援が必要だ。減税による家計支援策には、そもそも課税額が少なく減免できる「幅」が小さい低所得層に恩恵がフルに届かないという課題があった・・・

・・・普遍的給付が必ずしも得策でない2つ目の理由は、その他の必要なサービスの給付の拡大を妨げる可能性があることだ。負担感の背景には、資源(所得など)と支出の両面がある。資源の増加のみで対処するのではなく、必要な支出がかからないような国づくり・街づくりをするという両サイドの施策が必要だろう。
例えば近年、都会でも路線バスが廃止・縮小しており、交通難民の問題が発生している。その対策として、資源にアプローチする方法はタクシー代の給付であり、支出にアプローチする方法は公共交通サービスの維持・拡充である。
タクシー代の給付は普遍的に実施すれば、マイカーを持つ世帯にはただのお小遣いとなる。また、たとえ交通難民を正確に特定して「正しい人」にタクシー代を給付したとしても、その地域に十分なタクシー供給があるかなどの運営面の課題もある。公共交通サービスの提供であれば、「誰に給付をするのか」という面倒かつ不完全な選別をしなくてもよく、確実に交通難民を救える方法といえる・・・

最低賃金を下回る国家公務員給与

2024年8月9日   岡本全勝

7月29日の朝日新聞に「国家公務員の給与、207機関で最賃下回る 高卒一般職の初任給、8都府県で」が載っていました。

・・・国家公務員の給与が、最低賃金を下回っている地域があることがわかった。高卒一般職の初任給を時給に換算すると、地域の最賃を下回るのは少なくとも8都府県で200機関を超える。公務員は最賃制度の適用は除外されているが、人事院は最賃を下回らないように対応を検討している。

現在、国家公務員の高卒一般職の初任給は16万6600円。国家公務員の給与を定める「給与法」では、超過勤務手当を算出するための「勤務1時間あたりの給与額」の計算方法が示されている。これに基づいて計算すると高卒初任給の時給は約992~約1191円になる。時給に幅があるのは、勤務先がある市町村ごとに0~20%が加算される「地域手当」があるためだ。
日本国家公務員労働組合連合会(国公労連)が、厚生労働省、国土交通省、法務省、国税庁の出先機関と裁判所について調べたところ、8都府県の計60市町村にある207機関で高卒初任給が最賃を下回ったという。
最も多いのは最賃が1001円の兵庫県で、ハローワークが10カ所、税務署が8カ所など43機関だった。神奈川県の34機関、京都府が29機関と続く。東京都は12機関だった。
公務員は毎年1月で昇給する。現在の水準でみると、地域手当ゼロの地域では高卒で就職して最初の1月で時給が約992円から約1012円へと上がる。それでも千葉県など6都府県は最賃の方が上回っている。東京都と神奈川県の地域手当がゼロの場所で勤めると、高卒5年目まで最賃より低い水準が続く計算だ・・・

最低賃金50円引き上げ

2024年8月8日   岡本全勝

厚生労働省の中央最低賃金審議会が7月25日に最低賃金(時給)を全国加重平均で50円(5%)増の1054円とする目安を決定しました。
26日の朝日新聞に「官邸、こだわった5% 最低賃金1054円、過去最高50円上げ決定」が載っていました。
・・・過去最高の引き上げ幅に至る攻防には、「物価を上回る賃金」を掲げ、物価高の影響を差し引いた「実質賃金」のプラス転換を図る岸田文雄政権の強い意向があった。議論の舞台は地方に移るが、影響が大きい中小零細企業からは悲鳴も上がる。

「今回の力強い引き上げを歓迎したい」。岸田首相は25日、記者団にこう述べた。官邸関係者は「やはり5%という数字はインパクトがある」と満足そうに語った。
賃金の伸びが物価上昇に追いつかず、生活実感に近い実質賃金は過去最長の26カ月連続でマイナスに沈む。政権は、実質賃金のプラス転換を後押しする残された手段として、最低賃金を重視した。
今年6月の骨太の方針には「2030年代半ばまでの早い時期に全国加重平均1500円を目指す」と明記。実現には毎年3・5%程度の引き上げが必要な計算で、今回は目標を掲げてから初の議論でもあった。
政府は最低賃金の目安を決める中央審議会の運営には中立的な立場だが、6月の初会合から、大幅アップを求める強いメッセージを出した・・・

何度か書いているように、最低賃金を審議会で決めることがおかしいのです。内閣が責任を持って決定すべきです。審議会に委ねて、首相が人ごとのような発言をすることは変だと思いませんか。インフレ率を2%にする目標を掲げたことがありますが、それなら同時に最低賃金を2%以上挙げることとしなければ、実質賃金は目減りします。「最低賃金決定に見る政治の役割

26日の日経新聞は「最低賃金 世界の背中遠く」を解説していました。
・・・とはいえ、上昇率は、諸外国に比べれば決して高くはない。インフレ対応でドイツは22年10月、法定最低賃金を14.8%引き上げた。英国は24年4月、21歳以上を対象に最低賃金を9.8%上げた。
世界のなかで、日本の最低賃金の水準は大きく見劣りする。内閣府が24年2月公表の「日本経済レポート(2023年度)」で示した、経済協力開発機構(OECD)のデータをもとにした分析によると、22年のフルタイム労働者の賃金中央値に対する最低賃金の比率は日本の場合、45.6%。フランス、韓国(いずれも60.9%)、英国(58.0%)、ドイツ(52.6%)を下回る。

最低賃金法第1条は、最低賃金の目的として「労働者の生活の安定」を掲げる。しかし労働者の間には、その目的を果たせる金額に最低賃金が設定されているのかという疑問がある。
23年度の大阪地方最低賃金審議会では、労働者代表委員から、「大阪府最低賃金は昨年(22年)1000円を超えたが、年間2000時間働いても200万円にしかならず、いわゆるワーキングプアの水準」という声があがった。長時間働いても低収入にとどまる現状の是正を訴えた・・・

・・・欧州連合(EU)は22年10月に最低賃金指令案を採択。加盟国に、最低賃金を賃金中央値の60%以上とすることを目安に制度設計するよう求める。英国も賃金中央値に対する最低賃金の比率を6割に高める目標を掲げ、その後、3分の2への引き上げに上方修正した。
日本も最低賃金の引き上げに向けた明確な考え方や方針を示し、それに裏打ちされた目標を再設定する必要があるのではないか。最低賃金政策の背骨の部分だ。

引き上げ幅を議論する国や都道府県の審議会で、エビデンス(科学的根拠)重視が十分に浸透していない点も問題だ。
消費者物価、企業収益の動向や春の賃上げ率、雇用情勢など、各種の経済データを踏まえた議論が、数年前に比べれば審議会で増え始めた空気は感じられる。
しかし、学識者ら公益委員が労使間の調整作業に煩わされ、落としどころを探って上げ幅を詰めていくという日本的なやり方はいまだに根強く残る・・・

制度改革の前に実態対応

2024年8月5日   岡本全勝

仕組みの解説と機能の評価3」の続きにもなります。
連載「公共を創る」の主題は、日本社会が成熟し、行政の課題が大きく変化していること、それに日本の官僚制が追いついていないことです。ところが、実態は私の想定をはるかに超えて、変化しています。議論の前提としていた実態が変わり、政策や制度を変える議論では対応しきれない事態が出てきています。

例えば、地方自治制度です。地方自治法がその基本を定めています。社会の変化に沿って、制度改正を重ねてきました。大きなところでは、分権改革です。ところが、住民が減少して、自治体の存続が危ぶまれる地域が出てきました。高齢者が多く少人数では、行政サービスも提供できません。自治体がなくなれば、自治制度論どころではありません。

もう一つは、公務員制度です。これまでも、そして今でも、公務員制度改革や育成手法が主張されます。ところが、労働市場と職場の実態が大きく変わりつつあります。一つは職員が集まらないことで、もう一つは早期に退職する職員が増えたことです。国の役所や自治体は、あの手この手で職員を集めていますが、埋まらない職種もあるようです。まずは職員を集めなければ、仕事は進まず、育成どころではありません。
長期間続けてきた行政改革で、国も地方も職員を減らしてきました。その影響で、現場が疲弊しています。そのうえに、定数通りの職員数が集まらないと、さらに現場は人が足りなくなります。

制度改革議論の前提が変わり、これまでの制度論の延長では対応できません。コペルニクス的転回とも言えます。もっとも、少子高齢化はずっと以前から予想されていたので、現実的にならないと気がつかないとも言えます。