カテゴリーアーカイブ:行政

困る政治主導

2022年11月1日   岡本全勝

10月28日の朝日新聞に「4兆円一夜で丸のみ 政権窮地、自民強気の予算要求」が載っていました。
・・・自民党本部9階で26日午後、萩生田光一政調会長の怒号が響いた。「まだ議論をしている最中にそんなことをするなんてもってのほかだ」。矛先は、総合経済対策を議論する会議に出席する財務省幹部に向けられていた。
発端は、会議中に萩生田氏にかかってきた岸田文雄首相からの電話だ。「官邸に財務大臣が来て、経済対策の話をしている。萩生田さんの了承はまだ得られていないと聞いて急いで電話をした」
その直前、首相は官邸で、鈴木俊一財務相から、経済対策の説明を受けていた。財務省が示した補正予算の規模は、与党の意向もふまえたはずの25・1兆円。しかし、首相周辺によると、首相は「なんでこんなに少なくなっているんだ」と声を上げたという。萩生田氏は財務省の動きを「与党軽視」とみた。首相とのやりとりを会議で伝えると、出席者は「どうなっているんだ」「ふざけるな」と不満を爆発させた・・・
・・・萩生田氏は26日午後5時半ごろ、財務省幹部に「もっと積めるだろ」と、金額の調整を要求。萩生田氏や茂木敏充幹事長と連絡をとった首相も、その3時間あまり後の午後9時過ぎ、公邸に鈴木氏を呼び出し、見直しを指示した。「29兆円を超えられるように、もうひと頑張りできないか」
翌27日、財務省が提示した補正予算案の規模は4兆円多い29・1兆円。内訳には、元々あった「物価高騰・賃上げへの取り組み」や「新しい資本主義の加速」などに加え、「今後への備え」という項目が新たに加わっていた。
目標に掲げた30兆円にこそ達しなかったが、政調幹部は満足そうだった。「3時間で4兆円増えた。『時給1兆円』以上だな」・・・

官僚は、大臣、総理、与党幹部の、どちらを向いて仕事をすればよいのでしょうか。「政治主導」の主語は、誰でしょうか。次のような心配もあります。

・・・ふくれ上がった補正予算の規模に財務省幹部は唇をかむ。コロナ前まで経済対策といえば数兆円が相場だった。それがコロナ禍で数十兆円に巨額化し、「以前は兆なんて言ったら目玉が飛び出したが、今は平気で兆円単位。(コロナ禍の)一律10万円給付からおかしくなった」(官邸幹部)。
折しも、英国では9月にトラス政権がエネルギー価格高騰対策や減税などを打ち出したことで、財政悪化の懸念が一気に広まった。それが金利上昇やポンド下落などを招いて混乱に陥り、政権交代の引き金となった。
この間、財務省が有識者や市場関係者と対話する場では「英国を他山の石とするべきだ」「コロナ禍からの正常化は進んでいる。規模ありきの経済対策はダメだ」などの意見が相次いでいた。日本の国債残高は約1千兆円で、債務残高対GDP比は英国の95%をはるかに上回る263%で世界最悪水準にあるからだ。
経済対策について、財務省は当初、十数兆円規模を想定していた。需要と供給の差である「需給ギャップ」は、足元では15兆円ほど。需給ギャップを「埋める」どころか、大幅に上回る対策となったことで、過度な物価高を助長しかねないリスクさえある。
野村総合研究所の木内登英氏は「エネルギーや食品価格高騰の影響が大きい低所得者対策に絞るべきだ。財政がさらに悪化すれば、将来必要なお金を借金返済に回さざるをえなくなり、潜在成長力が低下する可能性がある」と指摘する・・・

児童相談所の業務急増

2022年10月30日   岡本全勝

10月20日の日経新聞夕刊に「児童相談所 夫婦げんかも対応」が載っていました。
・・・児童相談所の負担が増している。厚生労働省によると、全国の児童相談所が2021年度に対応した件数は20万7659件(速報値)と31年連続で増え、過去最多を更新。子どもの面前での夫婦間のドメスティックバイオレンス(DV)も児童虐待ととらえられるようになったことが背景にある。児相の人手不足の解消や通告制度の効率化が急務となっている・・・

相談件数の急増は、父から母への暴力とその逆、夫婦げんかも子どもへの心理的虐待に位置づけられたことが大きいとのことです。この10年ほどで相談内容は大きく変わりました。6割が心理的虐待で、身体的虐待の24%をはるかに上回ります。10年前は、身体的虐待の方が多かったのです。
怒鳴り声を聞いた近所の人が警察に通報することで、児童相談所に通告が行くのです。夫婦げんかは夜に多いので、東京都の場合は夜間に業務委託会社が通告を受け、翌朝に児童相談所に報告し、児童相談所が対応を決めるとのことです。

しかし、訪問しても対応は難しいことが予想されます。詳しくは記事をお読みください。

地域以外の選挙区はないか

2022年10月26日   岡本全勝

国政と中間集団」の続きにもなります。
憲法では、国民は国政・国会と直接つながりますが、選挙の単位は全国一つではありません(かつて参議院議員選挙に全国区がありました)。
衆議院議員は小選挙区と比例代表、参議院議員は選挙区(都道府県単位、ただし鳥取県と島根県、徳島県と高知県でそれぞれ一つ)と比例代表です。地理的単位と比例代表で選ばれます。ここで、選挙区内での争いとともに、選挙区間での代表(1票の格差など)が問題になります。

地理的単位でない、選挙単位はないのでしょうか。
一つ思いつくのは、年齢別選挙区です。例えば10歳ごとに投票し議員を選ぶのです。選ばれる議員数は、年齢階層別人口に比例させます(1票の格差がなくなります)。議員はその年齢階層に属するものとする場合と、必ずしもその年齢階層でなくてもよい場合が考えられます。すると、「私は、若者のために頑張ります」といった選挙公約が主張されるのでしょう。
その年齢階層別に、男女別に選出する(男女同数を選ぶ)とすると、国会議員は男女同数になります。

議会は、国内の対立を集約してまとめる機能があります。どのような単位でそれを代表させるか。地理的区分以外に、何か良い選挙区はないでしょうか。

新しい政治の対立軸は

2022年10月24日   岡本全勝

国政と中間集団」の続きになります。
政党や政治団体の機能について、長い間考えているのですが。政党は、日本社会の意見の違いを拾い上げているのか。また、労働組合は、なぜかつてほどの力を失ったか。知識人は、なぜかつてほどの影響力を失ったのか。新しく政党が対立するとしたら、どのような軸で対立するのかです。すると、日本社会には、どのような対立があるかを考えなければなりません。

戦後の日本では、「55年体制」といわれた、自民党と社会党の対立が政治の対立軸でした。保守と革新、右翼と左翼、親米と親ソ(ソビエト)とも言われました。しかし、冷戦が終わって、東西対立が消滅しました。資本主義対社会主義は対立軸でなくなりました。社会党が、存立基盤をなくしました。労働組合も、経済成長もあって、存在理由が希薄になりました。経営者対労働者も、対立軸にならなくなりました。

では、次の対立軸は何か。政治理論、目指す社会、政治勢力、政党を分かつ基準です。
私は、地方対都市が一つの対立軸だと考えていました。地方行政を仕事としていたことも、その理由にあります。もう一つは、借金を続ける現世代と、その借金を払わされるこれからの世代もあると思いました。でも、これらは主たる対立軸になりませんでした。

しかし、だんだんと社会内の対立が見えてきたようです。それは、これまでの政治理論とは、全く異なった次元のようです。その中の2つを取り上げましょう。
一つは、保守と革新です。といっても、かつてのような右翼対左翼、資本主義対社会主義ではありません。
極めて単純化すると、これまでの男社会、企業社会を続ける人たちが保守で、それを壊す志向が革新です。日本社会の行き詰まりは、これまでこの国を支えてきた男中心の社会、会社につくす生活態度に大きな原因があります。これを壊すことが、革新なのです。

もう一つは、社会にうまく適応できた人と、できていない人の対立です。正規対非正規に典型的に現れています。一億総中流は過去のこととなり、格差社会になりつつあります。その格差は、かつてのような単純な貧富の差ではありません。
引きこもり、不登校やいじめに遭った子どもも、入るかもしれません。このような、社会にうまく適応できなかった人たちは、政治勢力になっていません、なりません。この人たちの声をどう拾うか。労働組合はそれに失敗し、これらの課題はNPOが拾っているようです。野党には、その役割が期待されています。また、与党も政権を維持し、支持を広げるために、そのような新しい課題を拾うべきです。

このように見ると、日本社会と政治の停滞は、どのような未来をつくるのかについての合意や対立がないこと、そして現在社会の問題や対立を分析できていないことによるのでしょう。

国政と中間集団

2022年10月23日   岡本全勝

日本国憲法では、国民が国会議員を選挙で選びます。そこでは、途中に介在するものは書かれていません。しかし、「公共を創る」でも主張しているように、国民は直接国家と対峙するのではなく、いろいろな中間集団に属し、その支援と保護の下で暮らすとともに、集団としての意見を表明しています。

有権者の意見を集約する機能は、現在では主に政党が担っていますが、政党も日本国憲法には出てきません。
保守と革新、有産階級と労働者といった対立が明確で、それが社会の勢力を代表していたような場合では、政党が多くの中間集団を束ねて代表する機能を持っていたのでしょう。ところが社会が成熟化し、そのような二分論が不明確になると、2大政党制は成り立たなくなります。

労働組合や同業団体が力をなくし、他方で中間集団に属する人が少なくなると、どのようにして個人を政治に結びつけるかが課題になります。政治家や政党にとっても、支持母体や支援団体がなくなるのです。地域社会でのつながり(町内会)も希薄なりました。中間集団に属さない個人は、政治とのつながりをなくし、浮動する大衆となります。
国会は、国内の対立、意見の違いを集約する機能です。どのような対立を議論するのか。それが不明確になっているようです。