カテゴリーアーカイブ:官僚論

キャリア官僚の責任

2007年12月17日   岡本全勝
16日の東京新聞「時代を読む」は、佐々木毅教授の「閉塞状態から脱出するには」でした。そのうち、官僚制に関わる部分を一部抜粋します。詳しくは原文をお読みください。
・・今年は・・政治の話題に事欠くことはなかった。しかし、外見上の派手な動きにもかかわらず、総じて気が滅入るような雰囲気が社会全体を覆っている。その原因の一つは、相次ぐ「行政の失敗」である・・
行政の感度の鈍化は、行政不況のような由々しい事態を招いている。労働市場において、公務員という職種が「負け組」になっているという指摘はいわれて久しい。これでは、劣化は進むばかりである。放っておいて、事態が改善する見込みはない。このままでは、公務員集団は社会の中で異物化しかねない。
かくして公務員制度の改革は「やるかやらないか」という選択の問題でなく、「いつやるか」という選択の問題になった。生かしうる人材を生かすためにも、それは欠かせない。当然のことながら、「政権は握っていたい、しかし使用者責任は御免だ」という話はもう終わりにしなければならない。政権に使用者責任がないといった話を、もはや誰も信じていないのである・・

キャリア官僚の責任

2007年12月7日   岡本全勝

6日の日経新聞連載「働くニホン」は、「公職にも新陳代謝。崩れる安定、新たな志問う」でした。キャリア官僚のエリートイメージが崩れた話も、書かれています。

キャリア官僚の責任

2007年10月22日   岡本全勝
22日の読売新聞は、社会保険庁問題を、2ページにわたって特集していました。堀田力さんが、次のように書いておられます。
「・・労働組合の責任が大きいのは当然だが、組合を言い訳に何もできなかったキャリア官僚の責任も重大だ・・」
官僚の一人として、とても残念に思います。私も、組織の不祥事の実態究明・お詫びをしてきました。それとともに、これまで日本社会で信頼を保っていた行政組織・官僚機構が信頼低下していることについて、危機感を持っています。それは、このような不祥事だけでなく、官僚の仕事の成果が社会の期待に応えていないことから、生じています。
日々の業務において失敗を起こさないこと、よりよい結果を出すことは当然です。それ以上に、後輩たちに少しでも良い環境を残したいと思って、仕事をしています。連載「行政構造改革」は、その危機感から執筆しています。

変わる公務員の働き方

2007年10月19日   岡本全勝

19日から朝日新聞は「働く」で、公務員の働き方を、職員一人ひとりを追いかける手法での連載を始めました。初回は、「リストラの嵐、役場へ。増える仕事、減らされる給与」です。親方日の丸だとか、首にならないといった、これまでの公務員像が変わっていることを、明らかにして欲しいですね。

大部屋と雑然とした職場

2007年9月3日   岡本全勝
月刊「論座」10月号に、林香里東大准教授が、整理整頓が行き届いた職場ほど、ワーク・ライフ・バランスの意識が高いという説を書いておられます。
日本のマスコミや官庁では、うずたかく書類が積み上げられ、その谷間で仕事をしている。一方、ドイツでは職場は整然としている。もちろん、ドイツ人にもだらしない人はたくさんいる。その理由として、ドイツでは、大臣でも記者でもパン屋さんでも、3週間の夏休みを取る。そのためには、「代理」が必要になる。すると、資料は整理する必要がある。また、代理を立てるためには、ジョブ・ディスクリプションが必要である。
日本では、大部屋で責任分担が明確でない。各人が私物化した資料が積み上がり、他者に対して立ち入り禁止宣言している状態になる。代理も立てられない。「他人をもって代え難い」が優秀さになる。
私なりに紹介すると、こうなります。我が意を得たりです。詳しくは、原文をお読みください。