カテゴリーアーカイブ:社会

歩きスマホに見る日本

2025年8月30日   岡本全勝

鉄道各社が「やめましょう、歩きスマホ。」キャンペーンを実施しています。共通ポスターは、わかりやすいです。みんなが、スマホをのぞき込みながら歩いています。私は、この光景が今の日本を象徴しているように見えます。そして未来をも。

1「いま、ここ、わたしだけ」
スマホを見るのはとがめませんが、歩きスマホはやめて欲しいです。危ないです。
他人のことを気にかけず、自分の興味を優先する。それは、歩きスマホだけでなく、電車の中でもです。足の不自由な人や高齢者が乗ってきても、気づかず、知らんふりをして、画面に夢中になっています。困ったことです。

2 姿勢の退化
人類の進化を示す図があります。猿が、手を握って地面につけて歩きます(ナックルウオーク)。類人猿しだいに立ち上がり、猫背で歩きます。そして人類が直立歩行をします。その姿を、側面から図示したものです。
ところが、歩きスマホは猫背になって、人類が退化しているように見えます。超長期には、このようになるのでしょうか。

3 思考の変化
スマホ画面に夢中になるのは、人間の興味を引きつけるような内容だからです。刺激の連続です。そこには、ゆっくりと考えることがありません。また何かに悩んだときに、考える前にスマホで検索します。一定の答えが出ます。それは、まちがいかもしれません。しかしそれで満足して、それ以上の考えには進みません。
若者が新聞や本を読めなくなったとも言われます。スマホに依存することで、「待つ」ことができない人間も増えるでしょう。
川北英隆先生「スマホ見歩きのマイナス効果」

電車の定時運行が社会を変える

2025年8月28日   岡本全勝

日経新聞夕刊1面コラム「あすへの話題」、8月18日は市川晃・住友林業会長の「ジャカルタ都市高速鉄道」でした。そこに、次のようなことが書かれています。

ジャカルタは世界最大の渋滞都市ともいわれるように、市内の移動はまったく時間が読めず、スケジュールの変更も日常的です。なので時間に寛容な社会ですが、この地下鉄は定時運行をしています。住民は、時間通りに次々と電車が来ることに驚いたそうです。

さらに、、時間通りに電車が来るので、人が整列して乗車を待つようになったそうです。市川さんは次のように、書いておられます。
「定刻に列車を発車させるには整列乗車は有用であり、時間を守るということが人の生活習慣や価値観に大きな影響を与えている。地下鉄という新たなインフラがこれからのジャカルタ社会にどのような変化をもたらすのだろうか」

実は日本も同じ経験をしました。明治初年に鉄道を敷設した際、工事の監督に当たった外国人は、日本人が時間を守らないことに驚いています。そもそも、庶民の暮らしには、時計がなかったのですが。お寺の鐘も、2時間に1度鳴っていました。それも不定時法でです。午の刻は、昼の11時から13時でした。

貧しい?おじさんたち

2025年8月20日   岡本全勝

電車に乗っていると、「おじさんたちは、貧しいなあ」と思うときがあります。
35度を超える猛暑が続いているのに、濃紺のスーツを着ています。白いワイシャツ、ネクタイはなし。上着を手で持っている人もいます。
それなら、上着はやめたらどうですか。あるいは、上着はもっと明るい色の、夏用のものを着るとか。

貧しいという意味は、二つあります。
一つは、濃紺のスーツしか持っていないのでしょう。財布が貧乏という意味です。それなら、妻と相談して、夏用の上着を買ってもらってください。
もう一つは、その服装をなんとも思わない、意識の貧しさです。昔の写真を見ると、そんな格好をしている男性は見当たりません。上着なしにするのか、羽織るなら夏用の上着にしてください。
濃紺のスーツなら無難という意識も、困ったものです。

東京への憧れ

2025年8月14日   岡本全勝

過疎問題の原因の一つに、東京への憧れがあります。読売新聞「あすへの考」でも指摘しました。
先日、あることから、司馬遼太郎著『街道をゆく37 本郷界隈』(原著は1992年、朝日新聞社)を読みなおしていたら、287ページ「漱石と田舎」に、次のような文章がありました。

・・・本郷からすこし離れて、想像を自由にさせたい。
明治後の東京が異常な憧憬を地方からうけてしまったことについてである。
当時の英国の田舎に住む紳士階級にとって、首都のロンドンは単に、金融や商工業、あるいは政治をするためのいわばビジネスの機能であるにとどまり、特別な尊敬の対象ではなかったはずであった・・・
・・・アメリカもそうらしい。アメリカのある日本学者がいった。
「日本のふしぎは、田園(いなか)を一段下にみることですね。アメリカ人はニューヨークいに住むよりも、田園に住みたがります。日本人の場合、ひょっとすると逆ではないでしょうか」
ひょっとするとどころではない。こんにちの日本ほど東京への一極集中のはなはだしい時代はない。アメリカの若い人が、ワシントンD.Cにあこがれてのぼってくるなどという話はきいたことがないのである。

都あこがれという日本人の習癖は、はるかなむかしながら、八世紀初頭に出現した平城京(奈良の都)のころにさかのぼるべきなのかもしれない。
当時は商工業が未発達で、都市の必要などはなく、都市は存在しなかった。でありながら、唐の長安の都の三分の一の規模の大都市が大和盆地に出現したのである。青や丹で塗られた宮殿・官衙あるいは都城の楼門は圧倒的な威容を誇った。
日本じゅうが、まだ竪穴住居や掘立小屋に住んでいたころだったから、多少の謀反気をもっていた地方地方の土豪も心をくじかれたに相違なく、要するに津々浦々の鄙どもは、文明に慴伏(しょうふく)させられたのである。首都尊敬という型は、こときにはじまったかとおもわれる。

江戸時代の江戸は、さほどでもなかった。
政治的首都とはいえ、江戸は諸大名の城下の巨大なもので、古の平城京のように質がちがうというものではなかった。加賀百万石の城下の金沢も、規模の大小があっても、江戸と等質の都市だった・・・
・・・こういう状態が一変するのは、江戸が東京になってからである。
「神田界隈」のくだりでふれたように、明治後、東京そのものが、欧米文明を受容する装置になった。同時に、下部(地方や下級学校)にそれを配るという配電盤の役割を果たした。いわば、東京そのものが、”文明”の一大機関だった・・・

・・・ともかくも、明治の東京は、あらゆる分野で欧化に魁(さきがけ)をした。
八世紀の平城京は、やがてその”文明”を国分寺という形で地方に配るのがやっとだったが、一九世紀後半の東京は、機械の伝導装置のように、あらゆる学問や技術を、轟々と音をたてるようにして地方にくばった。
ただし、伝導には時間がかかった。地方へは十年は遅れた。明治の地方人にとって東京がまぶしくみえたのは当然だったといえる。
「東京からきた」
というだけで、地方ではその人物に光背がかがやいているようにみえた。おまなおそうなら、文化的遺伝といっていい・・・

高齢外国人の増加、介護支援

2025年8月11日   岡本全勝

7月28日の日経新聞に「高齢外国人23万人に介護の壁 認知症進み日本語忘れる「母語がえり」」が載っていました。

・・・日本に住む外国人に高齢化の波が押し寄せている。65歳以上の在留外国人は2024年末時点で23万人に上り、10年間で1.5倍に増えた。加齢や認知症のため日本語を忘れてしまう「母語がえり」がみられるなど、言葉の壁や食習慣の違いなど介護には特有の難しさがある。20日投開票の参院選で外国人政策に関心が集まる中、専門家は支援の強化を求めている・・・

出入国在留管理庁によると、65歳以上の在留外国人は2024年12月時点で23万447人。韓国・朝鮮人が6割、中国人が3万2000人、ブラジル人が1万5000人、米国人が8800人です。
課題となっているのが、介護の受け皿不足です。外国人の介護には5つの壁があるとのこと。コミュニケーション、識字、食事、文化や習慣、心の壁です。
彼ら彼女らは、介護保険制度に関する知識も乏しく、頼れる人がいない場合もあります。意思疎通もままならず、孤立しています

高齢者を含め、在留外国人の悩み、そして受け入れる地域社会を支援するために、専門の役所・部署が必要でしょう。出入国在留管理庁は出入りを管理する役所であって、在留外国人のお世話をする役所ではありません。地方行政に責任を持っている総務省が乗り出すべきだと思います。