カテゴリーアーカイブ:政治の役割

アメリカ抜きの国際制度

2017年7月24日   岡本全勝

朝日新聞7月19日、藤原帰一・東大教授の「「アメリカ第一」の皮肉 弱まる世界への影響力」から。
・・・トランプ政権が発足してから半年が経った。その間に明らかになったのは、トランプ大統領の下におけるアメリカが国外への影響力を失いつつあることである。
その一面は、アメリカ政府の自発的な行動の結果である。「アメリカ第一」を掲げるトランプ政権は、政権発足直後に環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱し、二ログイン前の続きつの首脳会議、G8とG20においてアメリカ以外の諸国が反対を明示したにもかかわらず、環境保護に関するパリ協定からも離脱した。各国がアメリカを追い出そうとしたわけではないから、アメリカが意図的に退いたわけだ。
だが、アメリカが抜けた後にも国際的制度や機構は揺らいでいない。日本は欧州連合(EU)と経済連携協定について大枠合意に達し、TPPについてはハノイでアメリカ抜きのTPP11実現を目指す閣僚会合が開かれた。パリ協定についても、アメリカを除くG8・G20諸国は支える方針で一致している。貿易でも環境保護でもアメリカの撤退はアメリカなき国際合意への道を開いたのである。もしアメリカ政府が、アメリカが国際協定から離脱すれば各国が動揺し、国際協定の再交渉に合意するのではないかと期待していたとすれば、その期待は裏切られた・・・
・・・問題は、トランプ氏が政策遂行を専門家に任せようとしないことだ。この情勢が変わらない限り、つまりトランプ氏がトランプ氏であり続ける限り、アメリカの後退は続き、日本もEUも、アメリカ抜きの国際体制を作ることを強いられる。トランプ氏はアメリカを弱くした指導者として歴史の中で記憶されることになるだろう・・・
原文をお読みください。

説明責任

2017年7月20日   岡本全勝

7月19日の朝日新聞オピニオン欄、「説明責任はどこへ」。
井上達夫・東京大学教授の発言から
・・・アカウンタビリティーは説明責任と訳されますが、私は「答責性」と言っています。ただ説明すればいいというのではなくて、きちんと説明しないと責任を問われて首が飛ぶという緊張感ある概念です。政治家の場合は選挙で落とされ、官僚の場合は解任されたり左遷されたりする・・・

小田嶋隆・コラムニストの発言から
・・・説明責任という言葉をメディアが使う場合は、こういう人にこういう種類の説明責任を問うと、範囲と対象を明確にする「報道責任」があるのではないでしょうか。
日本社会では、アカウンタビリティーはメディア側では首を要求する言葉になり、責められる側では誰の首を差し出せば決着するのかを考える言葉になっているような気がします。
アカウンタビリティーを「説明できる状態での業務遂行を推奨する概念」と表現するべきだと思います。少なくとも、自信を持って説明できる状態で自分の職務に取り組むということです。米英的な民主的で明快な組織運営の中で、個人が緊張感を持って組織と対抗していくなかで出てくる発想です。
しかし、日本の組織は誰の業務なのかがわからず、「みんなでやっています」となっています。問題が起こった時に誰が責任を取るのかといえば、その時に偶然、課長の椅子に座っている人だったりします。単なるトカゲのしっぽ切りのようになって、政治家でいえば秘書に責任を取らせるようなことが起こります・・・

砂原教授の新著

2017年7月9日   岡本全勝

砂原庸介・神戸大学教授が、『分裂と統合の日本政治ー統治機構改革と政党システムの変容』(2017年、千倉書房)を出版されました。砂原君は、昨年からカナダ・ブリティッシュコロンビア大学で研究中です。

今回の著書は、これまでの論文を整理加筆したものです。著者が、「地方政治と国政との、国政と地方政治の関係(その不十分さ)」について、この10年近く研究を重ねてきた成果です。
著者の言葉を借りれば、「選挙制度改革と地方分権改革を踏まえて国政と地方政治で統合のあり方がどう変わったかを議論しているものです。今回の都議選でも明らかなように、現状で最も政治的資源を持つ政治家は(内閣のトップクラスを除けば)知事であり、知事への統合が国政政党の分裂をもたらすと考えています。そういった背景をもたらす制度的な要因として、地方議会の選挙制度の問題点を論じてその改革を主張しています」。

民主党政権の失敗を元に、次のような説を立てています。
・・・なぜ自民党と民主党による二党制は十分に制度化されてこなかったのか。本書はその要因を、国政とは異なる選挙を通じて知事・市長や地方議員が選出される地方政府が重要な権限を持つことにより、「地方」で国政とは異なる独自の政治的競争が展開されることに求める・・・(p19)。
・・・もとより国政政党にとって、地方議員に規律を及ぼすことは容易ではない。一方で選挙制度改革によって、政党執行部が国会議員対して規律を強めることができたとしても、他方で地方分権改革を通じて強化された知事や市長が国会議員や地方議員に対する影響力を強めることになると、国政政党の地方に対する影響力はますます衰える。有権者と政府の意思決定をつなぐ政党システムを制度化することを考えるならば、国政と地方政治の関係を再構築する制度的な整備が必要であろう・・・(p31)。

自民党は政権党として、利益分配によって、地方政治家を「吸収」します。他方で、社会党は反対党として、また労組の支えによって、国政でも地方政治でも一定の支持を集めました。しかし、2大政党制を目指した小選挙区制がもたらしたのは、反対党と期待された民主党の凋落です。大阪維新の会、都民ファーストという地域政党が、党首の魅力によって地域で大きな支持を得ます。しかし、それは国政にはまだ反映されません。

日本の政党政治を議論する際に重要でありながら、これまでは国政と地方政治とは合わせて議論されることが少なかったです。また、国政政党が「足腰を強くする」ためには、国政政党が地方政治家を「統合する」ことに力を入れることが必要です。時の「風」を期待するのではなく、地域から政党組織を強くする必要があります。
地方議会の選挙制度改革で必要であると、著者は主張します。重要な視点の分析の書であるとともに、今後に向けての提言の書です。

「1人政党」と政党の役割

2017年7月7日   岡本全勝

7月6日の朝日新聞オピニオン欄「自民大敗の底流」、宇野重規・東大教授の発言から。
・・・注目すべきなのは、党首が非常に強く、候補者は誰でもよいといった「1人政党」の問題です。安倍晋三首相と小池百合子知事が衆院議員に初当選した1993年の総選挙では、細川護熙さんが日本新党のブームを起こします。その後も、郵政解散の小泉純一郎首相、橋下徹さんの大阪維新の会、今回と続いてきました。これだけ次から次へと1人政党が生まれ、旋風を起こす国は日本だけでしょう。米国で、いくらトランプ大統領がかき回しても、二大政党は残っています。仏総選挙では、「共和国前進」などマクロン大統領の陣営が躍進しましたが、中道政党の結集という側面があり、1人政党とはいえません。
政党は、民意を吸い上げて政策体系、パッケージをまとめ上げる機能と、時間をかけて訓練と選別を重ね、国政を担いうる経験と人格を備えた人材を育てる機能を持っています。1人政党は、そうした機能を放棄し、瞬間風速だけを重視します。そうなると、風を受けたカリスマやスターの交代劇だけが政治になってしまいます・・・

原文をお読みください。

分解するイギリス

2017年7月2日   岡本全勝

近藤康史著『分解するイギリス―民主主義モデルの漂流』(2017年、ちくま新書)が勉強になりました。
世界を驚かせた昨年6月の、イギリスのEU離脱国民投票。しかし、近藤先生は、これは突然起きたのではなく、以前から進んでいたイギリス民主主義の変質が表面化したものだと分析します。

かつて民主主義のモデルとされたイギリス。そこには、二大政党制、小選挙区制、一体性の強い政党、強い執政とリーダーシップ、集権国家がありました。そしてこれらがよく機能し、国内の政治対立を議会政治の中で処理してきたのです。対立する二大政党は、国民の意識を汲み取るとともに、合意により解決していきます。
日本も、お手本としてきました。1990年代に行われた政治改革は、まさに、小選挙区制、強い執政をつくるものでした。

ところが、いろいろな課題と局面で、この仕組みが機能しなくなりました。EUへの距離感、スコットランドの独立の動きなど。国民の意識が、左右の二大政党と違った形で分裂するのです。
EU離脱なども、保守党対労働党でなく、それぞれの党内に賛否が分かれます。二大政党の得票率は低下し、多党化が進みます。しかし、二大政党と小選挙区制は、さまざまな意見を汲み取ることができません。

次のような趣旨の記述もあります(p124)。
もはやイギリス国民は、階級や左右というイデオロギーの違いでは、投票する政党を決めていない。政党が提示する政策には大きな違いがなく、有権者は合意された政策目標について、どちらの党が効果的に達成するかが選択の基準になっている。
これを、ヴェイランス・モデルと呼ぶのだそうです。

確かに現在では、政党は、主要な政策について、大きな違いを打ち出すことができません。安全保障、福祉について、さほど違った政策は主張できません。福祉充実を訴えたら、その財源はどうするのか。増税抜きで高福祉は無理だと、国民は知っています。
しかし、そのジレンマや閉塞感が、国民を理性的でない判断にも追いやるのでしょう。
EU離脱やトランプ現象も、理性で考える有識者の判断と、感情で投票した多くの国民との違いが、出てきたものだと思います。

これまで安定した民主主義のお手本として、イギリス政治はありました。それがモデルになったのです。では、これからはどうなるか。このような混迷をどのように切り抜けていくか、そこにイギリスはモデルとしての位置にあります。
イギリス政治に関心ある方だけでなく、日本の政治(制度)を考えるには、必読の本です。