カテゴリーアーカイブ:政治の役割

政府の機能

2010年2月15日   岡本全勝

佐々木毅教授「政府の危機」『公研』2008年2月号から。
世界の金融市場がサブプライム問題で激しく動揺し、実体経済の行方についても一時の楽観論は少なくなってきた・・東京市場は万国に冠たるほど株価が急落したが、政府関係者は至って冷静というか、無関心で、国際的にも誠に際だっている・・この冷静さは自信の現れではなく、恐らくは無力感の現れである。しかし、このことと無関心とは異なるはずである。無関心とは初めから思考が停止している状態であり、考える気力もエネルギーもない状態を指している・・
・・かつては、政府と民間との関係は極めて密接であり、政府が業界に傾斜していたことは、首相が今度の所信表明演説で認めている通りである。しかしその後、「官から民へ」と構造を変えた結果、今や諸外国に類例を見ないような「官」「民」相互無関心体制になったのではないかというのが、私の疑念である。
・・経済政策とか内需とかいう言葉はほとんど聞かなくなり、無関心の中で国民負担増問題だけが脚光を浴びるという甚だ不正常な状態が続いている。よく日本の存在感が急落しているといわれるが、政府の存在感が国内でも急落しているのであるから、国際的に何が起こっても不思議ではない。
・・「官から民へ」ということには、例えば、政府が市場を上手に活用して国民生活を活性化することが当然含まれている。昔のような行政指導や補助金は使わないで何ができるかが問われている。また、グローバル化時代においては、安定化要因としての政府の機能は極めて重要であり、その役割を真摯に絞り込み、速やかに実行する機動性が求められている(年金問題などを見ていると、政府はそれとは逆に不安定要因として機能している)・・

PKO協力・治安維持

2010年2月12日   岡本全勝

2月10日の日経新聞経済教室は、岩間陽子政策研究大学院大学教授の「今後の国際平和協力の方向・警察の役割が重要に」でした。破綻国家では、治安維持のために、PKO活動として、軍隊ではなく警察の役割が大きいのです。しかし、受け入れ国の実情と、派遣国の実情が異なり、なかなかうまく機能していないのだそうです。記述にあるように、日本は1992年のカンボジアPKOの際に、警察官が死亡するという事件が起きて以来、警察は派遣していません。
事件の後、当時の宮沢首相と河野官房長官の指示で、村田自治大臣兼国家公安委員長が、カンボジアに派遣されました。私は自治大臣秘書官として、お供をしました。その際のことは、今もなお、強い印象として残っています。

PKO協力・治安維持

2010年2月12日   岡本全勝

2月10日の日経新聞経済教室は、岩間陽子政策研究大学院大学教授の「今後の国際平和協力の方向・警察の役割が重要に」でした。破綻国家では、治安維持のために、PKO活動として、軍隊ではなく警察の役割が大きいのです。しかし、受け入れ国の実情と、派遣国の実情が異なり、なかなかうまく機能していないのだそうです。記述にあるように、日本は1992年のカンボジアPKOの際に、警察官が死亡するという事件が起きて以来、警察は派遣していません。
事件の後、当時の宮沢首相と河野官房長官の指示で、村田自治大臣兼国家公安委員長が、カンボジアに派遣されました。私は自治大臣秘書官として、お供をしました。その際のことは、今もなお、強い印象として残っています。

自衛隊海外派遣・国際協力

2010年2月4日   岡本全勝
今日の日経新聞夕刊に、「自衛隊派遣、揺れた20年」が、特集されていました。1991年第一次湾岸戦争の時に、巨額の資金支援をしながら、人的貢献をしないことで、海外から大きな非難を浴びました。それがきっかけになり、1991年ペルシャ湾への掃海艇派遣、1992年のPKO協力法制定、それに基づくカンボジアPOKと、自衛隊の海外派遣を進めました。記事には、わかりやすい簡単な年表もついています。
当時は、大問題でした。しかし、もう20年前のことですから、今の大学生や若い人たちは、知らないのですね。
私は、連載「行政構造改革」第1章第2節3見えてきた日本の成功の問題点(2)「国際貢献を考えない」などで、国際貢献をしなかったことを、日本の失敗として取り上げました。
憲法において「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」と宣言しながら、そのための努力や貢献をしなかったことです。
授業では、次のようなたとえ話をしています。
村の共同井戸に、ならず者が来て、火をつけた。村人が総出で、消火に当たった。その時に、岡本の息子だけが、消火に加わらなかった。「うちには、『息子を危険なところに出してはいけない』という家訓があるから」と。村の人は言った、「でも、共同井戸から一番たくさん水をくんでいるのは、岡本さんですよ」と。
消火が終わって、村人が慰労会をした。岡本家は「慰労会の費用を、みんなの分も出します」と、たくさん寄付をした。そして、「わが家の息子も、慰労会に参加します」と言ったけれど、村人は「一緒に汗をかいた者の打ち上げですから、岡本さんは結構です」と言って、参加させてもらえなかった。学生諸君は、どう考えますか、と。

高齢者は弱者か

2010年1月9日   岡本全勝

週刊「東洋経済」2008.1.12号「経済を見る眼」八代尚宏教授の「高齢化社会へ対応した年金改革を」から。
・・過去の高い成長期には、働く者は年々豊かになる一方で、貧弱な蓄えに依存した高齢者は、疑いもなく「弱者」であった。その意味で年金や医療保険における世代間の負担と給付の格差は、公平な所得再分配であった。しかし、戦後生まれの団塊世代が引退期を迎え、高齢者世代はもはや弱者でなく、最も所得や資産の格差が大きな年齢層でもある。
社会保障の負担を若者世代につけ回すのではなく、貧しい高齢者の生活保障は、豊かな高齢者の負担で賄う、同一世代内の所得再分配を基本とする必要がある・・