カテゴリーアーカイブ:政治の役割

国民投票

2016年10月12日   岡本全勝

10月10日の朝日新聞文化文芸欄「国民投票を考える」から。
・・・EUの雄・ドイツ。その憲法にあたるドイツ基本法には、国民投票を明確に定めた規定がない。「戦前への反省から外したと言われます」。ドイツ近現代史に詳しい石田勇治・東京大学教授はそう語る。「実際、戦後ドイツでは一度も国民投票が行われていません。徹底した間接民主制に切り替えた結果です」
戦前は逆に、直接民主制的な要素を多く持っていたという。「大統領を国民が直接選ぶ制度もあり、その大統領がヒトラーを首相に任命した」
首相になったヒトラーは国民投票を連発した。ドイツが国際連盟から離脱したことを承認するか否か(1933年)、自身が総統の地位に就いたことを承認するか否か(34年)……。「投票テーマは政府が決めていた。いわば『上からの』国民投票です。国民が賛成するであろうテーマを選び、十分な情報を与えず投票させた。狙いは、国民に支持された指導者だという印象を内外に広めること。国民投票が独裁の正当化に使われたのです」
・・・アテネなどの民主政の歴史に詳しい橋場弦・東京大学教授は「アテネでは月に3回ほど大規模な『民会』が開かれ、男性市民全員が討議する形で政治方針を決めていた。直接民主制です」と語る。
「アマチュアの政治に見えるかもしれません。でも彼らから見れば、現代の国民投票の方が危なっかしく思えるでしょう。ふだん政治に関心のない人々に国の将来を左右する決定を委ねるのですから」
アテネ市民は日常的に密な政治参加をすることで、政治に熟達していた。「現代は間接的な代表民主制が前提で、実質的な政治参加の機会が何年かに一度の投票しかない。市民の政治関与が薄い」・・・

10月9日の日経新聞、Financial Times ジャミル・アンデリーニ氏(アジア・エディター)の「風前のTPP 米衰退映す」から。
・・・TPPが頓挫しかねない状況に陥っている事実は、大衆民主主義の危うさを表す最新の事例ともいえる。つまり、国家は国益にからむ問題を、無関心で内容を十分に知ろうとしない大衆の手に決して委ねてはならないことを立証している。最近でいえば、英国が国民投票でEU離脱を決めたこともその一例だ・・・(2016年10月12日)

アメリカの政治思想、2

2016年9月12日   岡本全勝

会田弘継著『増補改訂版 追跡・アメリカの思想家たち』から。
ポピュリズムという言葉は、アメリカで生まれたそうです。アメリカの歴史家リチャード・ホーフスタッターの定義では、次のようになっています(p229)。
1 中央に対する地方の反感
2 エリートに対する民衆の反抗・懐疑
3 外来のものに対する土着主義(ナティビズム、nativism)
4 一定の革新性

それに加えて、会田さんは次の項目を付け加えます(p231)。
5 結社拡大の性行
6 宗教的熱狂

ここでは項目だけ列記するので、わかりにくいでしょうが、本文をお読みいただくと、なるほどと納得します。単なるラベル貼りでなく、深く分析することの重要性がわかります。政治研究者やマスコミの政治部記者には、参考にして欲しい本ですね。

アメリカの政治思想

2016年9月11日   岡本全勝

会田弘継著『増補改訂版 追跡・アメリカの思想家たち』(2016年、中公文庫)が、勉強になります。
「アメリカに思想などあったのか?」と思われる人も多いでしょう。プラグマティズムといった哲学、あるいは企業家の経営哲学は思い浮かぶけど、政治哲学は知らないなあと。民主主義、自由主義で、せいぜい共和党と民主党の似たもの同士の争いと思われがちです。そのような思想で、独立し国をつくったのですから。
そして、自由主義陣営の盟主として、アメリカニズムを世界に普及しているというのが、一般的な理解ではないでしょうか。そのアメリカニズムは思想と言うより、豊かな消費社会という生活文化を真っ先に思い浮かべます。
ところが、この本を読んでいただくと、アメリカが、自由主義・民主主義の範囲内で、保守から革新や伝統主義まで、個人主義から共同体主義や社会民主主義まで、幅広い議論を積み重ねていることがわかります。
そして、それらの論客やその思想を体現した政治家が、国政でも議論を繰り広げるのです。
これには、共産主義陣営が崩壊し、民主主義と自由主義の枠内で、さまざまな立場の違いや考え方の違いが表れたこともあると思います。また、人種間の格差に加え、所得の格差が無視できないようになってきていることもあります。トランプ現象です。本書では、それについても鋭い分析がされています。文庫本で読めるのも、ありがたいです。

封建制や王政の歴史を持たないアメリカで、保守や伝統主義がどのような位置づけを持つのか。その点は、本書をお読みください。保守や革新という言葉は、ヨーロッパ、アメリカ、日本では、違った意味をもちます。歴史が違うので、言葉が持つ意味が違ってくるのです。保守や伝統主義にあっても、どの過去を理想とするのか、何を「伝統」と考えるかによって、各国でも違ってきます。
日本でも、保守を標榜する自民党が着実に改革を進め、革新を標榜するグループが「改憲反対」を訴えるという、ねじれがあります。あるグループが自らを「革新だ」と表現する場合、それをそのままに受け取るのか、あるいはその国の過去や現在の政治勢力・政治思想の中に位置づけて「実は保守に分類される」と分析するのか。それが、研究者やマスコミの仕事だと思うのですが。
それらの「分類」(ラベル貼り)は、時々の政治対立や社会問題を理解するためにつくられたものですから、現実社会や政治が変化すると、その分類は切れ味が悪くなります。現在の欧米では、保守と革新ではなく、ポピュリズムや貧困層と富裕層との対立、移民と元の住民との対立でしょう。日本においても、非正規雇用や子どもの貧困、安心できる子育てが重要な課題で、保守と革新では分類できません。安全保障については、たぶん大きな対立はないでしょう。非現実的な主張を除けば。

現実政治における政治思想について、日本においては、明確になっていないようです。冷戦期には、「自民党は保守で、自由主義、資本主義。社会党は、革新で、社会主義」との対立構図でした。とはいえ、万年与党と万年野党で議論による政策選択や政権選択がない(と多くの国民が考えている)状態では、議論は活性化しません。
冷戦終結後も、与野党での政治思想対立や政策選択議論は少なく、思想の構造的対立の議論は深まっていません。社会保障や安全保障において、その時々の対立はあっても、陣営に分かれた構造的対立になっていないのです。政権交代はありましたが、「自民党にお灸をすえる」という位置づけに終わったようです。
例えば、国民負担議論(大きな政府か小さな政府か)にしても、各党もマスコミも「小さな政府」「行政改革」と「安心できる社会保障」を主張し、それでは一方では(実現が困難な)理想論に、他方では程度の問題になってしまいます。

さらに、日本では、政党と国会でされる議論、新聞の政治面での記事、大学の政治学で教えられる内容では、この視点が欠落しているように思います。マスコミは十分な分析をせず、日々の政局記事を流します。研究者は、ヨーロッパやアメリカの政治対立や政治思想を講義しますが、日本の現実政治にはあまり立ち入りません。日本でこの会田さんの本のようなものを書くとしたら、どのような内容になるでしょうか。マスコミの政治部長に質問してみましょう。

日本の革新勢力がリベラルだという誤解

2016年9月3日   岡本全勝

読売新聞8月30日「リベラルとは何か」、井上達夫・東大教授の発言から。
・・・リベラリズムは歴史的に啓蒙と寛容の伝統に根ざす。その哲学的基礎は単なる自由ではなく、「他者に対する公正さ」という意味での正義の理念だと私は考える。自分の政敵に対してもフェアに振る舞うことで、政治社会を暴力的な無秩序の状態ではなく、言論と言論が戦う世界にすることだ。かつての革新が名乗る今のリベラリズムはリベラリズムに背反している。その典型が「護憲派リベラル」だ。
リベラリズムは、対立する諸勢力がフェアな政治的競争のルールを互いに守る姿勢の中に、法の支配や、憲法で権力を統制する立憲主義の基礎を求める。
ところが、護憲派リベラルは、自分たちの特定の安全保障政策を政敵に押しつける道具に立憲主義を利用している。専守防衛ならば自衛隊・日米安保条約は合憲だとする解釈改憲や、違憲だけど容認するというご都合主義に居直っている・・・
・・・9条改正の是非を「リベラル対保守」の対立と結びつけるのは的外れだ。
憲法に盛り込むものは、統治構造と基本的人権の保障だ。一方、非武装中立で行くか、個別的自衛権にとどまるか、集団的自衛権へ行くか、などは安全保障政策の問題であって、特定少数者の人権と関係ない。政策論争の問題だ。
ただし、国民の無責任な好戦的衝動や政治的無関心から、政府が危険な軍事行動に走らないよう、戦力統制規範を憲法に盛り込むべきだ・・・最低限、軍隊の文民統制と、武力行使に対する国会の事前承認は憲法で明定すべきだ。この最低限の戦力統制規範すら現憲法が欠くのは、9条により、戦力が存在しない建前になっているからだ。「9条が戦力を縛っている」は護憲派のうそ。9条のため憲法は戦力統制ができない・・・
佐伯啓思・京大名誉教授の発言から。
・・・日本では戦後、歴史と伝統の一貫性を強調しつつ、現実には日米同盟を中心に国益の実現を目指す保守と、社会主義に共感しながら労働者階級の利益を目指す革新が対立した。自由より社会主義を目指す点で、革新はリベラルとはいえない。米国型リベラルが重視した福祉や平等を現実に実現したのは自民党だ・・・
原文をお読みください。

大日本帝国の解体、植民地との関係

2016年9月1日   岡本全勝

朝日新聞8月27日「戦後の原点」テッサ・モーリス=スズキさん「突然の帝国解体、旧植民地と未清算の一因」から。
「多くの日本人にとって、帝国が解体したログイン前の続きという歴史意識は薄いのでは」という問いに。
・・・日本は戦争に敗北した瞬間、それまでに得た支配地域を手放さなければならなくなりました。しかも、それは突然でした。大英帝国の場合、アジアやアフリカで独立運動も起き、植民地支配の終わりは少なくとも数十年をかけて進行するプロセスでした。
本は対照的です。敗戦と同時に突然帝国が終わったことは、旧植民地との間に今日まで未清算の問題が残る一因になりました。
日本では悲惨な敗戦体験もあり、責任意識より被害者意識のほうが支配的になりました。市民レベルでの旧植民地とのつながりが突然断ち切られたことも、双方の歴史認識の隔たりを広げた。日本政府は清算に積極的に取り組まなかったが、冷戦構造にすぐ組み込まれたせいで台湾や韓国の人々が日本を強く批判できなくなった事情もある・・・
これは、あまり取り上げられない論点です。歴史の教科書にも取り上げられることは、少ないでしょう。しかし、日本の政治家やオピニオンリーダー、アジアで活躍する人には、必須の項目です。原文をお読みください。