カテゴリーアーカイブ:連載「公共を創る」

連載「公共を創る」第249回

2026年2月19日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第249回「政府の役割の再定義ー国民の意識で変化する「この国のかたち」」が発行されました。

地方に若者が、特に女性が戻らないことが、日本全体の人口減少と連動しています。少子化を止めるためには、若い女性が地方に戻り、家庭を持って安心して子育てができるようにしなければなりません。日本全体の人口が増えないと、各地域で子育て支援金を増やしたりして人口の社会増に力を入れても、「限られたパイの奪い合い」、いえ「縮小するパイの奪い合い」になってしまいます。各地域ではそれぞれに工夫を凝らしながら、政府は全体の人口が増えるような最適解を考えなければなりません。

成果・結果から見ると、30年以上にわたる経済停滞は、経済・産業政策に失敗したという結果にほかなりません。また、地方の活力低下は、国土の均衡ある発展を唱えながら、それに失敗したということです。少子化も、かなり古くから指摘されていながら好転しないのは、これまでの取り組みが失敗だったということです。

非正規労働者にしろ、結婚しない若者にしろ、地方に戻らない女性にしろ、彼ら彼女らに主たる原因があるのではなく、そうせざるを得なくしている社会の側に問題があります。非正規労働者が雇用者全体の4割近くになっている状況で、「努力が足りない」とか「非正規雇用を選んだ本人が悪い」とは言えないでしょう。困っている対象者への支援はもちろん必要ですが、社会の側を変えなければ、根本的な解決にはなりません。
大都市に偏っている雇用の場。保育園の送り迎えが難しい長時間労働や長距離通勤。都会への憧れ。これらの仕組みと意識は、豊かになろうとした国民と企業がつくり上げたものです。多くの国民がおかしいと思いながら、そして住民が負担を感じながら出来上がり、国民は仕方なくそれを受け入れてきました。しかし、この仕組みと意義はもう役割を終えました。

日本が直面しているのは、「夫は私生活を犠牲にして職場で働く、妻は家庭を守る」という「昭和の働き方」から、「男女共同参画で、仕事も私生活も両立させる暮らし」への転換です。その昭和の働き方は、憲法が定めたものでも政府が主導したものでもありません。経済成長に邁進した国民と社会がつくったのです。
「この国のかたち」は社会の隅々まで行き渡り強固なものに見えますが、変化しないものではありません。例えば、日本の街は清潔できれいです。海外旅行から帰って来ると、実感します。ところが、かつてはそうでもなかったのです。また、日本社会は時間に正確です。鉄道は数分遅れただけで、お詫わ びの放送を繰り返します。学校や会社では「5分前集合」と教えられ、少しでも遅れると叱られます。これも明治以降のことのようです。

連載「公共を創る」第248回

2026年2月5日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第248回「政府の役割の再定義ー「生活者中心の社会と暮らし」への変化を」が発行されました。地方の問題である人口減少と活力低下に対して、政府や地方自治体が取り組んできた政策が成果を挙げていないことを説明してきました。

次に、日本の問題である少子化と人口減少についてです。地方での活力低下と、日本の少子化・人口減少は、連動しています。
少子化・人口減少の背景にも、「経済的要因」と「国民意識」があります。少子化は「夫婦が子どもを持たなくなっていることが原因だ」といわれますが、それは間違っているようです。その前に、結婚する若者が減っているからです。子どもの数を増やすには、子育て支援の前に、未婚対策を行わなければならないようです。

経済的要因では、長期不況で非正規労働者が増え、その人たちは給与が低く、将来の生活にも不安があり、結婚に踏み出せないのです。婚姻数を増やすには、非正規労働者を減らして安定した職にするとともに、家族生活が可能な水準まで給与を上げる必要があります。考えられる一つの対策は、短時間正社員制度です。
「リストラ」「小さな政府」という主張の下、人件費を削ってきたツケが回ってきたとも言えます。若い人の給与を引き上げ、身分を安定させること、そのためにも日本経済の再生が少子化対策の肝でもあるのです。

意識調査では、若い人の結婚願望は昔と大きく変わっていません。「結婚したいけどできない」という人も多いのです。雇用を中心とした暮らしの安定と、将来の子育てについて、自信が持てないからでしょう。少子化の原因は、若者が結婚したくないという意識を持つかどうかにあるのではなく、若者に安心して子どもを持てるような環境を提供していない社会の側にあります。
働き方改革が進みつつありますが、残業が多かったり、育児休業が取りにくかったりすると、子育てができません。保育園を増やすといった直接的な支援だけでなく、社会の仕組みと国民全体の意識を変えていく必要があるのです。子育ては、働き方改革と男女共同参画型社会実現の結節点にあります。

通勤地獄と長距離・長時間通勤も変えなければなりません。これは、夫が働きに出て、妻が家庭を守る「昭和の働き方」だからできたのです。
企業内保育園への子どもを連れての出勤、あるいは自宅近くの保育園への送迎は、職住が離れていては難しいのです。大都市集中を改善しないと、子どもの数は増えないでしょう。
これらの問題は、企業が取り組まないと改善しません。

連載「公共を創る」第247回

2026年1月22日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第247回「政府の役割の再定義ー地方創生が進まない要因」が発行されました。人口減少と活力低下という地方の一番の問題に対して、政府や地方自治体が取り組んできた政策について議論しています。

地方の活力低下と東京一極集中の問題に関して、新聞社の取材を受け、私の考えを述べたことがあります(2025年6月8日付読売新聞「あすへの考」「人口減 令和の処方箋 地方創生 本気で 大胆に」)。
ふるさと創生事業に始まる地域おこし政策は、全国各地で活発になり、各地で自らの地域について考える引き金になったと思います。その点だけでも、大きな成果がありました。ただし、地域の魅力の発見だけでなく、経済面を含めた活力向上や人口増加については、幾つかの特徴ある小規模自治体を除いて、目に見えるような成果は挙がっていないようです。一部の地域で人口が増えても、日本全体の人口が減少する中では、地域間の奪い合いでしかありません。

2024年6月10日に内閣府地方創生推進事務局などが公表した「地方創生10年の取組と今後の推進方向」では、この10年間の取り組みについて一定の成果があったと評価しつつ、「国全体で見たときに人口減少や東京圏への一極集中などの大きな流れを変えるには至っておらず、地方が厳しい状況にあることを重く受け止める必要がある」と、政府の機関としては珍しく十分でないことを認めています。

私は、次の三つが大きな原因だと考えています。
一つ目は、地方自治体の力不足と、自治体の政策でできることの限界です。二つ目は、産業・経済の事情です。三つ目は、国民の意識です。

三つ目の点に関して、幸福度調査で常に上位に来る富山県でも、若い女性が戻って来ません。その理由を聞くと、意外なことに、「暮らしにくさ」を挙げるのです。それは、家庭や地域に残る「古風な意識」が原因です。夫の親との同居や、家事と育児を当然のように妻の仕事とするといった意識と生活です。昭和時代の標準とされた「夫は働きに出て妻が家庭を守る」という偏った性別役割分担が、共働きが多くなった現在にも残っていると感じているようです。地域のしきたりも変わらず、女性にとって不自由な社会だという認識があるのです。

連載「公共を創る」第246回

2026年1月15日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第246回「政府の役割の再定義ー「自ら考え自ら行う」自治体への転換」が発行されました。地域での大きな課題である、人口減少と活力低下について議論しています。これまで、国による国土政策とともに、地方自治体での独自の取り組みとそれを支援する政策の流れがありました。後者の始まりとなった、ふるさと創生事業について説明しています。

私は1990年から、当時の自治省財政局交付税課長補佐として、その算定に携わりました。
それまでの交付税の算定の哲学は、全国「一律」の行政サービスを保障するというものだったのに対し、一連のふるさと創生事業は各自治体が知恵を出した「個性」を支援するものです。地方交付税制度と算定の担当者として、それまでは「どの自治体でも同一の行政サービスを提供できるようにするのが地方交付税の役割」と教えられ、そのように説明していました。ところが、ふるさと創生事業によって、「自治体の創意工夫を応援する」「自治体間に差をつける」ことになり、どのように説明したら良いのか悩みました。学者の方々の知恵も借りて、地方交付税の「哲学の変更」をすることにしました。

今では隔世の感がありますが、国の指示を実行することに慣れていた地方自治体が、自ら地域の振興を考えることは、当時としては画期的なことでした。
それまでの地方行政は、全国どの自治体でも同じような行政サービスを実施できるように、国が基準を決め、国庫補助金と地方交付税とでその実施を担保していたのです。そして、経済発展の果実である税収を財源にして、それに成功しました。経済格差によって財政力に大きな違いがある地方自治体間で同じ行政ができるようにしたことは、世界でも先駆的で素晴らしいことでした。
しかしそれはまた、地方自治体が国の指示に沿って動くことを「制度化」してしまいました。それは固定観念となって、国民の多くがそれを疑わなかったのです。その結果、「自治体」と呼ばれつつ、その自由度は限られていました。

ふるさと創生事業を実施して、見えてきた問題もありました。ふるさと創生1億円事業は、各自治体が1億円を何に使うか、それぞれに知恵を出さなければならなかったのですが、そのような経験がない自治体にとっては難しいことでした。「お金がないから、自由な事業ができない」と言っていたのですが、突然、財源をもらっても、どのように使えばいいか分からなかったのです。
経験とともに不足していたのが、人材でした。それは、地域で地域おこしの中心となる人材と、その活動を誘導し吸い上げる行政側の自治体職員です。

連載「公共を創る」第245回

2026年1月8日   岡本全勝

連載「公共を創る 新たな行政の役割」の第245回「政府の役割の再定義ー地域の活力低下と地方創生」が発行されました。これからの地方自治体は、役所の経営だけでなく地域の経営を考えなければならないことを議論しています。新自由主義的改革思想の下で、行政改革に力を入れている一方で、我が国の地域社会は大きく変わり、課題も変化していました。

少子化が進んで人口減少が問題になり、各地域では程度の差はあれ人口減少と地域の活力低下に悩んでいます。日本全体での人口減少への対処は政府が取り組むべき重要課題ですが、住民の暮らしやすさの維持と、若者の定住と呼び込みは地方自治体の責務です。
地域の人口減少と活力低下は、近年に起こった問題ではありません。戦後の地方での人口減少は、2期に分けて考えると良いと思います。一つは経済成長期の山間・僻地での過疎現象で、もう一つは1980年代後半以降の農村部や地方都市での産業空洞化です。

過疎地域の人口減少は、産業構造の大転換にともなう国内での人口移動の一環でした。そして、山間・僻地での過疎化とともに、農村部から都市部への大きな人口移動も起きました。「長い弥生時代」が終わったのです。
1980年代後半から、条件不利地域だけでなく、全国の農村部や地方都市でも、地域活力の低下が目立つようになりました。日本が豊かになると賃金が高くなり、安い労働力を求めて工場の海外への移転が相次ぎます。1985年のプラザ合意以降の円高もそれを加速し、「産業空洞化」と呼ばれる現象を起こしました。さらに、アジア各国が工業化に進むと、日本の競争相手となり、電気製品を中心に日本の製造業は競争力を失っていきました。この空洞化の現場が地方だったのです。経済成長期に、日本は競争によって欧米の幾つもの製造業を廃業に追いやったのですが、今度は逆の立場になりました。
経済成長期の山間・僻地での過疎現象は、日本が豊かになる過程での代償であり、産業空洞化による地方の活力低下は、日本が豊かになったことの結果でもありました。その点では、抗し難い「時代の流れ」の面もあります。

第2次安倍晋三政権が、2014年から「地方創生」に取り組みました。東京一極集中を是正し、地方の人口減少に歯止めをかけ、日本全体の活力を上げることを目的としています。そこで取られた、地方自治体が独自に考える活性化策を国が応援する手法は、地方創生が初めてではありません。その嚆矢が、竹下登内閣での「ふるさと創生事業」です。